顔色の悪い吸血鬼は病人と間違われて聖女に拾われる~1000年間国を守護してきた自分へのご褒美に旅にでたんだが、出会う女が全員聖女ってどういうこと!? 正体ばれたら絶対殺されるんだが~

街風

第1話 野望

 ここは大陸最北部に位置するアンデットの王国『エルドラ』


氷と雪に覆われたこの国に住んでいるのは、おびただしい数のアンデット達。


そして、それらアンデットを束ねる女王の名前はアエドラ。最強のアンデットとして、この地に君臨する偉大なるお方だ。


そして俺ことエドワード・キラー・ブラッドは


―—現在、その女王アエドラ様に国家反逆の嫌疑をかけられ剣を向けられていた。


「エドワード、本当にこの国を出ていくつもりか?」


「……はい、この決意はゆるぎません」


「理由を聞かせろ。おぬしはこの国を1000年も守護してきたヴァンパイアの大英雄だ。それほどの者が国を捨てるなど、あってはならない。もし、まともな理由がなければ……」


そう言って、アエドラ様は剣を握る手に力をこめる。納得できなければ切り捨てるという意思が言外に伝わってくる。国を裏切るといってるも同然だから、それも当然か。


命の危険を感じて恐怖で手が震える。だが、今さら意見を変えることは出来ない。たとえ冥府の神が相手だろうと、引き下がってやるものか。


俺にはがある。それを叶えるためなら、なにを犠牲にしても構わない。


「戦争に疲れたのです。人族と何百年も争い精神は疲弊し、10年前の大戦で心が折れました。もう、命のやりとりなどしたくない」


「世迷言を……人の生き血を飲まねば生きられないヴァンパイアが、綺麗ごとを抜かすな」


「俺は本気です! 生き血も10年前から口にしておりません」


「なっ!」


ヴァンパイアにとって、血を飲むことは文字通り生きるために必要な行為だ。それを怠ることはつまり死を意味する。そのことを理解したアエドラ様は、俺を睨みつけて大声で怒鳴った。


「おぬし気が狂っておる! 真なるヴァンパイアといえど、血を飲まねば死ぬぞ!?」


「はい……おそらく長くない命かと」


この言葉に嘘はない。

そう遠くない未来に俺は衰弱して死ぬ。こんな事態になったのは色々事情が控えているのだが・・・・・・それは後でいいだろう。今大切なのは、ここが俺にとって野望を叶える最後のチャンスということだ。だからこそ、脅された程度で引き下がるわけにはいかない。決死の覚悟が伝わったのか、アエドラ様は構えていた剣をおろした。


「それほどの決意だったか」


「はい」


「……はあ」


深いため息が聞こえる。


長年尽くしてきた国を裏切るような形になってしまい、俺の心はキュッと締め付けらるように痛んだ。アエドラ様はしばらくこちらを見つめて、その後目をそらし言った。


「よかろう。おぬしの望みを受け入れる」


「本当ですか!?」


「……おぬしがいなければ、この国は遥か昔に滅びていたはずだ。ならば、その労に応えよう。残りの余生を思うがままに過ごすがよい」


「ははっ、ありがたき幸せ」


——勝った。


ついに、最大の障害を乗り越えた!

これで俺はやっと野望を叶えることが出来る。緊張から解放されて、ふうと息を漏らす。だが、その安心が油断を招いた。


「しかし、理解できん。安らかに暮らしたければ、この地で過ごせばよかろうに。どうして国外へ出ようとする?」


「そ、それは」


痛いところをつかれて、声が上擦ってしまう。見透かされたような視線を向けられた俺は即座に言い訳を並べようとするが、声が震えて言葉が出ない。


「何故そんなに汗ばんでおる? よもや、良からぬことを考えているのではあるまいな?」


「滅相もございません! 俺はただ平穏な余生を望んでいるだけで……」


「では、なぜ動揺する? やましいことがあるからだろう。まさか、人間に情が移り、我々を裏切るつもりでは?」


「ち、違います、それだけは絶対ありません! 確かに心に秘めたる願望はありますが、国に損害を与えるものではないと断言します!」


「ならば正直に申せ!」


「い……言えません。どうかお赦し下さい」


俺は固い地面に頭をこすりつけて、アエドラ様に土下座をした。なりふり構っている余裕などなかった。言えない……本当の理由など言えるわけがないのだ。

1000年もの間、アンデットの王国を守護してきた英雄が、何万の国民の命を救ってきた伝説のヴァンパイアが、最後に望んだ野望が実は



「サキュバスの国でエロいスローライフを過ごしたい」と思ってるなんて







アンデットの大英雄とまで謳われた俺が、なぜサキュバスの国に行こうとしているのか? その理由を少し聞いてくれ。


1000年前、俺が生まれた時には、既に人間とアンデットによる争いが始まっていた。


そして、偶然にも俺には魔法の才能があったらしい。大魔法で人間共を薙ぎ払い、気がつけば人間にも、アンデットにも恐れられる大英雄となっていた。


しかし、そんな俺には、とある悩みがあった。


それがの色だ。


通常アンデットの顔色は真っ青か、もしくは土色のような色をしている。それがアンデットとして当然のことだし、疑う余地はない。


しかし、俺の顔色だけは違った。

とてもアンデットと思えない……あえて言うなら、死期が間近に迫った重病患者の人間みたいな顔色だ。


うっすらと血の通った青白い色。多くのアンデットにとって、人間は最も憎むべき存在だ。だから、俺の顔を見たアンデットは口をそろえて、こう言う「人間みたいで気持ち悪りぃな」と。


そう、俺はアンデットの美的感覚でいうところの、とんでもないブサイクだった。

顔色が悪い程度ならいい、なんなら緑でも紫だって構わない。しかし、人間みたいなのはダメだ。生理的に受け付けない。


ショックだった。

英雄なんて崇められても、女気ひとつもありゃしない。

俺の怒りがどれ程のものか想像できるか?

今時、人間界だって肌や国の違いなんかで差別なんてしない。それをアンデッドこいつらときたら、人が必死こいて働いて守ってきたというのに、感謝すらしないのだ!


可愛いゾンビに勇気を出して飲みに誘えばセクハラと言われ、休日にリッチを乗馬に誘えば変態と罵られた。おかげで、俺はこの歳になって、未だにだ。


ヒドイだろ? 仮にも英雄なんだから、少しは忖度しろよと何度思ったか数えきれない。しかし、人類と比べて明らかに文明レベルの低いアンデッド共に道徳や倫理を説いても努力の無駄というもの。


それに、昔の俺はそのことをあまり気にしていなかった。というか、気にする余裕がなかった。戦争で戦うことで必死だったからだ。


だが、10年前、そんな俺に心境の変化が起きる。


きっかけは人間とアンデットによる大戦。

数百年に一度の大規模な戦争が勃発した。人間側は、惜しみもなく戦力を繰り出し、アンデットの天敵である聖女が何人も戦場に現れた。


結果として人間共を退けることには成功した。しかし、その代償はあまりに大きかった。数百年連れ添った俺の部下達は全員死んでしまった。


一番守りたかった者達が、一夜にして浄化されて、灰になり、消えていった。逆上した俺は生き残った人間を殺そうとしたが、その場に残っていたのは瀕死の男女二人だけ。そいつらは夫婦だったの、お互いの手を握りながら、俺の目の前で息絶えた。


女の首にぶら下がっていたペンダントを拾う。中には幼い少女の写真が入れられていた。おそらく二人の娘なのだろう。


立場は違えど、誰にだって守りたい人がいるのだ。


その時、俺は思った。

もう戦争なんてしたくない。

これ以上、大切な人を失いたくなし、他人の大切な人も奪いたくない。命のやりとりなんて、まっぴらごめんだ。


そう決意した俺は二度と人間を殺さないと決意して戦場を後にした。


それから時が経つこと10年。

暇を持て余して、バーで酒におぼれていた俺に、ある噂話が飛び込んできた。


なんでも、大陸の遥か南に淫魔の王国があり、そこならアンデットも人間も関係なく、どエロいサキュバスに歓迎してもらえるとか。


この話を聞いた時、俺は思ったね。このまま童貞として生涯を終えるのか、と。


——これは天啓だ。


戦いから離れ、時間を持て余した俺に降り注いできた、冥府の神のご加護に違いない。


長い間この国に尽くしてきた。殺戮から離れて、人の生き血を飲まなくなった俺に残された時間はせいぜい数年程度。吸血用の牙も退化して、もはや普通の歯と見分けがつかなくなっている。


このまま野垂れ死ぬ前に童貞を卒業しなくてはいけない。アンデットはダメだ。俺の顔を見て逃げてしまう。人間もダメだ。俺の顔を見れば殺しにくるだろう。


しかし、サキュバスなら……?

1000年間温めてきた童貞を貰ってくれるのではないか?


残された時間くらい、己の欲望に費やしてもいいはずだ。たとえば……「サキュバスの国でエロいスローライフを過ごしたい」なんて……


俺はグラスに残っていた酒を一気に煽り、座っていた椅子を蹴り上げて、勢いよく立ち上がった。


「そうさ、男にはヤらなければいけない時がある」


こうして俺は、国を出る決意を固めたのだった。

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