ダブルベッドに死体がひとつ(その20)

「杏奈さんは、知らなかったとはいえ、ひとの旦那を奪って結婚した。奥さんからしたら到底許せることではない。奥さんは、平日に会社を休んで、わざわざ対決だか談判にやって来た。相手がいないのに。・・・奇妙だよね」

「杏奈さんは、奥さんの存在を知らなかったし、当然会う約束などなかったはずです。誰かが嘘を教えたのでしょうか?」

「そいつが奥さんを殺した!」

「では、談判の相手が杏奈さんではなく、山口氏ではどうでしょうか?」

「山口さんは数日前から出張で、殺人のあった夜に帰って来ることになっていた。待てよ、出張を早く切り上げてあの時間帯にマンションにいたのかも知れない。奥さんと別れ話を談判するために・・・。だが、あの日の午前も午後も山口さんは防犯カメラには映っていない」

「あるいは、出張そのものがガセかも知れません。浅村嬢には出張と嘘をついて、自宅から研究所に通っていたりして・・・。おそらく、重婚する男が嘘に嘘を重ねる確率は100パーセントでしょう」

それはその通りだ。

だが、可不可はそんな真理をいつ学んだのだろう?


「では、奥さんはどうやって浅村嬢の存在を知ったのでしょうか?」

「3つ考えられるね。ひとつは、山口さんの別の愛人が、杏奈さんに嫉妬して奥さんにチクった」

「奥さん以外に愛人がふたりですか?」

「いや、いたかどうかは知らない。たとえばの話だよ。山口さんはかっこいいしお金もある。・・・もてる男は、いくらでももてるが、もてないやつはつきあってくれる女すらいない」

「身につまされるようですね」

「これっ、余計なことは言わない!」

まったく、どこまでも減らず口をたたく犬だ。

「その逆は、・・・杏奈さんに恋人がいて、その恋人が振られた腹いせに奥さんに中傷をした。嫉妬に狂うととんでもない行動をするのが人間だよ」

「知らない世界です。ヒトはどれほど愚かなのでしょうか。『ヒトの数だけ犯罪はある』というのはおそらく真実です」

「いくら何でも、それは言い過ぎだろう」

こここで、知ったかぶりの犬をたしなめておいた。

「あとはお定まりのコースだ。夫の行動を怪しんだ妻が探偵事務所に尾行を依頼して浮気を暴き立てる。バカ高い料金を払って夫だか妻だかの浮気を確かめて何が楽しいやら・・・」

「でも、たまに探偵事務所の浮気調査を手伝って稼いでいますね」

「国に税金やら保険料やらを納めるために、嫌な仕事でもやらざるを得ないのだよ。下請けのわが身では大した収入にもならないが・・・」

「山口さんの奥さんの場合、その3つのパターンのどれに当てはまります?」

「トランクケースにあったハンドバッグの中に奥さんの携帯電話があったと思うが、メールの履歴を見ればチクった相手が分かるはずだ」

「警察は、当然その相手を知っていますね?」

「・・・ちょっと待てよ。杏奈さんに恋焦がれた男が、山口さん憎しからいろいろ仕組んだ可能性もあるな。杏奈さんの鍵のコピーを手に入れれば自在に部屋に出入りもできる。ああ、下着泥棒だってできる。そいつが奥さんをおびき出して殺したというのはどうだ」

「どうして殺します?」

「山口さん憎しのあまりにね」

「だったら山口氏を殺したらいいではないですか」

「やはり嫉妬に狂った奥さんを利用して、山口さんを殺人犯に仕立てあげる」

「でも、その男も山口さんも防犯カメラには映っていません!」

そんなは白熱した話をしているところへ、杏奈から電話が入った。

「大変です。・・・山口が殺しを自供しました!」

電話の向こうで杏奈は悲痛な声で叫んだ。

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