第9話

彼女は、泣いた。

訳もわからず、泣き叫んだ。

何処かの、何処かの、何処かの、私が叫んでいる。




「会いたい!」




そう言っているように思えた。

ただひたすらに、そう言っているように思われた。

でも、私は、何もできない。

だって、わからないのだから。

いくら叫ばれたって、いくら嘆かれたって、「わからない。」


ああ。あなたはだあれ?

ああ、私の中で叫ぶ、あなたは誰なの?


返事を待つ。でも、無理だった。叫ぶ彼女には届かない。そして、伝わらない。




「お前さん。」

突然と話しかけられ、私は戸惑う。声が聞こえた方に体を向ける。

「大丈夫かね…?」

あのお爺さんが本当に心配しているような様子で、私に近づいてくる。

私は、そんなお爺さんを拒むことなく、見つめ、どんな言葉を送れば良いのかを考え、選ぶ。

しかし、声が出ない。やけに目が痛い。息がしづらい。

「っくっ、ヒック、ヒック、」

視界がぼやける。まるで、雲の中にいるような気分だ。

「大丈夫じゃそ。ここは安全じゃ。」

そうではなくて。そうではなくて。言いたい。でも、言えない。声が出ない。あの時と一緒だ。誰かが私の手を引いて、ひたすら引っ張って走って、声が出したくても出せない、この状況。

怖い。彼女の頭の中に浮かび上がる。

「そんな震えないでおくれ。ああ、どうすれば良いのじゃ…ちょっと待っておれ…お婆さん!お婆さん!」

お爺さんはお婆さんを呼ぶ…ドアから静かに歳をとった、顔がシワだらけで、とても優しそうな表情で入ってくる。でも何やら戸惑った様子だ。お爺さんの声に驚きながら入ってきたのだろう。

「あらあら、この子、とても震えているではありませんか。あなた、少し部屋から出ていられるかしら。」

お爺さんは静かに頷いて、私の側から離れていった。私は不安な気持ちを抑えながら、このお婆さんを信じた。

「大丈夫かい…?私がついているから、存分に泣きなさいな…色んなことがあったのでしょう?大丈夫よ…今だけは、泣きなさい…」

温かい何かが、胸のどこかに沁みていく。不安と怖さが一気に退いていく。

お婆さんは私をそっと抱きしめてくれた。

徐々に、徐々に、彼女の涙が治っていく。

「あら、もう大丈夫なの?」

私はコクリと頷いて見せる。

「そう、ふふっ、可愛い子ね。だったら、お風呂に入りましょうか?」

「は…い…」

お風呂というものがわからなかったが、とりあえず返事をしてみた。お爺さんの場合は、そのまま連れていくが、このお婆さんは違った。



「わからないことは、ちゃんとわからないといいなさいな。」



私は震えた。気づかれた。バレてしまった。大丈夫だろうか、大丈夫なのだろうか。

しかし、彼女は一歩踏み出してみる。

「記憶が、思い出が、ない。」

お婆さんは驚いた様子で、私の顔を覗き込む。


大丈夫だろうか。でも、きっと、大丈夫だ。



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「花売りさん。」

「うん?」

「私、あの枯れた花、なんだか、好きです。」

「ふーん、そうか。でも僕はね、君にはこんな花束が似合っているように思えるけどね。」

花売りは隠し持っていたのか、とても色鮮やかな花束を出した。

「わあ!」

驚いたあまり、彼女は声を出す。

「ね?僕は、こっちの方が好きだよ。」

そんな風に見つめてくる花売りに、彼女は戸惑いながらも、その花束を受け取った。

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君に花束を。 茶らん @tyauran

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