第17話 手掛かりは写真コンテスト

「へえ。それじゃあ実は写真部の連中は猫について何か知っていたのに黙っていたってことになるのか」


 机に腰かけた明彦が腕組みをしながら考え込んで見せた。


 あの後、明彦と巴ちゃんに星原の推測と「写真部は何か隠している」という説をメールで連絡したところ「それなら一度相談しよう」ということで三年B組の教室に集まったところである。


 ちなみに「面白そうだから」と星原も教室に訪れていた。巴ちゃんもちょこんと空いている席に行儀よく座っている。


 僕は明彦の言葉に頷いて話を進める。


「うん。今思うとさ、僕が猫のことについてあの千石くんっていう写真部の一年生に訊いた時に春日さんっていう二年生の人が遮るように声をかけてきたんだよね。あれって何か知っていたから余計なことを話させないためだったんじゃないかと思うんだ」

「ほお。でも流石に何を隠しているのか訊いてもまともには教えてはくれないだろうな」

「そりゃあ、何か知られたくない事情があるから黙っているんでしょうしね」


 明彦の言葉に星原も髪をかきあげながら悩ましげな顔になる。しかしここでそれまで黙っていた巴ちゃんが「いえ、教えてもらいました」と口を開いた。


 僕は一瞬、思考停止する。


「…………巴ちゃん? 今なんて?」

「ですから。昨晩、月ノ下さんにメールで何か写真部員は副リーダーについて知っているんじゃないかと教えてもらったので。今日の昼休みに千石くんに質問してみたんですよ」

「いやいやいや。でもそれでそんなあっさり教えてくれるものなのか? 僕が訊いた時には『わからない』って答えたのに」

「え? 普通に訊いただけですが」

「どうやって!?」

「いや。……ですから」


 巴ちゃんはつかつかと僕の間近までくると、そっと僕の手を取った。


 整った可愛らしい顔がすぐ僕の鼻先にある状態だ。彼女の柔らかな小さい手が僕の手を包み込む。そして上目遣いに大きめの瞳で僕の顔を覗き込みつつ「お願い、……教えて?」と小首をかしげて見せる。


 唐突な行動に僕は「え……」と思わず息をのんだ。


 そこで巴ちゃんはさっと手を放してから「だいたいこんな感じで訊いたら答えてくれましたが?」と何か自分は変なことをしただろうかとでもいうようにごく普通の表情で言ってのけた。


「……こんなの可愛さの暴力だろ」と僕は額に手をあててため息をついた。


 明彦も腕を組みつつ唸ってみせる。


「思春期男子の八割が陥落する奴だなあ。俺なら訊かれてないことまで全部暴露する自信がある」


 横で見ていた星原も「ほほう」と感心したように声を漏らした。


「流石ね。巴ちゃん。後で私がもっとうまく男子をあしらう方法を伝授してあげるわ」


 さながら出来の良い生徒を褒めるような口ぶりだ。


「星原、余計なことは教えないでくれ。巴ちゃんには優しくて純朴な女性になって欲しいんだ」

「巴ちゃん『には』って何よ。まるで私がどこぞの男子を手玉にとっては何かとケーキをおごらせる悪女みたいに」


 大体当たっているが、今ここでその話題を掘り返すのは流石に時間の無駄だろう。


「いや別に。誰かと比べたんじゃなくてあくまでも僕の一般的な願望だ。……それで巴ちゃん。千石くんは何て答えたんだ?」

「それがですね。月ノ下さんの言ったとおり確かに猫が看板で爪とぎをしていたので、修繕することになったそうなのですよ。あの空き缶も猫除けを兼ねて設置したとのことでした。しかしそれも一週間くらい前のことで、ここ数日で目撃していたわけではないらしいのです」

「そう……なのか」


 じゃあ、単純に本当にわからなかったというだけなのか。あの春日さんという子が彼が答えるのを遮ったように思えたのも僕の思い込みか?


「ただ、心当たりはあったのだそうで」

「心当たり?」


 ここで巴ちゃんは「これなんですよ」と携帯電話を操作してある画面を見せた。それは「天道館高校 写真コンテスト」と表示されているサイトのホームページだった。


「写真部の主催で校内向けに写真コンテストをしていたみたいなんですけどね。その中の一枚に、ほら。こんな写真が」


 巴ちゃんが表示した縦長の画像。それは他の投稿写真と比べてもインパクトのある一枚だった。構図としてはところどころに草が生えた灰色の絶壁を上から見下ろすようにとらえたものである。そこにバルコニーかなにかなのか、薄い木の板が縁側のように突き出ている。板の下は木々で覆われているが、かなりの高さであることがうかがわれた。 


 そしてその断崖の上の板には袴を身にまとった少女が腰かけている。しかしその目元は手に持った和傘で隠されていた。また奥に生い茂る笹は崖にしな垂れていて、さらにその向こうに広がる青空が東洋的な風景を際立てている。 


 さながら中国奥地にある幽玄たる雰囲気を漂わせた岩山か、あるいは東南アジアの遺跡のようで、僕には非現実的な違和感すら漂っているように思えた。


「へええ、高所恐怖症だったらとても無理な場所だなあ。でもこの写真がどうかしたの?」と首をひねる僕に巴ちゃんが「ここですよ、ここ」と画像の端をクローズアップして見せる。

「あれ、……これってもしかして」

「ええ。多分、副リーダーです」


 画面の中の巴ちゃんが指さす場所には、あの白い猫が佇んでいたのだ。しかし、そこはバルコニーの端っこで下に落ちずに済んでいるのが不思議なほど際どい場所だった。


 明彦も写真を見て目を丸くする。


「うわあ、こんな危なっかしいところにいたのか? この後、落下したりしてねえだろうな」

「確かに猫が高い場所に登って下りられなくなるなんて話はあるけれど……。でも、まずはこの場所がどこなのかということが問題ね」


 星原も画像を横から覗きつつ冷静に呟く。


「背景には笹が映っているわね。猫の行動範囲は半径数百メートル程度と聞いたことがあるから、極端に遠い場所ではないはずだけれど。でも、この辺りで笹なんて生えていたかしら?」

「確か、僕の記憶だと野球部のグラウンドの向こう辺りにあったと思うよ。でもそこにはこんな断崖はなかったはずだ」


 僕は星原に答えながらも何か他に手掛かりはないかと写真を見ながら思考を巡らせる。


 映っている人物の方はプロポーションや雰囲気から容貌は悪くなさそうだが、顔の上半分は見えないし個人の特定は難しい。となると、撮影した人間を探るべきだろうか。


「投稿されたのは三日前、姿を現さなくなった直後だね。つまりこの写真コンテストに投稿したのが誰なのか、主催した写真部に教えてもらえばいいんじゃないか。そこから撮影した場所を調べれば居場所がわかるかもしれないし」


 だが巴ちゃんは僕の言葉に顔をしかめて見せる。


「そこなんですよねえ」

「え? 何か問題があるのか?」

「はい。そもそもこの写真コンテストなんですが。公正を期すためということで誰が投稿したのかはわからないんですよ。主催者側の写真部も把握しているのはアカウント名とメールアドレスだけみたいです」

「それじゃあ、写真部に連絡先だけでも訊けば……」


 僕が言いかけた途中で、星原が難色を示すように肩をすくめた。


「いや、それは断られる可能性が高いんじゃない? 写真部としては投稿した人間の情報を本人に許可なく外部に漏らすわけにはいかないでしょう」


 巴ちゃんも星原の言葉に「はい」と頷く。


「千石くんが最初に猫のことについて『わからない』と答えたのも立場的に投稿者についての個人情報を教えるわけにもいかなかったからなんです。変な前例を作ったがために部の信用が落ちたら困るから、とあの春日さんという先輩に口止めされたそうで」

「……そりゃあそうか。僕らは悪意をもって利用するわけじゃないけれどそんなの写真部にはわからないし、それが許されるなら他の人間も興味本位で個人の連絡先を手に入れられることになっちゃうものなあ」


 僕はどうしたものかと頭を抱える。一方、明彦は自分の携帯電話で写真部のホームページを眺めていたのだが「んん?」と唐突に声を漏らした。


「この写真コンテストは賞品がでるみたいだな。……ええと『去年の数学の中間テストの問題』に『プレミアつきのアニメグッズ』。何だか統一感がねえなあ」

「ああ、それですか」


 巴ちゃんが明彦の感想に補足するように説明を始めた。


「主催は写真部なんですが、被写体のテーマは一般の生徒が出して良いことになっているんです。例えば『犬の写真が欲しい』とか『格好いい野球部男子の写真が欲しい』みたいにリクエストをするんですよ。代わりに報酬として人が欲しがりそうなものを賞品として準備するわけです」

「すると、なにか。お題というか『テーマを募集した側』は上手くいけば用意した賞品と引き換えに自分の欲しいモデルや題材の画像を大量に集めることができるかもしれないってわけか」

「はい。まあ『人物を映す場合は必ず本人の許可を取る』とか『たとえ納得のいく写真が集まらなくともテーマを満たしていてれば入賞を必ず一作品以上選ぶ』とかルールはあるみたいですが。あと変なクレームをつけられると困るから賞品の受け渡しはテーマのリクエストをした人と入賞者の間で直接連絡をすることになっているそうです」

 ということは「写真部の人間」ではなく「テーマを提示した生徒」の方に接触すれば撮影者の連絡先もわかるかもしれない。


 僕も携帯電話で写真部のコンテストのホームページを表示して確認してみる。例の猫が映った写真は「季節を感じる風景」というテーマで「ブローカー」というアカウント名の人間がリクエストしたもののようだ。そしてこの「ブローカー」なる人物は他にもテーマをいくつか募集しているのがわかった。


「それなら、僕らもこの『ブローカー』という人がリクエストしたコンテストに応募してみるっていうのはどうかな。入賞できれば直接会うことができるだろう。その時に問題の写真の投稿者に連絡を取ってもらうようにお願いしてみれば」


 僕の提案にその場にいた全員が悩むような顔になった。


「ええ? でも素人の私たちが応募しても入賞できるんですか?」

「私達、カメラとかないから携帯電話の写真で応募するしかなさそうだけど。……上手く撮れるのかしら」

「そもそも審査期間はどれくらいなんだ? 一週間とかだったらそのリクエストした奴に会える前に猫が別のところに行っちまうかもわからんぞ?」


 巴ちゃんと星原、明彦のそれぞれの不安そうな疑問に僕は「だけど」と説得するように呼び掛ける。


「今のところ他に手掛かりはないし、サイトを見る限り他の応募者もほとんど素人みたいだ。それにリクエストのスパンも確認する限りではそんなに長くないよ。大体三日くらいで締め切っている。だからとりあえず、この明日締め切りのリクエストに僕ら全員で応募してみないか?」


 サイトを見る限り、この問題の「ブローカー」という人物はかなりたて続けにリクエストを出していたのだ。その中には締め切りが翌日のものもいくつか存在していた。


「まあ、駄目で元々。別に損するわけじゃないし。……やってみるか」


 明彦がため息交じりに答えて、巴ちゃんも「うーん」と小さく唸ってから「じゃあ私、この『部活中の風景』っていうのに応募してみます。賞品の『中間テストの過去問』も役に立ちそうですし」と乗ってきた。


 星原も「……それなら私は『身近な動物』っていうのにしましょうか。家の庭に毎朝野鳥が来るから」と同意する。


 そんな調子で僕らはそれぞれに今からでも応募できそうなテーマを検討し、遅くとも明日の昼までに全員で写真を投稿することを決めてから家路についた。

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