ダブルベッドに死体がひとつ(その15)

山口のマンションを出るなり、

「正式な奥さんでも、正式な母親でないのに、あんなことをしていいものでしょうか?」

可不可にしては、めずらしく陰口を叩いた。

「彼女はジャンヌ・ダルクのように高揚した気分になっているのさ」

こちらも陰口につきあったが、可不可はジャンヌ・ダルクを知らなかった。

・・・教養のないアンドロイド犬だこと。

「で、どうだった?」

「はい。浅村嬢の部屋で死んでいた女の匂いは、山口氏マンションの部屋の女性の匂いと100パーセントの確率で一致しました」

「殺されたのは山口さんの奥さんでまちがいないね」

「はい」

「男のほうは?」

「ひとりは山口氏の匂いで一致しました。これも100パーセントの確率です」

「山口さんは実在して、杏奈さんの部屋で暮らしていたのは確かだね」

「さあ、暮らしていたかどうかは分かりません。殺人の日の午後だけ現れたのかもしれません。今のところ、山口氏が犯人の確率がいちばん高いです」

そんな当たり前のことを可不可から聞きたくはなかった。

「秘密に結婚した杏奈さんと暮らすためには奥さんが邪魔だった。いちばん動機がある。奥さんをおびき出しておいて強盗に見せかけて殺した。・・・でもそれは杏奈さんも同じだ。でも杏奈さんにはアリバイがある」

「アリバイは簡単に崩せます」

「おい、おい。ヒロインを犯罪者にしていいのか」

「あまりにも情緒的すぎます。もっと論理的に考えてください」

「杏奈さんの悲しそうな顔を見たろう。あんな可憐なひとが殺人者のはずがない。彼女が山口さんが犯人ではないと言っているのだから信じてあげてもいいだろう」

「それが情緒的すぎるのです」

陸橋を向こうからやって来たセールスマン風の若者が変な顔でこちらを見つめた。

犬と論争をする狂人とでも思ったのだろうか・・・。

「警察の刑事捜査では、現場100回と言い古されたことばがある」

「そうですか?知りません」

可不可は知らなくとも、素人探偵のじぶんはそこからはじめるしかなかった。

杏奈から鍵を借りたので、この先の私鉄沿線の杏奈のマンションへ向かうことにした。




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