第2話 旅路

 あれから、アエドラ様から出国の許可を得るのに酷く苦労した。

何度も理由を教えろと怒られて「吐かなければ殺す」と脅されたが、馬鹿正直に「童貞を卒業したいから」とは口が裂けても言えず大変な目にあった。


長い押し問答の末に、アンデッドの国にはぜったいに不利益を与えないと約束した上で、泣き落としでどうにか誤魔化した。1000年間かけて積み上げてきた威厳が、土砂崩れのように崩壊する音が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。うん、幻聴に決まってる。


失った物は大きいが、得たものに比べれば誤差みたいなもんだ。


だって見てくれよ!

今、俺の視界の先には人間達がつくった街道が広がっている。


「ようやく、ここまできたぞ!」


アンデットの王国エルドラを出発してから、はや1か月。遂に国境を越えて、人間達が暮らす領域まで辿り着いた。


 「サキュバスの王国ならこのまま、ひたすら南にいければ早いが、人間達の街を横切るわけにもいかないしなぁ」


エルドラは大陸の最北端に位置する。一方サキュバスの王国は大陸の南の果てだ。そこへ向かうまでに、人間の国はなるべく避けて通り抜けたい。


ちなみに、ヴァンパイアの俺なら空を飛んでいくのが一番早いが、そのためには魔法で翼をつくるしかない。だが、長い間生き血を吸ってない俺にそんな力は残されていなかった。


「はあ、千里の道も一歩からというわけか」


遥か遠くの道のりを思い浮かべて、ため息をつく。 その時だ。


「この匂いは……」


遠方から懐かしい血の匂いが漂ってきた。耳を澄ませば悲鳴のような声も聞こえる。もしかしたら、誰かが襲われているのだろうか?


正直、あまり関わりたくない。もうここは人間の支配地域だ。通りすがりのアンデットが助け舟を出したところで、敵か味方か分かったもんじゃない。


しかし、頭ではそう分かっているのに、どうにも気になった俺はいつの間にか声のする方へと、足を向けていた。




「遅かったか」


たどり着くと、そこは悲惨な状況だった。武装した人間の男が数人倒れており、生き残っている人はだれもいない。


死んでいる男達の身なりから推測するに盗賊だろうか? 全員装備もバラバラで小汚い格好をしている。死体をよく見れば、食いちぎられた跡があり、その近くには横転して壊れた馬車が放置されていた。


(おそらく、何かを運んでいる最中に魔獣に襲われたってところか。運がなかったとしか言えないな)


念のために生存者がいないか確認する。すると‥‥


「う、ううん」


馬車の荷台からうめき声が聞こえてきた。


「なんだ、誰かいるのか!?」


言葉を投げかけても返事は返ってこない。俺は慌てて馬車の中を調べた。


一応アンデットとバレないように、外套のフードを深くかぶり顔が見えないようにする。これなら、少しの間程度なら誤魔化せるだろう。


そして、馬車の中を覗き込むと思いがけないものが視界に飛び込んできた。そこにいたのは、人間の少女だった。少女は全身を縄で縛られ、口には猿轡をさせられている。


「うんんんん!」


透き通るほど綺麗な銀色の髪。自然と見惚れてしまう純粋そうな青い瞳。美しい少女だった。彼女は俺の存在に気がつき、瞳で必死になにかを訴えてくる。


「んんんんんんん! んんんんん? んんんんん!?」


「ごめん、何言ってるか分からないよ。ちょっと待ってな。いま猿轡を外すから」


「んん!」


俺は縄と猿轡を外して少女を解放してやる。

よっぽど息苦しかったのか、彼女はひーひー息を吸い込みながら、何度も深呼吸を繰り返した。


「ぷわぁー、た、助かりました。 ありがとうございます!」


「気にしないでくれ。たいしたことはしてない」


「そんなことありません! もう死を覚悟して諦めかけていたところですよ! まさか助けてもらえるなんて、死んでも感謝しきれないです!」


少女は助かった安心からか、目にうっすら涙を浮かべて頭を下げてくる。顔立ちと声の様子から15歳くらいか? なぜ、年端もいかない少女が、こんな場所で拘束されていたのか不思議でしょうがない。


「いったい何があったんだ?」


「それは……話すと長くなるんですが……」


そういって、彼女は事情を説明してくれた。

なんでも、薬になる薬草を山で摘んでいたら、人身売買を生業とする悪い盗賊達に捕まり、売られそうになっていたらしい。


「私が真剣に薬草を摘んでいたら、後ろからいきなりドンっですよ。酷いと思いませんか!?」


「それは災難だったな」


連れ去られた時のことを思い出したのか、少女は頬を膨らませながらブンブンこぶしを振り回して、悔しそうな表情を見せる。


「あいつら、こんな可愛いらしい少女を連れ去るなんて、人の心がないんです! しかも、猿轡までされて一生の恥です!」


「自分で可愛いとか言っちゃうんだ」


「だって事実ですからね、えっへん。というのは冗談で、世の女性は皆か弱くて可愛いものなのです。だから絶対に乱暴なんてしてはいけません」


少女は自信満々にそう断言する。

世の女性は全員か弱いか・・・・・・その言葉を聞いて、つい先日俺を殺そうとしてたアエドラ様を思い浮かべる。あれがか弱いとは到底思えないので、少女の持論には賛同しかねる。あれは、本気で俺を殺そうとする奴の目だった。思い出しただけで背筋が震える。



その後も、少女は説明を続ける。攫われたあと、目的地へ輸送中に盗賊は巨大なオオカミの魔獣に襲われ全滅したそうだ。馬車で大人しくしていた彼女だけは、たまたま魔獣に見つかることなく幸運にも助かったという。


「なるほど、だいたい理解した」


「ほんとに死ぬかとおもいましたよ~」


罪のない少女の命が助かったことは俺も素直に喜ぶところだが、会話の中で気になることがあった。


「なあ、ひとつ聞きたいんだけど、いいか?」


「なんでしょう?」


「この先に人間の国なんてないのに、盗賊達は一体どこに君を運ぼうとしていたんだ? 君は人身売買と言ったけど、売る相手がどこにもいないだろ」


「ああ行き先ですか? それはもちろんアンデットの国ですよ。この先に国はそれしかありませんからね」


「……なんだと?」


アンデットの国? それをさす言葉はエルドラしか存在しない。つまり、盗賊共はこの少女をエルドラに運ぼうとしていたのか。馬鹿すぎるだろ。アンデットが、人間と取引なんかする筈がない。アンデッドに見つかった時点で殺されるにきまってるのに。


「すまん、全然理解できない。どうして盗賊はそんな無謀な真似を?」


「うーん、彼らなりに勝算はあったみたいですよ。アンデットにとって、私はそれなりに価値がありますからね」


勝算、価値? いったい、どういうことだ?

多くのアンデッドにとって人間は餌で、憎むべき存在でしかない。

わざわざ対価を払ってまで、欲しい人間なんているものか。その場で殺して終わりだ。だというのに、彼女はそれだけの価値が自分にあるのだと言う。


答えが見つからず考え込んでいると、なにやら少女が自慢気に胸をはりフンフンと息を荒げて待ち構えていた。これはもしかして、はやく質問して欲しいといことだろうか?



「えっと・・・・・・君っていったい何者なの?」


「よくぞ聞いてくれました!」


そう言うと、少女は大袈裟にステップを踏み、スカートの両端を指でつまんで頭を下げた。肩まで伸びている銀髪がサラっと広がる。


隠そうともしない自信満々の無邪気な笑顔。イタズラに成功した子供が見せるような表情を浮かべて、少女はあまり似合わない大人っぽい口調で言った。



「あー申し遅れました。私、聖王国で教会より任命された、人類の癒し手、聖女ホリーと申します」


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