ピンチ
ホリーが去った後、俺は鎖でぐるぐる巻きにされ拘束されていた。
「さあ、この腐れヴァンパイアがっ。なにを企んでいるのか白状しな」
ラズがどこから持ち出してきたのか、聖槍を振り回して脅してくる。
「ご、誤解なんだ! 聞いてくれ、俺は悪意があってここに来たわけじゃない」
あんな槍に貫かれるなんてたまったもんじゃない。多分、一瞬で浄化されて灰になると思う。
このババア、いい歳こいてどんだけ元気なんだよ。
死にたくない俺は、必死にこれまでの経緯を説明した。
アンデットの国をでて、旅にでたこと。道中でホリーに病人と勘違いされ付きまとわれていることを早口でまくしたてる。しかし、ラズが警戒する姿勢を解く気配はない。
「ふん、ホリーが勘違いしたのは信じてやる。あの子はまぎれのないポンコツだから、そういうこともあるだろう」
「ひ、ひどい言いぐさだな。一応弟子みたいなもんだろ」
「うるさい。そもそもお前の顔が紛らわしいのが原因だろうが! アンデットのくせに死にかけの人間みたいな顔をしやがって。気持ち悪いったらないよ」
「ああっ、言ったなこのクソババア! 人が一番が気にしてることを!」
「だまらっしゃい!」
ブンッと空気を切り裂く音がなり、聖槍が俺の胸に突き刺さる。
「い、いたい! ヤメロ死んじまう!」
「大袈裟だな。先端がほんの少し刺さっただけだろう」
なんでもないように、ラズがそう呟く。
しかし、俺からしたら一大事だ。
刺された箇所から、わずかに魔力が抜けていく感覚がする。全身に倦怠感が襲い掛かり、寿命が減っていくのを、まざまざと感じさせられる。
「た、たのむ! もう魔力が残ってないんだ! これ以上刺されたら死んでしまう。はやく抜いてくれ」
「なに?」
そうお願いすると、ラズはようやく槍を引き抜いた。どうにか、浄化を免れて、ほっと息をつく。
すると、ラズはこちらを観察するように目を細める。そして、しばらく眺めた後、驚きの声をあげる。
「本当じゃないか! 全然、魔力の気配が感じ取れない。あの魔法馬鹿だったお前がどうしたんだい?」
「はあ、色々あったんだよ」
こうして、俺は十年間生き血を飲んでいないことと、その理由を説明した。
◇
「なるほど、そういうことかい。大人しく捕まったから、おかしいとは思ってたが」
「信じてくれるのか?」
ラズに俺の過去を言って聞かせると、予想外なことに彼女は信じてくれた。
「ヴァンパイアが生き血を我慢するなんて、余程の覚悟がなければできないことだ。現にお前はあり得ないくらい弱体化してる。だから信じてやるさ」
「意外だな。こんな話をしても問答無用で浄化されるとおもってたけど」
「私だって歳をとった。考え方の一つや二つ変わるものさね」
俺はラズのその言葉に眉を顰める。
戦場での彼女は、アンデットを見たら即座に魔法をぶっ放す危険な奴だった。
そんな苛烈な聖女が、アンデットの言葉を信じるというのだから、疑ってしまうのも仕方のないことだ。
ラズは聖槍を壁に立てかけて、椅子に腰を下ろす。その振る舞いに、もう俺への敵意は感じなかった。
「そう疑う目を向けてくるな。お前に変化があったように、私にも色々あったんだ。それに私は聖女だ。罪を憎んで人を憎まずと教えられてきた。改心する者を殺めようとは思わない」
「じゃ……見逃してくれるのか?」
僅かな希望が見えて、俺は興奮で立ち上がる。
上半身に巻き付いている鎖がジャラジャラと音を立てる。
だが、ラズは俺の言葉に、頭を横に振った。
「それと、これとは別だ。聖女としてお前ほどのアンデットを見過ごすことはできない」
「そんな!」
「まあ、死ぬまで地下で監禁といったところだ」
「そんなの死刑と変わりないじゃないか!」
ただですら、短い余生を監禁されて過ごす?
それでは、永遠にサキュバスの国に行けない。ということは、つまり俺が童貞のまま死ぬという未来が確定するという意味でもある。
(ああ、今度こそ終わった。どうして、こんな目に会うんだと。俺はただスローライフを満喫したいだけなのに)
しかし、ラズの言葉にはまだ続きがあった。
「まあ最後まで聞きな。ひとつ条件を飲むなら、お前を解放してもいい」
「なに!? それが本当ならできる限りのことはすると約束しよう。それで条件ってのはなんだ?」
俺はただ一本だけぶら下がる、救いの糸にしがみつく。
どんな難題だろうと超えていくしかないと、覚悟をきめる。
「その条件というのは、お前にホリーのことを任せたいのだ」
しかし、ラズから出たお願いは、あまりに拍子抜けするものだった。
「ホ、ホリー? あの子を任せるって……どういうこと?」
任せるの意図が分からず俺は戸惑う。しかし、ラズにふざけた様子はなく、真剣にお願いしているようだった。
「ホリーは、色々と問題児でね。私も手が付けられない状態なんだ」
「あの子がか? たしかにちょっと、いや、かなり頭のネジはとんでるが基本的に優しい子だぞ」
「そんなのは知っている。ホリーは根っからの善人さ。でもね、あの子にも暗い側面はあるんだよ」
「というと?」
「はあ……あの子はね、異常なまでにアンデットを憎んでいるのさ。それが少し問題でね」
ラズはそういって、悩ましいとばかりに頭を抱える。
しかし、この話を聞いた俺はいまいちピンとこなかった。
(聖女がアンデットを憎むのは、別に普通のことじゃないのか? それに、あの優しいホリーにそんな一面があるとはとても想像できないな)
「理解できないと言った顔をしてるね」
俺の考えを見抜いたのか、ラズに図星をつかれる。
「まあ、普段のホリーの姿からは想像もつかないから無理ないね。その辺はおいおい、自分の目で確認しな」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 聖女がアンデットを敵対視するのは当たり前だろ。それのなにが問題なんだ」
「ふん、時代は移り変わるものさ。十年前のアンデットとの大戦で人間の国は疲れ切っている。そんな中で、争いの歴史に終止符を打とうって声が上がったんだ。今では、その考えが主流になりつつある。お偉いさん達は、アンデットの国と融和する方法がないか模索してるよ」
「人間の国はそんなことになってたのか? 全然知らなかったんだが」
「そりゃ、口外禁止の極秘事項だからね」
おいおい、そんなの聞かされて俺は大丈夫なのか?
まあ、喋らなければいいだけだし、うっかりどこかで漏らしても、たいした罰にはとわれないよな?
「あっ、ちなみに、もしこれをバラしたら即処刑だよ」
「いや、重すぎるだろクソババア! だったらペラペラ喋るんじゃねーよ」
「はっはっは、戦場では散々お前に煮え湯をのまされたからね。少しは仕返ししないと」
愉快そうにラズが声をあげて笑う。
国家秘密を仕返しの道具にするとかイカレすぎだろ。
一通り笑った後、ラズは改めてホリーに件を頼んでくる。
「そういう訳で、このままだとアンデッドを異常なまでに恨みを持つ聖女のホリーは肩身の狭いまま一生を過ごすことになる。あんなんでも可愛い弟子でね。もし、アンデットのお前と仲良くなれたら、少しは考えが変わってくれるんじゃないかと、私は思うんだ」
「でも、アンデットとバレるわけにはいかないし、そんな簡単にはいかないぞ」
「そこは、ほら、あれだ。適当に友達になってから考えればいいだろ?」
「適当すぎだろ。もう少し考えてくれよ」
「本当は、ホリーと付き合って結婚してくれれば一番なんだけど」
「無理に決まってんだろ!」
アンデットと聖女が同居してるだけで前代未聞なのに、結婚なんて夢のまた夢だ。絶対にありえない。
「ちなみに、私は結婚の祝福も担当してるから、その時は声をかけてくれ。そうだ、念のためにいい物を渡しておこう」
ラズは机の引き出しから一枚の用紙を引っ張りだして、なにやら書き込んでいく。そして、それを折りたたんで俺のポケットにつっこんだ。
「あとで確認するといい。もしもの時に役立つ良いものだ」
「ま、まあ貰えるもんはもらっておくが」
「よし、じゃあ話はこれでお終いさね。さっさとホリーの家に帰りな。私も忙しいんんだ」
そういって、ラズは立ち上がり「仕事の続きをしないと」と呟きながら部屋を出ていく。
慌ててラズに声をかけようとしたが間に合わなかった。
結果、一人鎖をグルグルに巻かれた男が、部屋に一人取り残されてしまった。
俺は大声で叫んだ。
「おい、一体誰がこれをほどくんだよー」
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