第6話 無免許ダンジョン冒険者(猫つき)のはじまり

 繭は、確かに虫の住処に見えた。


「これ覗いて大丈夫なやつなの?」

「大丈夫だ、虫は寄生している最中は無防備になるからな。荷物の中にナイフみたいなのはあるか?」

「えーと、……あ、あった」


 荷物を漁ると、多分探検用と思われるナイフがあった。

 入り口近くの糸を切り裂いて、中へと進む。糸は粘着質に見えたが、ナイフで切ると普通の刺繍糸のようにあっさり切れた。

 それから繭に近づくと、そろそろと繭の外側を裂いていく。どこまでナイフを差し込んだものかと考えていたとき、手で無理矢理開いたところに肌の色が見えた。びくっとする。思わずウラを見たが、ウラは「続けろ」というように見返してきただけだった。

 意を決してすべて裂いてしまうと、中ですやすやと眠っている女性の姿が現れた。スーパーマーケットのエプロンをしている。


「人だ」

「こいつが寄生されている人間だ」


 その胸元で、茶色いものがもぞもぞと動きだした。

 繭の中で羽化しかけて固まっている幼虫のようだ。


「うえっ」

「任せろ」


 猫は口で素早く虫を捕まえた。

 一瞬ホッとしたのもつかの間、あろうことか、ウラは茶色い虫をむしゃむしゃと食べ始めた。


「うわ……」


 家の中に入ってきた虫を猫が食べててショックを受けた――なんて話を聞いたことがある。

 元来、虫は猫が動きに反応するだけでなく、餌として食べるものでもある。しかし反面、飼い猫は食べ慣れずに吐く事もあるので注意が必要だ。


「さて――」

「あの、ちょっといま近づかないで」


 モモは視線を逸らしながら言った。


「なんでだよ」

「絵面が結構ショッキングで――っていうか、ウラちゃん人間じゃないの!?」


 猫に変わってしまった人間ではなく?

 そう聞いたつもりだったが、それよりも先に異変に気がついた。核になっていた人間を中心に、視界が変わっていく。あれほど周囲にこびりついていた蔦は消え、緑が消えていく。ジャングルの中だった場所は、スーパーマーケットの中へと変化していった。


「あ……あれ?」


 モモの服装も元のセーラー服へと戻っていた。

 スーパーの柱に設置されている鏡を覗きこんだが、モモの髪の色はいつも通りだし、目の色もピンクにはなっていない。

 まるで、夢の中から現実に戻ってきたみたいだ。

 だがそれどころではない。はっとして、友人の名前を呼ぶ。


「夏海ちゃん! 夏海ちゃん!」


 スーパーマーケットの人々は、みな眠りこけたように床に転がっていたり、カートに寄りかかっていたりと様々だった。中には棚に寄りかかって、商品がばらばらに転がっていたりする。

 夏海はといえば、棚の上で仰向けになって転がっていた。

 モモはスマホ片手に、この状況をどう説明したものかと考えあぐねていた。


 結局、何者かが偶然虫を退治できたのだろうという事になった。

 それに、本来ダンジョンは事故や偶然を除けば許可のある人物――探索許可の免許を持っていなければ入ることが出来ない。一般人から『冒険者』などと言われようと、その実態は自由に入れるわけではない。

 モモは適当な事を言って、夏海を引きずるようにして帰宅した。その間、何か適当な事をしゃべった気がするが、家に帰り着いた頃には何をしゃべったのかすっかり頭から抜けていた。


「あ~~」


 自宅でベッドに転がった時には、どっと疲労感がやってきた。

 今日の出来事は夢だったのだろうか。

 ダンジョンの中は悪夢のようだ――と言われているが、確かに夢のようだった。本当にあった出来事なのか、いまいちピンとこない。それに、あの猫。


 ――本当に、人じゃなかったのかな。


 モモが現実に戻ってきた時には、近くにはいなかった。

 それともダンジョンには「お助けキャラ」的なものがいるのだろうか。いままでそんな話は聞いたこともなかったけれども。


「あれも夢だったのかなあ……」

「何がだ」

「いや、しゃべる猫が……」


 モモは普通に返答しかけて、がばっと飛び起きた。

 するりと、ベッドの下から黒灰色の猫が飛び出してきた。


「ウラちゃん!? なんでそんなとこから!?」

「おまえがおれ様と契約したからだ。おまえのいる所なら、おれ様はどこからでも出入り自由だ」

「……えっ。もしかしていま、ダンジョン化してる?」

「してねぇよ」


 ウラはテーブルに飛び移ると、そこで座り込んだ。

 動作だけなら間違いなく猫だ。


「おれ様はダンジョンの中だろうが外だろうがこれだ」

「ほんとに猫だったの!?」

「猫っていうのはどこにでもいるし、どこにも居ないんだろ」


 なんかそれ、違わない?

 モモはそう思ったが、ウラはまったく気にしていないようだった。


「とにかく、次もその意気で頼むぞ」

「え? 次って?」

「ダンジョンの虫退治に決まってるだろうが」


 ウラは自分の前足を舐めながら言った。


「え!?」

「『え!?』ってなんだ。何度も言うが、おまえ、おれ様と契約しただろうが」

「で、でも、ダンジョンに入るには許可が要るんだけど!? 年齢制限とか高校卒業以上とか、確か色々……」

「おまえたちの決めた事など関係あるか! おまえはおれ様と契約をした。それだけで充分だ」


 ウラにとっては人間の決め事などどうでも良かった。

 態度からもそれが理解できた。


「それに、おまえは夢見人として――あのダンジョンを攻略する素質がある。おれ様の相方として申し分ない!」

「ええ……」

「おれ様が虫を喰えば人助けにもなるぞ。それの何が問題なんだ?」


 モモはとうとう言い返す言葉を失って、ぱくぱくと口を動かした。


「というわけで、これからも頼むぞ」


 猫はにやりと笑った。

 どうやらモモは、わけのわからない虫食いの猫の相方にされてしまったらしかった。


 正規の冒険者ではなく。

 モグリとして。

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