第3話 出会い
「ええええ!?」
(このへっぽこそうな少女が聖女だと!? 嘘だろ!)
にわかには信じがたい発言に、俺はポカンと口をあけたまま固まってしまう。
俺の驚きをよそにホリーという少女は、どうだ驚いたかと言わんばかりに、腕を組んで仁王立ちしている。その自信溢れる立ち姿から、けっして冗談を言っているような雰囲気ではない。
「まさか君が聖女なんて冗談だろ。こう言ってはなんだが聖女といえばエリート中のエリート、盗賊に捕まったりしてたことを考えると、正直信じられないんだが」
「あー! それって私がポンコツに見えるってことですか!? 心外です。たしかに私は聖女としては見習いみたいなものですけど、これでも聖協会から正式に認定された聖女様なのです!」
あまりに胡散臭かったので、少し疑ってみたら、物凄い早口でかえされてしまった。必死に反論するその様子は、もはや自分がポンコツだと認めているようにしか感じない。もしかして、普段から残念な子扱いされているのでなかろうか。
冷めた目でホリーを見続けると彼女はさらにヒートアップして、悔しそうに涙目で訴えてくる。
「むー、聖女がどんだけ凄くても、聖なる力はアンデッドに特化してるだけで、人間には無意味なんです。まあ、そりゃ私以外の聖女はー、運動神経も良くて普通に戦っても強いですけど、それだけで私が劣ると言うのは決めつけが過ぎますよ。ほんと、大人ってどうして未来の芽を無神経につもうとするのかしら」
「わ、わかったから少し落ち着いて。俺がわるかったよ」
どんだけポンコツにコンプレックス抱いてんだよ。必死になりすぎだろ。
しかし、ここまで真剣に怒るならば本当にホリーは聖女なのかもしれない。
これは非常にマズイ事態だ。アンデットにとって聖女は最大の天敵。女神より授けられた聖なる光を宿す彼女らは、アンデットの精鋭を一瞬で浄化するだけの力を秘めている。ましてや、魔力すらほとんど残ってない俺なんてカスみたいなものだろう。
(なんて奴に出会ってしまったんだ。もし俺がヴァンパイアとバレたらぶち殺されるぞ)
もしホリーが聖女なら、アンデットの国で売ろうとした盗賊の思惑もわかる。アエドラ様に頼めば、対価として運びきれない黄金を用意したはずだ。それだけの価値が聖女にはある。
(とりあえず、正体がバレる前に今すぐここを立ち去ろう! 聖女が相手なんて命がいくつあっても足りやしない)
俺は動揺をばれないように、全ての表情筋を使って無理矢理笑顔をつくり、ホリーにお別れを告げる。
「へ、へえー色々大変だったみたいだね。じゃあ俺は旅を急ぐからここでさよならするよ。君も気をつけて帰ってね」
そう言い残して、その場から即立ち去るためにホリーに背をむけて歩き出す。しかし、すぐさまホリーに腕を掴まれて俺はバランスを崩した。恐怖で思わず絶叫をあげてしまう。
「ううわああ、嫌だぁはなせっ!」
「ま、待ってよ! 私まだ助けてもらったお礼をしてないです!」
「お礼とか全然いいから! ほんとうに通りすがっただけだし」
お礼というなら、いますぐこの場から立ち去るのを許してくれ。聖女なんて絶対に会いたくない奴ランキング1位の化け物だ。可愛らしい見た目に完全に騙されてしまった。くそー、聖女なら助けなければよかった。
しかし、ホリーは俺のそんな思惑など知る由もなく、がっちり捕獲した俺の腕を力づくで掴んでくる。
「これでは聖女たる私の気がすまないのです! それに、まだ恩人である貴方の名前すら教えてもらってない。勝手に消えないでくださいっ」
「いいから放せよっ、俺は先を急いでるんだ!」
「い~や~だっ。絶対に放しません!」
立ち去ろうとする俺にホリーが後ろから飛び掛かり、チョークスリーパをかけるような勢いでホールドしてくる。初対面で、しかも命まで助けてやったというのに、なんてふてぶてしい女なんだ。有難迷惑という言葉をしらないのかよ!
俺はこのままでは埒があかないと悟り、ホリーを背中からおろして抵抗するのをやめる。
「わ、分かった。教えるからくっつかないでくれ。俺の名前はエドワード。ただのエドワードだ。もうこれでいいだろ?」
「エドワード……フフン、いいお名前ですね。覚えました!」
教えてやると、ホリーは手を放し満足そうに笑う。まさか聖女に名乗り出る日が訪れるなんて夢にも思わなかった。これが戦場なら確実に殺し合いが始まっているところだ。
ようやく、ホリーから解放されてほっと息をつく。しかし、それがいけなかった。天敵である聖女の前で気を抜くべきではなかったのだ。
「ところで、エドワードはどうして顔をかくしてるのです? ちょっと見せて下さいよ」
そう言ってホリーは、勝手に俺のフードをめくり顔を覗きこんできた。
「あ……」
「え……」
彼女の青色の瞳と、俺の赤い瞳が近くで見つめ合う。
どれほどの時間がたっただろう。それは一瞬だったかもしれないが、永遠のようにも感じ取れた。まるで突然時が止まったみたいなような感覚。
その間、俺達は無言でお互いの顔を見つめ続けた。
突然のことで呆然としていた俺は、それからしばらくして、ようやく自分の顔を見られたことの意味を理解した。そして、きっと今頃ホリーはこう考えているはずだ。何故、目の前にアンデットがいるのだろう? と。
(し、しまったー! 今すぐここを離れないと!)
俺はすぐさまその場を立ち去ろうと足を動かす。しかし、それを制するようにホリーに腕を掴まれてしまう。先ほどとは比べ物にならない腕力で握らている。ためしに振りほどこうと試みるが、とてもか弱い少女とは思えない力で掴まれており、びくともしない。
ゆっくり振り返ってみると、そこには真剣な表情でこちらをにらみつけるホリーがいた。さっきまで朗らかに笑っていた彼女とは別人だった。
(詰んだ……まさか聖女に正体がバレるなんて……ああ。せっかくサキュバスの国でエロいことできると思ってたのに、こんなところで終わりかよ)
俺は諦念の想いでその場に立ち尽くす。ホリーを見れば、明らかに怒気を含んだ様子が見てとれた。こうなれば流れに身を任すほかないだろう。
「エドワード……貴方」
(ああ、これは完全にばれてるな)
「ど、どうして」
(なにか言い訳できないだろうか。いや、相手は聖女。そんな小細工が通じる筈がない)
そして、ホリーは大声で叫んだ。
「どうして、そんなに顔色が悪いのに旅なんてしてるんです!?」
「え……ええ!?」
「病人が外を出歩いてはいけません!」
俺の顔を見た彼女の反応は予想外すぎるものだった。は? 病人? なにをいってるんだこの子は‥‥
「ちょっと待ってくれ、俺は病人なんかじゃない!」
「いいえ、完全無欠な聖女たるこの私を欺くことはできません。貴方は病人です。いえ、大病人です。鏡で自分の顔をみてください。 今にも死にそうな顔色ですよ」
そういってホリーはポケットから小さな手鏡を俺に向けてくる。
そこには、アンデッドとしては顔色の良い、人間としては顔色の悪い、中途半端な顔がうつっていた。
俺は慌てて鏡を払いのけて、勘違いしているホリーに言った。
「違うんだ、これは生まれつきのもので……」
「嘘です! そんなアンデット一歩手前みたいな人間いるわけないでしょう! ほら、ここに横になって。私が診察してあげるから」
しかし、ホリーは俺の言葉を全く信じてる様子はなく、あろうことか力で俺をねじ伏せて、無理矢理その場で俺を寝かせる。地面の小石で頭が痛くならないように配慮してくれたのか、ホリーは自分の太ももに俺の頭を乗せた。やわらかい感触が、後頭部を越しに伝わってくる。
これがサキュバスの太ももなら金を払ってでもお願いしたいが、相手はいつでも俺を殺せる聖女だ。はっきり言って生きた心地がしない。
「お、おい話を聞いてくれ! 診察なんて無意味だ!」
「はいはい、診察が終わったらいっぱいお話をきいてあげますよー。はい、お口をあーんしてください。 あと、瞼の裏の様子も見ましょうね」
「待ってくれ、俺は病人なんかじゃない!」
「病人は皆そういうんですよ。 うーん、瞼の裏の色が薄いし、あきらかに貧血ですね。元気に歩けてるのが不思議なくらいです」
その後も、ホリーは俺の意見を聞かず勝手に診察を続けていく。
(まさか、この顔色のせいで人間に間違えられるとは思ってなかった。どうしよう……聖女がヴァンパイアに膝枕とかヤバすぎる)
1000年生きてきた俺でも、こんな珍妙な状況を経験したアンデットなど聞いたことがない。
(しかし……いや、待てよ。これは逆にチャンスじゃないか? このまま人間として見逃してもらえれば、死なないですむ)
覚悟をきめた俺は、ホリーの前では完全に人間になりきることにした。
「せ、聖女様。もう大丈夫です。心なしか気が楽になりましたので」
「もう、そんな堅苦しい呼び方しないで下さいよ。命の恩人だから気軽にホリーって呼んでください。あ、私もエドって呼ぼうかな?」
(だから、なんだよこの女ぁ! さっきから他人との距離感バグりすぎだろ! もしかしてお馬鹿な子なのか? だから盗賊風情に捕まるんだろうが)
俺は喉から出てきそうになった言葉をぐっと我慢して、顔面に笑顔を張り付ける。
「で、ではホリー。診察はもういいので、俺は旅に戻るとするよ。君の手を煩わせるのも悪いし」
立ち上がり、パッパと服についた土を払う。
今度こそ、見逃してくれるはずだ。
しかし、本当に予想外だった。人間の街にはなるべく近づかないようにと思っていたが、まさかこんな街道で聖女と出会うとは運がなさすぎる。次からは、もっと慎重に行動していか・・・・・・
「エド、なにを言っているのです? 聖女が病人を見過ごす訳ないでしょ。ちゃんと完治するまで私が付きっきりで看病しますからね」
「は……」
「ひとまず、近くの村まで歩きましょう。そこで馬車を借りて、一緒に聖都へ帰ります。エドは重病みたいなので、きちんと設備が整った場所で治療しなくてはいけません!」
「……そんな話聞いてないんだけど」
「いま説明しました。でも、よかったです。これで命を救ってくれた恩返しができそうです! これから先、よろしくねエド?」
ホリーは可愛らしい笑顔でそう言った。
そんな彼女の素敵な言葉聞きながら、俺は思った。
『サキュバスの国でエロいスローライフを送りたい』と願って国をでたのに、どうしてこうなったのだろうと……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます