聖女の告白

やれやれ、とんだ酷い目にあったよ。


俺は、ラズから解放されて一人でホリーの家に帰ってきていた。

いつもの部屋に戻り、使い慣れてきたベッドに体を沈める。そして、先ほどのラズとのやり取りを思い返す。


ラズは、ホリーがアンデッドを憎む感情をどうにかしろと俺に依頼してきたわけだが、はっきりいって難しいと言わざるを得ない。他人の感情なんて、俺にはうかがい知れぬことだし、そもそも簡単に恨みや殺意を消し去ることができるなら、戦争だって起きやしない。


 自分が暴力を振るわれたのに、ただ我慢しろというのは口ではたやすいが、現実はそうはいかないことが多い。特に人間とアンデッドという種族の壁があるなら猶更だ。やられたらやり返す。それが普通であり、そうして恨みは連鎖して積み重なり歯止めが利かない状況へと追い込まれていくんだ。これは1000年間も争ってきた俺が歴史と経験から学んだことだ。


だが、いくら無理難題といはいえ、生き残るために俺はそれを成し遂げねばならない。でなければ、あの狂犬ババアは容赦なく俺を殺すに違いない。


本来なら今夜隙をみて逃げる予定だったが、ラズに正体がバレてしまった以上それは不可能だろう。あいつは、俺が逃げたと知ればしつこく追っかけてくるに決まってる。昔からそういう性格だ。


ただ、脱走が発覚するまでの時間を稼げればあるいは上手くいくかもしれないな。最初は魔力を消費して逃げるのはナシだと思っていたが、正体がバレたのなら、いっそ寿命を減らしてでもチャンスがあれば逃げるべきだ。



色々考えることが多すぎて頭が痛くなってきた。

まったく、ラズは本当に俺がホリーを変えられると本気で思って依頼してきたのだろうか。もしかして、揶揄われているだけってことはないよな? あのババアならやりかねないから恐ろしいよ。


そこで、俺はラズからもらった紙のことを思い出した。たしか、もしもの時に役立つとか言ってたな。ここにホリーを変えるヒントが書かれているかもしれない!


俺はポケットからその紙を取り出してひろげてみた。

そこにはこう書かれていた。


『夫になる人 エドワード 妻になる人 ホリー 見届け人 ラズ・シルバー


・・・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・




「馬鹿野郎ぉぉぉ、ただの婚姻届けじゃねーか! クソババアなに考えてやがる! どこか『もしもの時に役に立つ』だ。こんなのただの愉快犯だろ」


ひろげた紙を折りたたみ、全力で投げ捨てた。

期待した俺が馬鹿だった。

まさか真面目腐った顔で婚姻届けを渡していたとは!


会話をしてる時、俺はシリアスな空気でいつ殺されるかとヒヤヒヤしていたってのに、あの野郎こんな呪物をこしらえていたのか。


実はホリーの秘密をしれる衝撃の事実とか、そういうのが書かれていると少し期待していた俺が馬鹿だった。蓋を開けてみればただのゴミクズじゃないか。


アンデッドが人間と結婚するだけでも前代未聞なのに、聖女と結婚?

そんなの不可能に決まっている。こっちはな、同族のゾンビやリッチをデートに誘っただけでセクハラ扱いされてきた童貞のエドワード様だぞ。聖女と恋仲になれるわけねーだろ。童貞なめんなっ。


はあー、余計な期待をしたせいで無駄に疲れてしまった。

こうなると、結局は正攻法でいくしかないな。

まずはホリーに、アンデッドをどうおもっているのか聞いてみよう。


すると、ちょうど良くホリーが俺のいる部屋へと入ってきた。


「あれエド、帰ってきたのなら言ってくださいよ。心配してたんだから」


「ごめん、ラズ・・・・・・様と少し長話をしてしまって」


「そうですか。病気についてなにか言ってましたか?」


「いや、そこらへんについては何も」


「やっぱり、ラズ様でも手に負えないほど重病なのですね。診断途中で匙をなげてエドは病気じゃないとか言ってたし、聖女にあるまじき姿でした。そろそろ引退して私に席を譲る時がきたのかもしれません。うふふふ」


なにやらよからぬ発言をして、ホリーが怪しげな笑い声をあげる。

こいつへっぽこのくせにその自信は一体どこからくるのだろうか。そのポジティブさを少しでも分けてもらい気分だよ。でも、正直ホリーが聖女のトップになったら一瞬でアエドラ様に人間の領土を蹂躙されるだろうな。その未来が用意に想像できる。


俺の気持ちなどつゆほども知らないホリーが自信満々に俺の手を握ってくる。


「でも安心してくださいエド! 私がきっと良くなる薬を発明して元気にさせてみせますからね」


「ああー、ありがとう。でも無理しなくていいからね。気長に待つことにするよ。それより、ホリー聞きたいことがあるんだけど、今いいかな?」


「聞きたいこと? いいですよ~? あっ、もしかして付き合ってる人がいるかとか、スリーサイズでしょうか?」


「いや、全然ちがうんだけど。というか、聞いたら教えてくれるの?」


「ぶっぶー、乙女の情報はいつだって秘密の園なのです! トップシークレットってやつですよ」


「だったら最初から質問ふるなよ」


こっちは真面目な話をしたいのに、ホリーは「えへ」と舌をだして愉快そうにふざけたのを誤魔化してくる。なんだかんだ、いつの間にか聖女と仲良くなってしまっている自分が虚しくかんじてくるよ。


いかん、こんな風に彼女のペースに流されてるから、ずるずるとこんな場所まで来てしまったのだ。ここは真剣に聞いて彼女の本心を探らなければ。


俺はたたずまいを正してベッドに座りなおす。ホリーも話をしやすいように俺の横に腰を落ち着けた。


ホリーがアンデッドを恨んでいる云々は本当かもしれないが、どうせラズが俺をビビらせるために話を多いに盛ったに違いない。一緒に暮らしている俺にはわかる。ホリーは恨みや憎しみとはまるで無縁でピュアな少女なんだから。


「実はね、ラズ・・・・・・様からホリーのことを少しだけきいてね。なんでもアンデッドをとても憎んでいるとか。まあ、あの偏屈婆さんのいうことだから俺はあまり信じてないんだけど、ホリーは実際どう思っているのかなって?」


そう言って、俺はホリーの顔を覗き込む。

するとそこには、目のハイライトが消えた少女のがあった。アンデッドと錯覚するほど冷たい、色彩を失った表情。つい先ほどまで陽気に喋っていた少女とはまるで別人のような目つき。少女は抑揚のない声で、さも当然の事実を語るかのように言った。



「は? なにいってんの。アンデッドなんか全員死ねばいいのにと思ってるに決まってるでしょ」


そう答えたホリーは、俺がいままで一緒にいた過ごしてきた純粋無垢な少女とは全く別人のようなをしていた。

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