大事件
「アンデッドなんて死ねばいい」
氷のように冷たい表情で少女はそういった。感情を感じさせない瞳で、寒気がするほどの威圧感を放つその姿は、まさしく俺が戦場で見てきた聖女そのものだった。
「急にどうしたんだ。いつものホリーらしくないよ?」
「だって、エドが変なこと聞くからじゃないですか。アンデッドをどう思うかって聞かれたら、滅びればいいと言うしかないもの」
そういって、ホリーはニコッとうすら寒い微笑みを浮かべる。
これは、どうやら俺が思っているより、根が深そうな問題みたいだ。
「聖女だから、アンデッドを嫌う気持ちはわかるよ? でも何故そこまで恨んでるのか気になるな」
「私がアンデッドを嫌う理由? そんなの別に普通の理由ですよ。見てくださいこの家を。なにか気づくことはないですか?」
家をみて気が付くこと?
なんだろう・・・・・・俺は一通り周囲を見渡してみるが、違和感は感じない。至って普通の家だ。
「私が一人で暮らすには広すぎるとはおもいません?」
「ああ、そうだった! 初めて来たとき、広いなって思ってたんだよ」
ホリーの家は普通の一軒家だ。
家族で住むにはちょうどよい大きさ。でも、一人暮らしには広すぎる。
使ってない空き部屋もいくつあるし、持て余している感じがある。
「以前はここに家族で住んでいました。お父さんとお母さんと3人暮らしです。エドは10年前のアンデッドとの戦争を覚えていますか?」
「・・・・・・もちろんだよ。実際にこの目で見てきた」
「そうですか・・・・・・私の両親もその戦争に参加していました。主な任務は聖女の護衛だったと聞いています。当時の私は幼かったので、全部後から聞いた話ですけどね」
10年前の戦争は、アンデッド、人間、両陣営総力戦だった。使える人材は全て投入して激しい戦闘が繰り広げられた。決戦の地ではそこら中に死体が転がり、その光景はまさに阿鼻驚嘆の地獄絵図のよう。
「戦争で私の両親は戦死したのです。まあ、多くの人が亡くなったので、ありふれた話かもしれませんが。それで、いつか両親の仇を討とうと決意しました。その後、聖女として覚醒を果たして、これは女神さまが私に与えた運命だとおもいましたよ」
◇
ホリーとの話を終えて、俺は空き部屋へと訪れていた。
亡くなった両親が使用していた部屋だろうか、しばらく使われた形跡はないが、掃除が行き届いていた。
テーブルの上には幼いホリーと両親が仲良さそうに笑顔で並んでいる写真が置いてあった。
懐に手をいれて、10年前のあの日拾ったペンダントを取り出す。
これは、俺が戦いから身を引くと決意するきっかけとなった、あの人間の夫婦が持っていた物だ。戒めとしてずっと肌身離さず持ち歩いていた。
ペンダントを開くと、そこには幼い少女の写真が入っている。
テーブルの上の写真と見比べる。
10年の年月が過ぎているので気が付かなったが、ペンダントの写真の少女はホリーだった。
「はあ」
どんな因果のめぐりあわせだ。
聖女と出会うのだって、ありえない確率なのに、ホリーがまさかあの夫婦の娘だったなんて。
あまりに重たい真実だ。
俺はあの子にどう向き合えばいいのだろう。
これは目を背けて良い問題ではない。
最初はラズに命令されてホリーの気持ちを聞き、可能なら彼女の考えを改めさせようと思っていた。
だが、今は違う。
俺は彼女に対して責任があるようだ。
あの日、彼女の両親を殺したのは俺ではない。しかし、最後を看取ったのは間違いなく俺だ。
あの夫婦を見届けたからこそ、俺は戦いから身を引く決心がついた。
ならば、せめてもの恩返しとして、俺は自分に出来ることはしてやりたいと思う。
ホリーは純粋で、優しい良い子だ。
そんな子がいつまでも憎しみに捕らわれて、先の人生でも苦しむ姿は見たくない。
その苦しみから解放する手助けとなるなら、出来る限りの協力をしたい。
難しいかもしれない。たぶん、出会ったばかりの俺にはきっと無理だろう。
けれど、俺は彼女を救いたいと、心からそう思ったのだった。
◇
「もうエドったら、いきなりおかしなことを聞くんだから困っちゃうわ」
ホリーは、エドが去った後、部屋の掃除をしていた。
さっきまでの恐ろしい雰囲気は嘘のように、ルンルンと鼻歌を奏でながら掃除をする。
(シーツも交換しないとね! 病気は気からと言うし、エドには早く治ってもらいたいから、いつでもお部屋を清潔にして、気分良くしてあげないと)
どうせなら、毛布なども干して太陽の香りでいっぱいにしてあげようと、ホリーはベッドにある布類を全て回収していく。
ホリーは、今にも死にそうなエドを心配して、はやく病気が完治して欲しいと本気で願う。それと同時に、もし完治したらエドは旅に出るので、もう会えなくなると想像すると、それはそれで残念に感じてしまう。
エドとは偶然の出会いで、盗賊から助けてもらったお礼もあって付きっきりで看病している訳だが、今ではとても仲良くなり友達のように思っている。
病気が治っても、この街に住めばいいのに・・・・・・そう考えてしまうのも仕方のないことだ。
すると、毛布を取り上げると、カサっと何が落ちてくる。
(あれ・・・・・これはなにかしら)
綺麗に折りたたまれた紙は、ヒラヒラとベッドから滑り落ちていく。
ホリーを腰をかがめて、その紙を拾い、中身を確認するために広げた。
そこには・・・・・・
『夫になる人 エドワード 妻になる人 ホリー 見届け人 ラズ・シルバー』
と、書かれていた。
「えええええええええええええええ!?」
ホリーの悲鳴が屋敷中に響き渡った。
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