セルフステージと壊された鉢植え
第23話 コンピュータゲームとセルフステージ
スポーツと言えば一般的に体を動かして決まったルールの元で対戦相手と競い合う活動のことだ。ただ近年ではコンピュータゲームについても「エレクトロニック・スポーツ」いわゆる「eスポーツ」という競技として認める動きがあるという。
すでに欧米やアジアの一部では賞金をかけられた大会も催されていて、TV中継もされるなどプロスポーツとして認知されている国も多いらしい。もっとも日本では賭博を規制する法律の関係で高額の賞金を出すことが難しいこと、利害関係にない第三者がスポンサーになる必要があることなどの理由で認められる途上にある状況だ。
「そんなわけで署名してくれないか? な、頼むよ」
目の前で僕に頭を下げているのは、我が悪友たる明彦である。彼が右手に持っている紙には「eスポーツ部 入部希望者名簿」と表題が記されていた。明彦は以前から「ゲーム同好会」という放課後にコンピュータゲームで遊ぶグループと付き合いがあったのだが、その彼らがこのたび「eスポーツ部」を設立することを考えているのだそうだ。
明彦自身はゲームをやりこむ趣味はなかったはずだが、ゲーム同好会にいた先輩と親交のあったために立場的に協力したいらしく「学校側に認めてもらうために少しでも部員が多い方が良い」とこうして昼休みを犠牲にしてまで入部してくれそうな人間に声をかけているのであった。彼が頼みごとをしてくることはたまにあるが、自分自身のためではなく他人のためとなると無下に断るのも不人情な気がする。
僕は小さくため息をついてから筆記用具を自分の机から引っ張り出した。
「別にいいけどさ。……ただ僕は別にゲームにはそこまで興味ないから、実際に部活が認められても活動はできないよ?」
「わかった。まあ、もしも発足した後で活動する部員が足りなくなったら代わりの部員を後からでも探すさ。恩に着るぜ」
彼は嬉しそうに胸の前で揉み手をしながら、礼の言葉を口にしたのだった。
「少し意外ね」
僕の隣に座った色白で黒髪の少女が小首をかしげた。
「何が?」
壁の時計は十七時を少し回ったところである。あれから数時間後、僕はいつものように星原と図書室の隣の空き部屋で勉強会をしていた。
「いや月ノ下くん、今日の昼休みに雲仙くんに頼まれてeスポーツ部の入部希望の紙に名前を書いていたじゃない。でもあなたって熱心にゲームとかするタイプでもなさそうだし、名前だけ貸すようなグレーなことだって積極的にする方ではないでしょう」
どうやら星原は昼休みのときの僕と明彦のやり取りを見ていたらしい。
「まあ。確かに僕はコンピュータゲームはたまにストレス解消にする程度だし、実際に入部して活動するつもりはないよ。それにああいうのは高性能のパソコンとネット設備が必要になるだろうから、結局学校から承認されるのは厳しいと思うんだ。……ただ、ね」
「ただ?」
彼女は不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「昔、さ。小学校のころだったんだけど。クラスで一人、病弱で休みがちな友達がいた。体が弱いからあまり運動もできないし休みがちだから成績も良くない。かといって絵が上手いとかそういう特技があるわけでもない。別に苛められているわけじゃないけど、影が薄いそんな子だった」
「……どこにでも居そうなおとなしい子ってところかしら」
「そうだな。それで、あるとき学校の先生に言われて彼の家にプリントを届けることになった。一人で行くのもなんだからって何人かのクラスメイトと一緒に。……そうしたら彼の家には大画面のTVと家庭用ゲーム機があったんだ。当時大流行していた対戦ゲームのソフトもね。みんな大はしゃぎしてプリントを届けるついでに彼と一緒にゲームをしたんだ」
彼女は無言で僕の話に聞き入っていた。僕は遠い記憶に思いを馳せながら話を続ける。
「ところがゲームをプレイしたら、その普段目立たない彼がめっぽう強くてね。何度やっても誰一人勝てなかった。みんなあまりの強さにびっくりして『お前すげえじゃん』って英雄扱いしたんだよ。そうしたら教室ではほとんど笑ったことがなかった彼が初めて嬉しそうにニッコリ笑ったんだ。……それが評判になって彼の家に遊びに来る人間も増えて友達もできるようになって少しずつ明るくなった。学校にも前より来るようになったのさ」
「……良い話ね」
星原はその情景を想像するように、静かに目を閉じて頷いた。
「うん。いや、僕も別にコンピュータゲームを文化として全面的に優れたものだと思っているわけじゃない。……ただ野球やサッカーみたいなスポーツは体が大きい方が有利だし、事故で足を失った人が参加することは出来ないだろ。でもコンピュータゲームは体格や年齢に関係なく、五感が正常で指さえ動けば色々な人が対等に勝負できる。少なくとも体を動かすスポーツよりは、さ」
プロスポーツ化することの是非はともかく体を動かすスポーツと比べた時に「生まれつきの体格や筋力に関係なく公平に勝負できる」という、その一点では競技としての可能性として優れた面もあると思うのだ。
「何が言いたいかっていうと。……どんな人間だって誰かに認めてもらえるステージっていうのが必要なんじゃないかってことなんだ。たとえ社会的な生産性で判断したら役に立たないゲームだって、それがきっかけで自信につながることだってある。そういう場所を守るのは大事なんじゃないかと思ったんだよ」
「なるほどねえ。言ってみれば檜舞台、自分が主人公になれるステージというわけね。セルフステージとでも言うのかしら。……考えさせられるわ」
「いや、そこまでたいそうな真理を語ったつもりはないけどな」
星原が妙に感銘を受けたように深々と頷いて見せるので、思わず面映ゆい心持ちになる。
「でもほら。そういう考え方って創作の世界にも通じるものがあるのよね」
「創作の世界に? 例えばどんな?」
彼女には小説を執筆する趣味があって、以前は彼女が考えた話を聞かせてくれたこともあった。もっとも最近は受験勉強が忙しいのであまり作品を創る時間がないようだが。
星原は少し口の端を持ち上げたシニカルな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「例えばミステリ小説だとね。よくアリバイトリックとか密室トリックとかあるでしょう」
「うん」
「でもね。最近は大きい街なら監視カメラがあるし、警察の鑑識技術だって進歩しているから『こんなトリックは警察が調べたらすぐにバレてしまう』っていうことになるの」
「ああ。一昔前までなかった携帯電話やGPS技術を駆使されたら完全犯罪も作りづらいかもしれないな」
「ええ。そこで書き手は『素人探偵の主人公』が活躍できるステージを作るために涙ぐましい努力をするわけ。山奥の山荘や離れ小島みたいなところで『天候が悪化して帰れない』『警察も来られず鑑識もできない』『携帯電話も通じない』という限定された状況を考えるのね」
「クローズドサークルとかいうやつだな」
漫画などでも一昔前は「戦闘能力に優れた主人公が悪者を倒す」というわかりやすいものが多かった。
しかし現在では「頭脳に優れた主人公がギャンブルで相手を出し抜く」とか「料理に詳しい主人公がその知識を生かして問題を解決する」などスポーツ、グルメ、ラブコメなどジャンルに合わせて色々なタイプの主人公がいる。
きっとそれぞれの作品で作者は主人公の才能を発揮できるための舞台を考えるのだろう。極端な話だと子供向けのホビー漫画では「ラジコンなどのおもちゃを活用して世界征服を狙う悪の組織」なども登場して、主人公がそのホビーの才能を発揮することでヒーローとして成立したりするのだという。
「そう言われると、主人公を活躍させるために世界観を都合のいい方向に持っていくっていうのは多かれ少なかれ大抵の娯楽作品でやっている気がするな」
「……確かに主人公が未開の国や時代に行って、現代の知識で問題を解決するなんて展開も最近はやっているっていうものね。この方法論を応用すれば普通の主婦とか平凡なサラリーマンでも物語の主人公にはできるだろうし」
だけど、と彼女は無表情で「世界観を現実からかけ離れたものにしてまで主人公を活躍させる話が求められるようになったというのは、それくらい誰しも活躍する瞬間が欲しいということなのかもしれないわね」と呟いたのだった。
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