ダブルベッドの死体がひとつ(その21)
杏奈と待ち合わせをして、すぐに八重洲にある弁護士事務所へ向かった。
山口が一ヶ月前に転籍した会社が手配した老舗の弁護士事務所は、入るのに気後れするほど立派な白亜のタワービルの最上階にあった。。
ガラスのパーティションで仕切った応接室の豪華なソファーにからだを沈めて待つと、いかにも頭の切れそうな若い弁護士が現れた。
まだ二十代後半にしか見えない童顔の弁護士は、国際特許などの法務には長けているが、刑事事件の弁護ははじめてだと正直に打ち明けた。
「山口さんが前の会社から持ち出した機密というのは、それほど高い秘匿性のあるものではありません。問題は、警察が妻殺しという見立てだけで山口さんを別件逮捕したことです。これは、とりあえず別件逮捕してから調べるという古典的な非常に違法性の高い捜査テクニックです」
弁護士はまず警察を非難してから、
「現在、前の会社と和解に向けて話し合い中です。和解してしまえば別件逮捕が成立しません。拘留を続けるためには、警察は山口さんを奥さん殺しで逮捕するしかありません。ですが、未だに決定的な証拠を開示していません。山口さんも黙秘を続けているので、このままだと逮捕できそうにありません」
と捜査の状況を話す弁護士は、
「・・・そんな矢先に、山口さんが妻殺しを自白してしまったので、われわれも困惑しています」
と申し訳なさそうに付け加えた。
それを聞いた杏奈は溜息をついた。
「何か決定的な物証を突きつけられたとか?」
杏奈をかばうように横から口を挟むと、
「いえ、それはまだわかりません。自白したとしか聞いていませんので」
弁護士は事務的な口調で言った。
「あのう、・・・それで逮捕されるのでしょうか?」
杏奈は、今にも消え入りそうなか細い声でたずねた。
「いえ。江戸時代なら自白した時点で有罪が確定します。ですから、証拠がなくとも、拷問にかけて自白に持ち込むのが奉行所のやり口でした。・・・さすがに、今の時代は証拠主義なので、決め手となる証拠がなければ逮捕起訴はできません。本人が自白を翻せば、裁判そのものが成り立ちませんので。・・・ですから、いくら本人が殺したと自白しても、警察も安直に逮捕起訴には持ち込めないのです」
との弁護士の説明に、杏奈はほっとひと息ついたが、
「もっとも、状況証拠とかいうやっかいな証拠も許されているので安心はできませんが・・・」
と弁護士が余計なひとことを言ったので、杏奈の美しい顔に影が差した。
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