第29話 ゲーム同好会にて
作業教室棟は技術や工作などの授業で使う場所だが、空き教室も多く半分は部室や倉庫として使用されている。そのため他の校舎より埃っぽく、場所も校舎に面した運動場のさらに向こう側という若干へんぴな立地である。
その作業教室棟の廊下の片隅にある一室の扉の前に僕らは立っていた。他でもない、ゲーム同好会が使用している教室だ。
僕も一度来たことがあるし、明彦は何度も遊びに来ているので特に入るのに気負うことはないはずだ。明彦にちらりと目を向ける。
「話があることは伝えているんだよね」
「ああ。まあ、普通に遊びに行く程度のノリでな」
「わかった。じゃあ明彦のほうが気心も知れているだろうし、明彦から話を聞いてくれ。僕も横で何かあればフォローするから」
「おう」と返事をしながら彼は扉を開けた。
部屋の中は普通教室と同じ程度の広さだ。こちらから見て奥のほうに机と椅子が寄せられている。そして真ん中の空けられたスペースでたむろしている何人かの男子生徒の姿が目に飛び込んできた。
彼らは個人で持ち込んだらしいパソコンや携帯ゲーム機をいじりながら「ああ! そこ、ガードするか普通」「いやワンパターンだから流石に見切るわ」などと駄弁りながら対戦ゲームに興じていた。
さらに、その横では三人の少年が顔を突き合わせて何やら議論を交わしているようである。
「やっぱ、あれはリアル系列なんじゃないのか。量産機も出てくるし、一話完結じゃなくて全体を通じたストーリーもあるんだから」
「いいや、リアルロボットにドリルは普通ついてないだろ。あれはスーパーロボットだ」
「もう、その分け方も今時苦しいと思うけどなあ」
明彦はその妙にマニアックな意見をぶつけ合うグループに近づいて、その中の一人に声をかける。
「よお、牛浜。しばらくだな」
「ああ、雲仙先輩。こんちわ。……それと月ノ下先輩でしたっけ?」
話をしていた少年の一人が僕らに振り返った。髪はオールバックで太い眉の下には愛嬌のある朗らかな造作の顔。体はがっちりしているが、気の優しそうな印象がある。彼が牛浜くんのようだ。
僕が数か月前にここに来た時に名前と顔を覚えていたらしい。牛浜くんは僕にも向きなおると礼儀正しく頭を下げた。ほかの二人も軽く礼をして、とりあえず会話を中断してくれた。
「『eスポーツ部』の入部希望者数を増やすのに名前を貸してくださったんですよね。ありがとうございました」
「いや、礼には及ばないよ。結局力にはなれなかったみたいだし。……ところで何の話で盛り上がっていたのかな?」
「この間見たロボットアニメがスーパーロボットかリアルロボットかって話をしていまして」
スーパーロボット? リアルロボット?
僕もアニメは見ることがあるし、ロボットアニメの話題やゲームでその単語もちらほら耳にしたことはあるが、意味はよく知らなかった。
「ええと。……何かな、そのスーパーとかリアルっていうのは?」
僕はつい、好奇心から話を向けてしまう。
牛浜くんは軽く頭を掻きながら「明確な定義は難しいんですが、ロボットアニメのジャンルのことですね」と説明を始めた。
「ロボットアニメって主人公がロボットに乗り込んで敵と戦う話がほとんどなんですけどね。その中でロボットの存在を『主人公の属性』として扱っている系統の作品がスーパーロボットというジャンルなんです」
「主人公の属性……」
「ほら。……改造人間がヒーローに変身したり、宇宙人が巨大化して怪獣と戦ったりする特撮番組があるじゃないですか。あれと同じ『主人公の能力』という位置づけでロボットが存在しているんです。だからその『ロボットの存在自体が唯一無二の特別なもの』で、その力もバリアを出せたり『現実離れ』しています」
「なんとなくイメージはわかるよ。勧善懲悪のストーリー色が強い一話完結の作品が多いタイプのやつだね」
彼は話についてきてもらえてよかった、というように笑ってから言葉を続ける。
「それに対して、ロボットそのものが当たり前に運用されて『世界観の一部』になっている作品。『ロボットが実際に開発されて社会や軍事に使われていたらどうなるか』という設定をリアルに突き詰めて描いているのが『リアルロボット』というジャンルですね」
「つまりその作品内だと主人公の操縦するロボットだけじゃなくて、たくさん量産されているんだね。ロボットが存在するのが当たり前のSF的な世界観の話ということか」
「はい。でもですねえ。リアルロボットといってもそもそも巨大ロボットの存在自体が非現実的ですからね。突き詰めると話に無理が出てくるんですよ。『兵器として考えるとミサイルのほうがコストが安い』とか『投影面積が大きくていい的になる』とかですね」
それは確かにそうかもしれない。
それに現実に巨大ロボットが存在してもゆっくり歩くだけで数十センチも激しく上下するので操縦は困難に近いという話も聞いたことがある。
「だから製作サイドは巨大ロボットが存在してもおかしくない設定を苦労して考え出すんです。『近未来にレーダーを無効化する粒子が散布されたために、戦闘で目視に頼るようになった。だから白兵戦をする必要が出てきた』みたいにですね」
ふと、僕はこの間の星原と交わした「セルフステージ」の話を思い出した。主人公の個性を生かして活躍させるための舞台を作るために、作者は必死に主人公に都合のいい設定を考えるというエピソードだ。
これもその一つということなのだろう。
「じゃあ、ロボットの存在をリアルにさせるために、架空の粒子までも作り出してしまうわけだな。……え? それってリアルなのか?」
僕の言葉に牛浜くんは苦笑いした。
「そうなんですよね。リアルロボットの方は『リアル』と言いつつロボットが現実に存在してもおかしくないように世界観を捻じ曲げた結果、現実の世界観からはかえってかけ離れていく、という皮肉な話なんですよ。……最近じゃあそのあたりのこだわりもあいまいで、どちらともいえないのも多いですけど」
世界観を捻じ曲げる、か。この間の星原の言葉ではないが、誰だって「自分が活躍するために都合よく世界を作り変えたい」なんて心のどこかで願っているような気がするが。
僕がそんなことを考えたところで「話が盛り上がっているところ悪いが、目的を忘れていないか?」と明彦に背中からつつかれた。
牛浜くんと僕が話し込んでいる間、ずっと手持ち無沙汰に後ろで待っていたらしい。
「す、済まない。本題に入ろうか」と僕は後ろにさがる。
「おう、ええと牛浜。実は聞きたいことがあってだな」
「はあ。なんですか?」
牛浜くんはきょとんとした顔で僕らを見つめ返す。明彦が少し緊張した面持ちで話を振り始めた。
「実習棟の裏に園芸部が世話をしている花壇があるだろ。あそこの奥に温室があるのを知っているか」
「ええ。知っていますよ」と彼はあっさりと認めた。
「自分、園芸部の女子の一人と仲が良いんで。……そういえば温室に続く階段道が泥で埋もれて水やりができないってぼやいていたけど大丈夫だったのかな」
牛浜くんが心配そうに呟くので、僕はつい口をはさんでしまう。
「いや、それは石神っていう男子生徒が温室の水やりをしてくれているからとりあえず大丈夫みたいだ」
「へえ? 石神ですか」
「知っているの?」
まあ、同じ学年なのだから顔見知りでもおかしくはない。だが牛浜くんは意外な返事を返してくる。
「小学校の時同じクラスだったんですよ。身軽で木登りとかも上手かったんですよ。手先も器用であやとりとかも得意でしたけど」
「ふうん、そのころから木登りが上手かったんだ」
そこで明彦がまた「こほん」と咳払いをする。「あ、悪い」と僕はまた明彦の後ろにひっこむ。どうも僕と牛浜くんとは話の波長が合うのだろうか。つい本題から外れた余計なことを話してしまう。
「それがその温室の階段がどうかしたんですか?」と牛浜くんは不思議そうな表情で首を傾げた。
「あ、いや。別に。……それでだな。その、雨が降った日の夕方なんだが何時くらいまで学校にいたんだ?」
明彦が続けて質問するが、牛浜くんはこれにあっさり答える。
「ああ。その日でしたら、ここの皆で対戦格闘の勝ち抜き戦をしていたら盛り上がって。帰るのが十九時くらいになってしまいました」
「十九時、か」
何とも言えない表情で明彦が反芻する。
十九時。一昨日の雨が降っていた時間帯が十七時から十九時ごろなのだ。つまりあの日の放課後から土砂で階段道が通れなくなるまで彼は学校にいたということになる。
石神くんも同じくらいの時間まで学校にいたが、彼の場合は少し状況が違う。体育会系の部活と違って、緩い雰囲気でやっている文化系の同好会なら行動はそんなに拘束されないはずだ。
明彦は重い表情になる。これはいよいよ「お前がバラの鉢植えを持ち出して壊したのか」と問い詰めないといけないのだろうか。一見温厚で人当たりのいい彼がそんなことをして何の得があったのかはわからない。だが園芸部員の女子と付き合いがあったのなら、その絡みで部長に嫌がらせをしたという可能性もある。
まだ雨が降る前か本格的な豪雨になる前に、ゲーム同好会をさりげなく抜けだして温室のバラの鉢植えを持ち出してまた戻ってくる。
彼になら実行できるはずだ。そんな僕の思考をよそに明彦が口を開きかけた、その瞬間。
「そういえば、その日帰りがけにたまたま実習棟の裏手を通ったんですよ。でもその時はまだ土砂崩れが起きてなかったんですよね」
牛浜くんはぽつりとつぶやいた。
「今、何て?」と僕は思わず聞き返していた。
「だから、僕が帰る十九時ごろには階段道は埋もれていなくてまだ温室の出入りができたんですよ。見る限りでは」
「でも、その時にはすでに雨は止んでいたんじゃないのか?」
「はい。止んでいました。ですから、雨が止んだ後で土砂が流れ込んだのかなと思いまして」
僕は正直混乱していた。「雨が降ったために土砂が崩れて、温室の行き来ができなくなった」、つまり「雨が降る前までの時間帯に学校にいて、温室の存在を知っている人間が犯人」というのがここまでの大前提だったのだ。
しかし彼の言葉を信じるのなら「雨が降った後も一定の間は温室に行くことができた」ことになる。これはイコール犯人を、鉢植えを持ちだせる人物を「牛浜くんだけだ」と断定できなくなるということなのだ。
「……わかった。ありがとうよ」と明彦が立ち上がって、足早に廊下に出た。その表情には隠し切れない戸惑いがにじみ出ている。僕もそんな彼の後を追うように教室を後にしたのだった。
作業教室棟を出たところで、僕は「どういうことだと思う?」と声を漏らした。明彦が「単純に牛浜が犯人で、疑われないように嘘をついているという可能性もあるがな」と応える。
「そうだね。でも問題はそんな嘘をつく意味が薄いっていうことなんだ。だってそうだろ。自分が犯人だと疑われたくないのなら普通は『自分が帰るときにはすでに通れなくなっていました』って答えるのが普通だ。『自分が帰る時点でもまだ通ることができました』という嘘をつく意味ってあるかな」
「あいつが帰るとき、つまり十九時以降でも温室に行き来できたことになるから『犯人候補が広がる』ということにはなるんだろう? すでに帰っていた福生はともかく『石神にもできる』ということになる。自分から疑いがそれることを期待したとかじゃないか」
「でも今のところ、牛浜くんは自分が疑われていることすら気がついていないみたいだし、仮に気がついていても『自分のほかに犯人候補がいるって知らなかったらそんな嘘には意味がない』んだよね」
明彦は一瞬考えこんでから「オーケー、じゃあ牛浜の言葉は本当だったとしよう」と頷いてから改めて僕を見た。
「あいつの言ったとおり『十九時時点では土砂崩れは起きていなかった』と。そうなると結局牛浜が帰るときに、あるいはゲーム同好会の活動中にこっそり温室に行ってバラの鉢植えを持ち出したってこともありうるんじゃないか? その時点で階段道は埋もれていなかったんだろう?」
明彦の推測には一理ある。仮に牛浜くんの証言が本当でも、それは犯行可能な人間が広がるだけで彼が犯人候補であることに変わりはないのである。
つまり現時点であり得る可能性は二つだ。
一つは石神くんが部活を終えた十九時以降に、人目のない間に温室に行ってバラの鉢植えを持ち出した可能性。雨が止んだ十九時時点でまだ土砂崩れが起きていなかったのであれば彼にも実行可能なのである。
そして二つ目が明彦の指摘した、ゲーム同好会で学校にいた牛浜くんが何らかのタイミングで温室に行ってバラの鉢植えを持ち出した可能性だ。
いや……待てよ。
「明彦。今さら思い出したんだけど」
「何だ?」
「青梅さんは確か最初に相談に来た時、こう言っていたんだ。自分が帰るときには『実習棟の横には何もなかった』とね。彼女は十九時過ぎまで残っていた」
仮に犯人が壊すことを目的として温室からバラの鉢植えを持ち出したとする。その場合いつまでもそんな目立つものを自分で持っていたいとは思わないはずだ。むしろさっさと壊してその場を立ち去るだろう。
しかしバラの鉢植えが見つかったのは翌朝で、青梅さんが帰る十九時過ぎにはなかった。
「ていうことはあれか。石神か牛浜のどちらがやったのかはわからないが、十九時過ぎ以降に鉢植えは持ち出されたってことか」
「でも問題が一つ。十九時過ぎ以降ということは雨が止んでいるわけだから、そうすると当然足跡が残るはずなんだよ。……ところが翌朝来た御嶽さんは『土手から校舎までの間に足跡なんてなかった』と言っていた。途中で途切れた校舎からの足跡があったくらいでね」
「じゃあ何か? 青梅の証言を信じる限り、十九時過ぎ以降に鉢植えは持ち出されたことになる。……しかしその時は雨が止んでいるから鉢植えを持ち出したのだとしたら、往復した足跡が残るはずなのに残っていない」
「うん。つまりこれ、実行できる人間がいないってことにならないか?」
明彦は僕の言葉に顔をひきつらせて黙り込んだ。
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