ダブルベッドに死体がひとつ(その23)

「杏奈さんが、山口さんを結婚詐欺罪で訴えた!・・・ついさっき電話があってさ、もう真犯人を探さなくてもいいそうだ」

「われわれはお払い箱ですか?」

「まあ、そういうことだ。弁護士に会いに行ったのが逆効果だったね。本人の自白があっても、警察が証拠を掴んでいないのだから、もう少し辛抱すれば山口さんは無罪放免になるのにね。じぶんをだまして二重結婚をしたのがどうしても許せないのだろう。今では、『自白した上にアリバイ証明ができない山口が奥さんを殺した』と、杏奈さんは信じている」

「なんとまあ。でもお役御免になったので、今となってはどうでもいいことですね」

・・・それは確かに可不可の言う通りだ。

だが、ちょっぴり割り切れなさが残った。


冷蔵庫にある有り合わせの食材で夕食を作って母親に食べさせてから、ドリップコーヒーを自室でゆっくり飲みながらしばらく考えた。

スフィンクスポーズで眠る可不可の電源をONにして、

「ふたつの謎が残ったよね」

と可不可に話しかけた。

「山口さんの件なら、もう終わったのではないですか?」

可不可は首をひねった。

「まあ、話だけでも聞いてくれ」

と言うと、可不可は、『聞くだけなら』と言わんばかりに耳を立てた。

「杏奈さんの下着が盗まれた件だが・・・」

「下着とは、パンティー、ブラジャー、キャミソールのいずれですか?」

「この場合は、おそらくパンティーだろうね」

そう答えると、可憐な杏奈さんの下着姿を思い浮かべて頬が赤くなった。

「浅村嬢のパンティーがどうかしました?」

「隠しておいたトランクケースを持ち込んだ時に失敬したのだろうね」

「失敬とは盗むという意味ですか?」

「そうだよ。これが山口さんだったとしたらどうだろう。毎日ではないとしても、杏奈さんは仮にもいっしょに暮らす妻だよ。その妻の下着を盗むかね?」

「私は下着泥棒をしたことがないので、その心理は分かりません」

確かに犬の下着泥棒というのは聞いたことがない。

「おそらく、杏奈さんに恋焦がれる独身者が盗んだと思う。性的に充足していない独身者にとって、あこがれの女性の下着を盗むことが代償作用になる」

「すごくぶっ飛んだ推理ですね。殺人、遺留品の隠匿、下着泥棒が一本の線で繋がるということですか?」

「それと、もうひとつある。・・・君が前に言っていたように、この男は杏奈さんのマンションの住人だ。外からやって来たら防犯カメラに映ってしまうが、住人ならすべて内部で完結できる。今から管理会社にハッキングして、住民のリストとプロフィールを引っ張り出そう」

「独身者がいたらそいつが犯人ということですか?でもちょっと待ってください。誰がこの労力の対価を払ってくれるのです?タダバタラキは止めてください」

・・・可不可は梃子でも動きそうになかった。

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