第18話 写真部室にて
運動場ではサッカー部の部員たちが声を掛け合いながら練習に励んでいた。そんな彼らを横目に僕は写真部の部室がある作業教室棟へ歩を進める。写真部のコンテストに応募を決めて二日後の放課後である。
日差しは少しばかり傾いているが暗くなるのには数時間はかかる、そんな時刻だ。
「いやあ、まさか一日で審査が終わるとはな」
「しかも全員が入賞するとは思いませんでした。かなりゆるい審査基準なんですかね?」
後ろで明彦と巴ちゃんが携帯電話をいじりながらそんな会話を交わしていた。
「早々に『ブローカー』さんと顔を合わせることができるのだからありがたいじゃない。確かに短い審査期間といい、少し引っかかるところはあるけれど」
隣の星原が肩をすくめながら巴ちゃんの言葉に答える。
「『ブローカー』さんとやらの審査が甘いって言うのは僕も思ったよ。……僕なんか一応、家のデジカメを借りて校内で見晴らしの良いところをわざわざ撮影しに行ったんだけど。これならそこまでしなくても入賞したかもしれないな」
僕がそんなことを呟きながら作業教室棟の中に足を踏み入れる。写真部室の入り口が奥の方に見えた。
「それじゃ、行こうか」
僕は後ろの三人に呼びかけをしてから扉をノックして部室の中に入る。
部屋の中には三脚などのカメラ機材が雑多に並べられ、パソコンとプリンタ、それに椅子と机が中央に置かれていた。
「すみません。写真部員の人はいますか」
「はいよ。……あん? どちらさん?」
椅子に座っていた野性味の強い雰囲気の少女が応対する。無造作に伸ばした髪を後ろで縛っていて、勝気な印象の顔立ちだ。
この人は確かこの前、千石くんと一緒にいた……。
「春日さんだっけ?」
「……どこかで会いましたっけ?」
「あ、いや。この間、部員の募集看板の前で千石くんが名前を呼んでいたから」
「あのときの。何の用事っすか?」
僕は彼女に携帯電話で写真コンテストのホームページを見せる。
「実はこの写真コンテストに応募して入賞したもので……三年B組の月ノ下真守です。後ろの三人も入賞したんだけど、賞品の受け渡しについて案内してもらえないかな?」
「ああ、そうでしたか。こりゃどうも。あたしは二年で写真部の
僕らは彼女の言葉を受けて、渡された用紙の欄にアカウント名と応募したテーマとクラス、名前などを書き込んだ。一方、春日さんは携帯電話を取り出しつつ室内に向き直る。
「おい、千石! ぼっとしてんじゃねえ。客が来たんだから先輩にだけ応対させんな」
「は、はい」
奥の方でカメラをいじっていた千石くんが、おっかなびっくりこっちに来て「とりあえず部室でも見学しながら待っていてください」と僕らを案内する。それを横目に春日さんは奥の部屋に入って行った。一応、上級生ということで僕にはそれなりの礼儀を払っているものの後輩にはきつい態度だ。
背後の明彦と巴ちゃんが思わず小声でぼそぼそと呟く。
「写真部って文化系だからもうちょっとゆるい雰囲気だと思ってたよ、俺」
「私もです」
一方、星原は興味深そうに部室内に貼られていた写真を観察していた。僕も壁に貼られた写真をざっと眺めてみる。自然写真や人物写真、校内風景に町の一角を映したものもある。
千石くんはあまり応対に慣れていないのか、手持無沙汰な様子で僕らの横に立ちつくしていた。そんな彼に気を遣ったわけでもないのだが、僕は少し気になっていたことを尋ねてみる。
「……千石くん。聞いた話だとあの部員募集看板の近くにあった空き缶のチェスの駒は猫除けで、写真部が設置したってことだったんだけど」
「え? ああ、日野崎から聞いたんですか。はい。そうです。爪とぎをされて板の上に貼った紙を破られたんで、対策として春日先輩が作ったものでして。……缶の中に現像で使う酢酸が入っているんですよ」
「なるほど。そういや猫って柑橘系みたいに酸味がある臭いを嫌うって聞いたことがあるな。それにしても春日先輩があれを作ったのか? 器用だなあ」
あのチェスの駒にはちょっとした工芸品のような風情すら感じていた。それをどこか荒っぽい雰囲気すらある春日さんが製作したとは思わなかった。
「ええ。良い写真を撮るには小道具も必要なんだから、これぐらい出来た方が良いという姿勢みたいで」
千石くんは淡々と僕の質問に答えてくれる。
「そうか。……それじゃあ春日さんはこの写真部主催のコンテストに自分で応募していたりするのかな」
それだけの気概があるのなら撮影した作品を少しでも人に見てもらおうとするのではないだろうか。
「しているのかもしれませんが、良く判りませんね。校内の狭い人間関係だと誰が投稿したのかで良し悪しを判断される、だからこそ匿名にしている。僕にも先入観抜きに投稿された写真を見て、感性を磨けと言われました」
「厳しいけれど写真を撮ることについてのこだわりはある先輩なんだね」
僕が感心して頷いたところで「連絡が取れたっすよ」と春日さんが戻ってきた。
「昨日締め切りのコンテストについては二年A組の教室で皆さんに賞品を渡すから、これから来て欲しいそうっす」
彼女は事務的な口調で僕にそう告げた。
「ありがとう。それじゃあ」
みんな行こうか、と僕は声を掛けようとしたのだが。
「ええと、春日さん?」
唐突に星原が口を開いた。
「この写真って春日さんが撮影したの?」
星原が指さしていたのは満天の星空を定点撮影したと思われる煌びやかな光の動きを収めた一枚だった。
「え、ああ。そうっすけど」
「凄いのね。まるでプロみたいだわ。……こういうのはどうやって撮影するの?」
素直に評価しているのであろう星原の言葉に春日さんは若干戸惑いつつも悪い気はしないのか、頭を掻きながら答える。
「星の光は弱いから街灯が少ない場所を選ぶんすよ。それに三脚で固定は必須ですね。長時間露光しないといけないし。あとは感度や絞りも調整してこんな感じに仕上げてるんす」
「へえ。それじゃあ場所と時間を決めるところからすでに写真の出来は決まっているというわけね。感心するわ」
「……それほどでも」
そこで星原は僕らを待たせていることに気づいたのか、出口の方へ向き直った。
「話し込んでしまったみたいね。行きましょう」
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