ダブルベッドに死体がひとつ(その18)

家のデスクトップパソコンで、杏奈のマンションの管理会社のHPにハッキングして防犯カメラの映像をチェックした。

警察が証拠として押収したかと思ったが、コピーを提出させただけなのか、殺人の日の映像をそのまま見ることができたのはラッキーだった。

12時ごろから見はじめ、13時50分にそれらしい女性がエントランスに入る映像があった。

そこをスクショして、拡大した。

地味なワンピースの柄が、さっき見たトランクケースの中のものと酷似していた。

理知的な顔をした女性だが、参照すべき顔写真が手元にないのに気がついた。

すぐに杏奈に電話した。

警察は家の中を粉だらけにして指紋を取ると、凶器と遺留品の入ったトランクケースを運び出して引き上げたので、ちょうどもどったところだと杏奈は言った。

奥さんの写真は、山口の娘の花凛のアルバムを見つけてすぐ送ると答えたが、杏奈が山口の家族写真を見るのはつらいだろうと思った。

「刑事さんに、なくなったものはないかとたずねられて部屋の中をぜんぶ調べたのですが・・・」

と言いかけてから杏奈は言い淀んだ。

聞き耳を立てると、

「じつは、下着が一枚なくなって・・・」

と恥ずかしそうに言った。

「刑事さんには?」

「いえ、とても・・・」

杏奈の声は消え入りそうだった。

これは杏奈の思いちがいだろうと思った。

「たしか殺人のあった翌日には扉の錠ごと替えましたよね?」

「もちろんです。でも、犯人はいともたやすくその新しい錠を破って侵入したのです。恐ろしくて、あの部屋にはもうもどれません・・・」

ほとんど泣きそうな声だった。

犯人はピッキングの達人で、どんな鍵でも自在に開けて侵入できる・・・。

「廊下にもカメラを設置して、アラーム音の出る電子式の鍵を上下2か所にしてもらうしかないですね。・・・でも、幸か不幸か、真犯人がトランクケースを持ち込んだので、山口さんが犯人でないことが証明できました」

そう答えはしたが、トランクケースが持ち込まれたのが、山口の逮捕前か逮捕後か不明なので、これは気休めにしかならない。


夜になって杏奈が、山口の奥さんの写真を送ってきた。

眼鏡をかけた女教師然とした女性だった。

防犯カメラの画像は眼鏡をかけていなかったが、特徴がぴたりと一致した。

SNSで奥さんの経歴を検索すると、山口の前職の技術開発会社のシステムエンジニアということが分かった。

おそらく、山口とは会社の同僚で職場結婚したのだろう。

今度は、カメラを巻き戻して朝8時から丸一日の映像を早送りで見た。

まず何でもない朝の出勤の映像が流れ、8時45分に杏奈がマンションを足早に出る映像も確認できた。

夕方までにマンションに出入りしたのは、13時50分に入った山口の奥さん以外は、宅配業者とセールスマンらしき男女と遅番のパートに出る主婦と学校から帰る子供たちぐらいだった。

18時過ぎには、水商売に出かける女性や勤めから帰ったスーツ姿のサラリーマンに交じってエントランスに入る杏奈の姿と、その30分後には警官が駆けつける映像も確認できた。

殺人犯らしき怪しげな人物の影はどこにもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る