第5話 vsラスボス
「ダンジョンの中には、人間どもが『魔物』と呼ぶ類も多く放たれる――」
ウラが『魔物』と表現したそいつらを、銃で撃って蹴散らしていく。
魔法と言っただけあって、銃には手作業のリロードが必要なかった。六発撃てば、がちっと音がして、再び何らかのエネルギーが充填されるまで待てばいい。何を撃っているのかは考えない事にした。
「こいつらは迷い込んだ人間どもを捕まえるための罠であり、先兵だ」
だからなのか、人間の姿をしているモモを見かけた瞬間に攻撃を仕掛けようとしてくる。
敵が小型のタイプだと照準を合わせるのに苦労したが、数を撃てば当たった。とはいえあまりそのやり方をしていても、囲まれてしまえば終わりだ。なんとか照準を合わせる必要があった。
「迷い込んだ人間が、そのまま人間の姿をしていたら――危険度は跳ね上がる。動物に変わってるのならまだ安全な方だ。それなりに本能が働くからな」
ダンジョンというだけあって、よく見れば道が存在していた。
通れない所は足元が植物で埋まっているが、そうでないところは何かが通ったかのように道が開けている。これは魔物の通り道でもあるのだとウラは付け加えた。
「このダンジョンはまだ産まれたばかり。虫の所にも難なくたどり着けるはずだ。だがその前に――倒すべき敵がいる。寄生した虫を守る、門番。おまえたちの言うラスボスだ」
身を低くして、茂みを抜ける。そこは、広い空間があった。
まるで人の手でも入ったかのように、地面は踏み固められた土が露出している。木々は広場を囲むようになっていて、モモたちはそこに続く道のひとつから入ってきたらしい。
そこに居たのは巨大な影がひとつ。
最初に倒したあのゴリラよりも一回り大きいゴリラだった。毛の色は真っ白で、ゆっくりとこちらを向いたその目は大きく、どこまでも真っ黒だった。顔立ちはヒヒに似ていたが、より凶悪で怒りに満ちていた。しかしその歪んだ顔は怒りからではない。元から凶悪な顔をしているだけだというのは見ればわかった。魔物なのだ。
「ここまでで銃の扱いには慣れたな?」
「たぶん……」
「だがここまで抜けてきた事実がある。よし、行けっ!」
「えー!!」
嫌な予感はしていたが、その通りになった。
真っ白なゴリラがモモを睨み付けた。凶悪な顔がますます醜悪に歪む。ウラの言う通り、ここまででなんとかこの不思議な銃の扱い方にも慣れてきたつもりだ。現実世界の銃はさておいて、使い勝手はそれなりにわかってきた。
モモが銃口を向けると、真っ白なゴリラは吠え声をあげながら巨大な手で自身の胸を叩いた。
「やっぱりゴリラなのこれ!?」
「いや普通に魔物だ」
「嘘でしょ!?」
巨大な手が、勢いよく上にあげられて振り下ろされる。
「避けろっ!」
言うまでもなく、モモは後ろに飛び退いた。
巨大な腕が地面に振り下ろされると、土が信じられないほどに噴き上がった。まるで魔法か、特殊技のようだ。映画くらいでしか見た事のない光景だ。
「右に避けろっ!」
ウラの叫びに、慌てて右に避けた。
その瞬間、土埃の中から飛び出してきた巨大な腕がモモの体をかすった。
「うわあっ!」
バランスを崩しながら、尻餅をつく。
その途端に、ゆらりと土埃の向こうの影が動くのが見えた。モモは瞬時に体勢を立て直して、そのまま更に右に転がる。その背後から土を叩く音が近づいてくる。
四度目――に入る前、ゴリラが腕を振り上げるだけの僅かな時間。モモは銃口を向け、撃ち抜いた。
「ギャアッ!」
腕に命中したらしい。
土埃は晴れ、ゴリラの白い体毛が赤く染まっているのが見えた。
「何、なんなのあいつ!?」
「よく考えろ。ここは悪夢――ダンジョンの中だ。そのボスともなれば、現実での現象にそぐわない攻撃をしてくる奴だっているさ」
「えええ……」
そんなの聞いてない。
だが、ここに来るまでだっておよそ現実にはいなさそうな『魔物』を何度も見てきた。それを考えれば、当たり前の事かもしれない。
「安心しろ。おまえはいま、おれ様と契約をしているからな」
「一個聞くけど、ウラちゃんは戦ってくれないの?」
「……猫にあんなのと戦えというのか」
「嘘でしょ!!?」
叫びとともに、白ゴリラの咆哮が響いた。
モモはすぐさま体勢を整えて、発砲する。
だが逃げては撃っての繰り返しで、なかなか白ゴリラに当たらない。じっと相手を見つめれば照準も合うが、ゲームのコントローラーのようにいきなり合わせるのは無理がある。
「おいっ、早く撃て!」
「そ、そうは言ってもさあ! 照準が……」
「まっすぐ撃とうとするな! 言ったろ、そいつは魔法の武器のようなもの――もとい、いまは魔法の銃だ。リロードも必要無いなら――」
「そっか。……曲がるんだ!」
モモが力を込めて撃つと、弾道が大きく湾曲した。白ゴリラの背後へと回り込み、どっ、と勢いよく当たった。
六発分のエネルギーをすべて使う事になったが、白ゴリラは目の前ではない場所からの攻撃に戸惑ったようだった。背後を見ようとして、キョロキョロとその目が探っている。
「よーしよし」
ウラは満足そうに言う。
できればウラにも戦ってほしいところだが、この際なんでもいい。
「よく狙えよ」
「……」
モモは立ち上がり、まっすぐに腕を伸ばした。照準を合わせる。
銃の先にエネルギーが充填され、咆哮をあげる白ゴリラへと向けられる。その心臓付近へ銃の先が合わさった瞬間、モモは引き金を引いた。
まっすぐに飛んだ弾は、太い光となって白ゴリラの体を貫通した。
白ゴリラの体に穴が空いた。
焼けた皮膚からは血さえ出ず、白ゴリラの急所を撃ち抜いたのだ。穴から向こう側が見えている。その穴が、ゆっくりと前のめりになった。
どぉぉん、と地面が揺れた。モモも思わず飛び上がってしまいそうだった。
「……やった?」
倒れたその姿にやがてノイズが走った。最初からそこに投影された何かだったかのようにノイズは酷くなり、やがて消えていった。
「おーし、よくやった」
「いまの、どういうこと?」
「気にするな。悪夢の中から消えた。それだけの事さ」
とにかく倒さないといけないものはいなくなったらしい。
モモはふうっとため息をついて、銃を持った手を下ろした。
「でも、ウラちゃん。元に戻らないよ?」
「そりゃそうだ。虫を除去しない事にはな。ほら、そこだ」
ウラが示した先には、小さな祠のようなものがあった。
あんなところに虫がいるのだろうか。
近づいて覗き込むと、中は真っ白だった。なんだろう、と首を傾げたのもつかの間、その正体に思わず小さく悲鳴をあげた。
「うわっ」
それは、糸だった。
蜘蛛の巣のように洞窟の壁一面に張り付いている。あちこちに張られて真っ白になっているのだ。だが細い糸は縦横無尽に走る一方、太い糸はすべて真ん中に向かっていた。
その中央には、ひときわ糸によって頑丈にくるまれた――繭が浮いていた。
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