ダブルベッドに死体がひとつ(その12)

部屋に入ったすぐがDKで左手が居間だった。

毛足の長いファーカーペットを敷き詰めて、5人が座れるほどのL字形のソファーとガラスのローテブルと背の高いフロアーランプと壁際の大型のAVシステムが部屋をゴージャスに見せていた。

「あの時から、この先に足を踏み入れてはいません。恐ろしくて・・・」

杏奈は奥の寝室では寝ずに、この居間のソファーで寝ていると言いながら、引戸を開けて電気を点けた。

豪華なダブルベッドが部屋の中央に鎮座していた。

ピンクのベッドカバーを外すと純白のシーツがきらきらと輝いていたが、血痕は見当たらなかった。

「シーツは替えたのですが、血はマットレスに染みついています。ベッドを捨てようとも思いつつ、・・・いっそ引っ越そうかとも。でも引っ越してしまえば、夫が帰る場所がありません」

「ベッドや調度品はご主人がすべて手配したのですか?」

まだ二十代半ばの駆け出しのデザイナーの杏奈に、これほど豪華なインテリアの調度品を用意できるとも思えなかった。

「はい。結婚にかかった費用のすべてを主人が出してくれました。夢のような生活です」

それを察した杏奈は、喜びに顔を輝かせて言った。。

「ああ、でもこの部屋自体は会社の所有物件です」

「つまり、社宅ということですか?」

「うちの会社は、老朽化したマンションの部屋を格安で買い付け、内装を最新のデザインに作り変えて高値で売るリノベーションの会社なので物件はたくさん抱えています」

「なるほど」

そう説明されてうなずいたが、いまひとつピンとこなかった。

「デザインでうわべだけを高級にするのですが、耐震性や水回りはそのままです。部屋を仕入れるそばから売れるのでビジネスモデルとしては成功していますが、・・・デザイナーとしては少しばかり罪悪感を感じます」

杏奈は、見かけが純真なだけでなく、内面も良心的な女性のようだ。

「結婚すると社長に言ったら、この物件を社宅にして格安で貸してくれることになりました。・・・でも、まったくリノベーションしないまま借りることにしました。じぶんのお金で少しずつリフォームしようと思っています」

と杏奈は夢を語った。

「でも、夫はここでいっしょに暮らす時間はなかなか取れませんでした。何でも地方の工場の電子システムのメンテナンスが仕事らしくて、工場が休みの週末に工事をするので出張が多くて・・・。でも、それは嘘だったのですね」

杏奈はうつむいて、悲しそうな顔をした。

夫の山口優斗は、奥さんと子供がいることを隠して結婚し、奥さんは杏奈の家で殺されても家に帰って来ず、連絡もせず、そのあげくに機密書類の窃盗罪で逮捕された。

・・・これでは、杏奈が明るい顔になるはずもなかった。




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