再会


 どのくらいの時間が過ぎただろう。

目を覚ますと、俺は知らない部屋のソファーで横になっていた。


「あっ、目を覚ましたのね」


声がした方に視線を動かすとホリーが座っていた。


「ここはどこ?」


「大聖堂にあるラズ様のお部屋ですよ。これからエドの診察をラズ様がしてくれるので安心してください」


その言葉のどこに安心できる要素があるのだろう? とりあえず絶体絶命のピンチなのは分かった。


 俺は睡眠薬の影響でふらつく体を叱咤して、強引に起き上がる。今すぐにでも、この場を去らないと殺される未来しか残らない。


しかし、既に遅かったようだ。


「待たせたねホリー。見て欲しい病人ってのはどこだい?」


部屋のドアが開き、老婆が一人入ってくる。

その声はかつて戦場で聞いた時よりも、いくらかしゃがれていた。しかし、業火のように燃える赤い髪色と瞳は当時のままだった。


忘れもしない。このババアこそ、最強の聖女ラズ・シルバーだ。


そんな最悪な相手との再会に、今すぐにでも窓から身を投げ出したい衝動に駆られる。しかしお節介極まりないポンコツ聖女に腕を掴まれ逃げることが出来ない。



「ラズ様! お待ちしておりました。 さあ、さあ、早く診てください。こちらが病人のエドワードです。私がいくら看病しても良くならなくて」


「ふん、いくら聖女といえど、癒しの力で全てを治せるわけじゃないからね。どれ、エドワードとやら、そこに座ってをみせろ」


ラズが乱暴な態度でソファーの前に自分の椅子を置いて座る。

俺は緊張から身動きひとつとれない。気がつけば、手の平が汗でべっちょりと濡れていた。


「おや、どうした何故立っている? はやく座りなさい」


 違和感を感じたのか、ラズに再度要求される。


「エド、ほらここに座って!」


「う、うん」


ホリーにも催促され、俺は仕方なくガクガクと足が震えるのをどうにか誤魔化しながら、ソファーに腰を下ろす。


「じゃ診察を始めようか。うん? なんでずっと下を見ているんだい?」


「あはは、昔からシャイな性格でして」


「こんな老いぼれに照れる理由はないだろ。ほらさっさと顔をあげな」


ラズの皺だらけの指が俺の顎を掴んで、無理矢理顔をあげる。

そして、お互いの視線がぶつかる。


まさに、時が止まったとは、このことだろう。

俺と目があった、ラズは限界まで瞼を見開いて静止する。口も大きく開けて、まさに鳩が豆鉄砲をくらったかのような表情だ。


俺は気まずい空気に耐えられずに、久しぶりの旧友に挨拶をかわす。


「ど、どうも。元気してたぁ?」


「……」


しかし、気の利いたフランクな挨拶に返事が返ってくることはなかった。

代わりにラズはホリーに顔を向けて鋭い口調で言葉を投げかける。


ラズの手は俺を逃がさんとばかりに、俺の顎を掴んだままだ。


「ホリー、お前はコイツをどこで拾ってきたんだい?」


「え、人間とアンデットの国境ですけど」


「ほー、ということは、やはり私の目が腐ったわけじゃないみたいだね」


ラズの瞳が、ギロリと擬音がつくような動きで俺を睨んでくる。


蛇ににらまれたカエルとはまさに俺のことだ。恐怖で指一本すら動かないんだが?

このババア怖すぎる。


ホリーが心配した表情でラズに声をかける。


「あのー、ラズ様。エドの病気は治るのでしょうか?」


「病気だと? 私の視界に病人なんて、どこにもいない」


「ええー、なにを言ってるんですか! すぐ目の前にいるのに」


「お前にはコイツが病人にみえるのかい?」


「当たり前ですよ! だって死にそうな顔してるじゃないですか!」


ラズが呆れたような深いため息を吐く。


「はあ。ポンコツだと思っていたがここまでとは……どうしてこんなチンチクリンが聖女なんかに……」


「ひ、ひどい! いくらラズ様でも怒りますよ、名誉毀損です! 聖女の人権侵害だー。抗議します!」


ホリーが心外だとばかりに声を荒げる。

ラズはホリーの存在自体が頭痛の種だと言わんばかりに、空いている片手で頭を抱える。すると、唐突にラズは俺から手を放し、立ち上がる。


「とりあえず、コイツは私には治せないよ。あんたも聖女なら自分の目で、きちんと相手のことを見極めて診察することだね」


「そ、そんなぁ。ラズ様でも無理なんですか! こ、困ったなー」


むむむ、とホリーはこめかみに指をつけて考え込む。


「どうしよう。エドの病気を治すって約束したのに……こうなったら私が新薬を開発して治してあげるしかありませんね! そうときまったら、こうしてはいられません! エド、すぐに家にもどって再検査をしましょう」


「お、おう」


「ラズ様ありがとうございました!」


ホリーに腕を引かれ、俺は立ち上がる。そのまま勢いに任せて部屋にから出ようとするが、ポンっと小気味の良い音を立ててラズが後ろから俺の肩に手をのせてきた。


スローモーションのようにゆっくりと振り向く。そこには、ゆがんだ笑顔の老婆が、恐ろしい表情で待ち構えていた。


「ちょっとお待ち。私はコイツと少し話があるから、ホリーは先に帰りなさい。後で私がちゃーんと、家まで送っていくから心配無用だよ」


こうして、俺はこちらの正体を知っている最悪な聖女と二人きりで、逃げ場のない部屋に取り残されることになった。

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