第42話 顛末、そして石像の真意

「なるほど、そういうことだったのか」


 つまり浅草さんは「鍵をかけ忘れたふりをする」ことで第三者でも入れる状況を作り、「外部の誰かが石像を壊した」ように見せかけたかったのだ。


 だが、彼女にとって計算外だったのは「両国くんが忘れ物を取りに戻ったため、わずか一時間後に壊れた石像が発見されたこと」「石神くんという目撃者がいたために誰も入っていないのに石像が壊れたという不自然な状況が出来上がってしまったこと」だ。


 そのために結果として、僕らによって自動的に壊れるような仕掛けをした「偽の石像」の存在が暴かれてしまったというわけだ。


 僕がそんな思考を巡らせる一方で、両国くんと入谷くんは怒りをあらわにした。


「やっぱり、お前が犯人だったのか。俺が部室を守ろうとしてたってのに、ふざけたことしやがって」

「モニュメントがそんなに気に入っていたんだったら、残すのに協力すればいいじゃねえか」


 僕は聞いていて「自分たちが見つけてもいない石像の一部を用意させたことは、悪びれもしないのか」と呆れてしまう。


 だがそんな内心をよそに、両国くんは続いて清瀬に訴えてみせる。


「なあ、わかっただろう? 清瀬さん。俺たちが緑地地域を守るために活動してきたのに、妨害した人間がいたんだ。ここはひとつ、記事にして活動を盛り上げてくれるよな。『事実が確認できないと記事にはできない』って言っていたが、こうして事実は確認できたわけだからな」

「いや、しかし。結局問題の石像は壊されていなかったわけだし、そもそも郷土研究部の内輪もめであって、学校側の関係者が妨害したんじゃあないんだろう? 例えば学校側か石像撤去に賛成する人間がやったとかなら、わかりやすいが。部内の問題だと記事にしづらいというか」

「なんだよ。今さら。……この嘘つき女が」


 僕はその言葉に「おいおいおい」と思わず声が漏れそうになる。


 両国くんは目の前のメタルフレームの眼鏡をした少女がどういう人間かわかっていないらしい。清瀬は今まで何度もそれなりのトラブルを潜り抜けてきた僕であってさえ、なるべく敵に回したくない難物だというのに。その彼女に向かって面と向かって毒づいてみせるのは、虎のしっぽを全力で踏みつけにいく行為に他ならない。


 僕がこの先の展開を予想するまでもなく、清瀬の眉がピクリと跳ね上がり相手を叩き潰さんばかりの舌鋒が飛び出してくる。


「ほう、言ってくれるじゃないか。じゃあ聞くがね。浅草さんは何の罪を犯したっていうんだ?」


 急に鋭いトーンで責められて、両国くんは「え……何ってその」と口ごもる。


「器物損壊、ではないよね。だって壊したわけじゃあないんだから。じゃあ窃盗罪に当たるといいたいのかな?」

「そ、そうだ。だって俺たちの部のものだったのにそれを隠したんだから」

「だがね、窃盗の定義は『他人が占有する財物を占有者の意思に反して窃取すること』によって成立するんだ。しかし『部の共有物』だというのなら『部員の彼女』が持ち出しても不都合はないだろう。しかもあの石像は『部室の外』に持ち出されたのではなく、『部の共有空間である部室』に置かれていたんだ。地形模型の中ではあったがね」

「だ、だけど」

「そもそもの話をするが、さっきの話だとあの鳥の石像は結局あのモニュメントの欠落部分じゃなく、浅草さんの家で扱っていた商品だったわけだろう。つまり君らのでっち上げじゃあないか。『写真が残っていないからバレない』? SNSが発達したこの現代でそんなことをしたら、著名な芸術家の作品のはずが市販の品物だっていずれ判るに決まっているだろう。考えが浅いにもほどがある! なんなら仮に署名とやらが多数集まって学校に正式に訴えたとしても、その時点で材質の類を細かく調べられたらバレていただろうね。いやあ君のようなボンクラの口車に乗せられて記事にしなくて本当に良かった。……だが、そんなに取り上げてほしいなら掲載してもいいがね。『郷土研究部が発見したモニュメント欠落部分は名誉欲にとらわれた部長のでっちあげだった』と」


 両国くんは一気にまくしたてられて、何も言えずにパクパクと口を開く。どうやら自分たちのモニュメント撤去の反対運動を妨害されたという被害者意識に思考が取られていて、そもそも彼ら自身の行動が周囲を騙していたという発想には至らなかったらしい。


 だが、ことが自分の目論見通りに運ばなかった不満は消えなかったようで、今度はその矛先を再び浅草さんへ向ける。


「浅草。何で邪魔をするようなことをしたんだよ。郷土研究部の目的は地元の文化を研究しその価値を確認することだ。あのモニュメントだって地元出身の芸術家が残したものだっていうんならその一部だ。それを保護するのは部の目的に則しているだろうが。違うか?」


 しかし浅草さんも今度は黙っていなかった。


「よく、そんな大義名分が言えるよね。本当は、自分が遊ぶための部室が無くなるのが嫌だっただけでしょう? 大げさな反対運動をしたのだってろくな部活動をしてこなかったのを誤魔化して内申点が欲しいからって言っていたじゃない!」


 さらに彼女は入谷くんにも向きなおって続ける。


「入谷くんだって、昼休みに学校を抜け出してコンビニに寄るのに便利だからって理由で緑地地域を残したかったのが本音だよね。そんな自分たちの都合のために反対運動をしていただけなのに、偉そうなこと言わないでよ!」


 僕の隣で星原が「ああ、なるほど。それで入谷くんが緑地地域に出入りしているのが目撃されていたんだ」と小さく頷いた。


 また、これまで黙っていた蔵前さんが「なんだ……。別に緑地地域を残してほしくて運動をしていたわけじゃあなかったんだねえ」と寂しそうにつぶやくのが僕の耳に届く。そういえば蔵前さんは「自分が一生懸命管理してきた緑地地域を反対運動までして残してほしい生徒さんがいるというのは嬉しい」というようなことを語っていた。だが実際にはそれも、彼らの一方的な利益を満たすことが目的だったのだ。


 決してそんなつもりではなかったが、僕は蔵前さんにとって嫌なものを見せてしまったのだろうか。この心優しい用務員の老人をこの場に巻き込むべきではなかったのだろうか。


 僕が自分の行いを後悔しかけた、まさにその時だ。目の前の浅草さんがぽろぽろと涙を流し始めたのは。


「……私だって。私だって本当はこの部室も緑地地域も残したかったよ。あのモニュメントだって大事な思い出の場所だもの。クラスメイトと蔵前さんとも仲良くなれた大切な場所だもの。……だけど、蔵前さんが体を壊してしまったら、そんなの、その方が耐えられないから。だから仕方ないって諦めようとしていたのに」


 そこで蔵前さんが彼女の言葉を耳にして「うん? かなちゃんは緑地地域を残してほしかったのかい?」と尋ねる。


「あ、はい。当たり前じゃあないですか」


 白髪の用務員はしばらく考え込んでから「それなら、もう少し仕事を続けるよ」と答えた。


「え? だって体の方は……」

「病院に行って診察を受けたが、とりあえず差し迫った異常は無かったからね。まあ業務量については何とか同僚に手伝ってもらうさ。最終的には辞めることになるだろうが、代わりの後任が決まったら引き継いでいくつもりだ。そうすれば別に学校側の人件費に影響が出るわけではないし、現状を維持する形になるだろう」


 蔵前さんの思いもよらない言葉に両国くんたちが小躍りをした。


「おおっ。じゃあ部室も残るってことか」

「やったぜ。ラッキー!」


 その反省のない様子に僕は流石に我慢ができなくなって、つい口が出る。


「おい、両国くん。確かに浅草さんは君たちの活動を妨害したのかもしれないが。そもそも君らが彼女や蔵前さんの立場に立って考えようともせずに、自分勝手な要求を押し通そうとしたのが一因だったってことは自覚するべきじゃあないのか」


 僕の言葉に浅草さんは驚いたようにこちらを見た。自分の行いを暴いた人間がかばってくれるとは思わなかったのだろう。一方、両国くんたちは「う、うるさいな。部外者のあんたにそんなこと言われる筋合いは……」と狼狽しながらも反論した。


 しかしここで清瀬も「ああ、確かにそうだねえ」と鋭いトーンで言葉を投げつける。


「何なら、君らも蔵前さんの仕事を手伝うべきなんじゃあないかな。この人が今までどの程度の仕事をしていたのか、身をもってわかるだろうし」


 彼は清瀬にまで責められるとは思わなかったのか「な、なんで。お、俺たちは別に部室を残したかっただけで」と言い訳を始めた。


「嫌ならいいがね。それなら、君らが石像をでっちあげたことを記事にさせてもらうが、文句はないだろうね?」


 その言に両国くんたちはグッと黙り込んで下を向く。清瀬が僕と同じ側に立つのは珍しいが、どうやら彼女も浅草さんの立場に多少は感じ入るものがあったらしい。


 一方、浅草さんは涙ぐんで蔵前さんに頭を下げた。


「蔵前さん、ありがとうございます」

「何、大したことじゃあないよ」


 そんな和やかな二人を横目に僕は「一応、これで依頼は果たしたってことで構わないな」と清瀬へ声をかける。


「ああ、勿論だ。期待以上だったよ」


 彼女からすれば「ガセネタをつかまされて変な記事を書かずに済んだ」「一方的な主張で記事を強要してくる両国くんを追い払うことができた」ということでそれなりに助かったのだろう。


 隣の星原が「まあ。体よく清瀬さんに利用されたと言えなくもないけれど、結果的には良かったんじゃない? あの二人の思い出の場所はひとまず守られそうだもの」と呟く。彼女の目線の先には笑いあう蔵前さんと浅草さんがあった。


 僕も「そうだな」と応えて部室を後にしたのだった。





 傾きかけた午後の日差しが葉桜になりかけたソメイヨシノを照らしている。あと三十分もすれば暗くなると言った時間帯である。あれから僕らは本校舎の教室に戻りカバンを取ってから、下校するべく昇降口に降りてきたところだ。


「ところで」


 星原がすらりとした脚をのばして革靴を履きながら話しかけた。


「何だ?」

「……あの、モニュメントの事なんだけれど。あれを作った芸術家は童話をモチーフにした彫像を創る作風だということだった。それで両国くんは『青い鳥』をもとにした石像だというようなことを言っていたけれど、あれは間違いだったと思うの」


 僕も靴を履くと、彼女と並んで歩きだす。


「まあ、そうだろうな。鳩の石像というのがでっちあげだったわけだったから。……確か、浅草さんの話だと『王子様とツバメの石像』だったんだっけ?」

「ええ。王子様とツバメ。多分あれは『幸福の王子』をテーマにしたものだったんだわ」


 幸福の王子。確か、オスカー・ワイルドの短編だったか。


 あらすじは確かこうだ。


 ある街に王子様の像が建っていた。目は青いサファイア、腰の剣には赤いルビーが輝き、体は金箔で包まれ、心臓は鉛でできている。町の人はこの美しい像を大切に思っていた。しかしこの像には死んだ王子の魂が宿っていて、貧しい人々の暮らしに心を痛めていたのだ。そこで友達のツバメが王子様に目の宝石や体の金箔を困っている人たちに分けてあげるように頼まれる。ツバメはその願いを聞いて宝石や金箔を口にくわえて、配って回った。しかしそのために王子様の像はみすぼらしい姿になり、ツバメは力尽きる。だがそんなことを知らない町の人たちは、かつては自慢に思っていた像がいつの間にかみすぼらしい姿になっていたので捨ててしまうのだ。


 その後、天の神様がこの街で一番尊いものを二つ探すように天使に命じ、天使は王子の心臓とツバメの亡骸を持ち帰り、一人と一羽は天国で幸せに暮らすという話だ。


 僕らが昇降口を出ると僕らと同様に下校する生徒が何人か歩いていた。また、校舎の向こうには裏手にある緑地地域の端が見える。あの石像のことを思い浮かべながら呟く。


「そうか、あの石像のタイトルは『慈愛の形』だったな。『幸福の王子』の場面を描いたのなら確かにふさわしい」

「今回の事件で両国くんと入谷くんは学校の文化を守るとか言っていたようだけれど、結局自分たちの利益の為だった。清瀬さんもあなたを利用して、面倒ごとを片付けたいだけだったかもしれない。でも『浅草さんが蔵前さんを気遣った思いやり』と『蔵前さんが彼女に示した優しさ』だけは本当に尊いものだったんじゃないかしら」

「ああ。確かに、な。僕も考えていたんだけどさ」

「何を?」


 僕は星原と並んで校門の方へ向かいながら続ける。


「いや、よく地方の博物館や過疎地域の鉄道とかさ。定番のお菓子なんかが廃止や販売中止になったりするだろう。運営している当事者たちは、懸命に宣伝したりコストを削減したりとにかく努力してそれでも上手くいかなかったから廃止したわけだ」

「そうね」

「それなのに、過程を知らずにそれまでろくに利用してこなかった第三者が『廃止するなんてもったいない』って文句を言うのは理不尽だとも思った。……でも、もしもそういう状況で廃止するかどうかに何かを言う権利がある者がいるのなら、一緒にそこまでの過程に寄り添って、当事者の立場をわかっている人間なんじゃないかってさ」

「……まあ、どんな思いで廃止を決断したのか、覚悟を知っているうえで。それでも真摯に気持ちをぶつけてくれたのなら、当事者もそれに応えてもいいと思うのかもしれないわね」

「ああ」


 今回の件でいうのなら「蔵前さんが過労で体調を崩していたこと」も、「懸命に緑地の管理をしていた苦労」も知っていたうえで、浅草さんがあの場所を残してほしいという気持ちを見せたので、その思いが通じたのだろう。やはり相手の立場と、それに寄り添った過程を踏んで初めて良い結果が生まれるのかもしれない。


 そう考えたところで僕は清瀬から受け取っていた前払いの報酬、フードフェスティバルのチケットのことを思い出した。


「ところで、さ。星原」

「何?」

「実は、たまたまフードフェスティバルのチケットが手に入って。星原の好きなスイーツとかも食べ放題らしいんだ。今度、一緒に行かないか」


 彼女は歩みを止めてからカバンを置いてから、僕の顔をまじまじと見つめ返す。それから「ああ」とポンと何かを思いついたように手を打って、何故か芝生に落ちていた花びらを拾って髪に付けた。


「……何しているんだ?」

「え? いやほら練習よ。『髪に花びらが付いているよ』って言いながら、抱きしめてもらう練習」


 その瞬間、僕は先日廊下でしていた虹村とのやり取りを思い出す。どうやら彼女は声をかけてくるよりもかなり前からあの会話を聞いていたらしい。


「……ほ、星原」

「あれ? 強引に抱き寄せてくれるんじゃないの?」


 彼女は「はいどうぞ」と言わんばかりに腕を広げて見せるが、僕はリアクションに困ってしまう。周囲にはまだ下校している生徒がいるんだぞ。


 そもそも関係を深めるために盛り上げるための演出が本人にネタバレしていたら、意味がないんじゃないだろうか。


「それじゃあ、景色が綺麗なところで『君の美しさの前にはかすんでしまうから』って言ってくれるところから始めた方が良かった?」

「……逆に聞くけど、さっきまで話していた『過程に寄り添う大切さ』はどこに行ったんですかね」


 結果まで一気にすっ飛ばしてどうするんだ、と呆れた顔になる僕に「冗談よ」と彼女はクスリと笑って見せる。


「流石にこんな人目がある場所で抱きしめられても困るもの」


 どうやら例によって僕をからかっていたようだ。


「それで? そこまで言うのなら、ちゃんと過程を踏んで私の気持ちに応えてくれるのよね?」

「……その言葉はOKってことだよな」


 僕は顔を赤くしながら、次のデートでどういった過程を踏んで関係を深めたものかと頭の片隅で考えたのだった。

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