ダブルベッドに死体がひとつ(その11)
ほとんど出歩かずに昼夜逆転した生活を4年間も続けたので、さすがに体力がない。
その上、半日雨の中を歩き回ったせいか、発熱して寝込んでしまった。
半身が不自由な母親が無理を押して温かい食べ物を作ってくれたので、なんとか起き上がれるまで回復した。
寝込んでいた間の新聞とネットニュースをまとめて読んだ・・・。
杏奈の夫のエリート技術者である山口優斗は、一か月前に移籍した会社に旧会社の機密の技術情報を持ち込んで売り渡した疑いで逮捕された。
犯罪ネットには、警察のリーク情報として杏奈のマンションで殺された女は、山口の妻ということがDNA鑑定などで判明したとあった。
「すでに奥さんがいるひとが、他の女のひとと結婚するのは犯罪ですか?」
可不可がたずねた。
「ああ、立派な犯罪だね」
「結婚を重ねるという罪ですか?」
「ああ、重婚ね。結婚詐欺とも言う」
「どうしてまた、そんなひどいことをするのですか?」
そこまでアンドロイド犬に言われては、答えようもない。
杏奈の携帯に電話をして、マンションの部屋を見せてもらえないか頼んだ。
残業があるという杏奈だったが、すぐに帰ると言った。
杏奈のマンションはすぐ隣のターミナル駅から私鉄で5駅ぐらい先で、会社からは1時間もかからない距離だった。
古いがしっかりした造りの8階建てのマンションの前に路駐して待つと、臙脂色のベレー帽を斜めに被り白いジャケットを粋に着た杏奈が、暗闇に沈む車の窓をノックした。
肩から図面を入れるプラスチックの筒を提げていた。
家で仕事の続きをしようというのだろう。
杏奈が玄関のガラス扉の横の10キーを押した。
「今、右端の縦の369と♯キーを押しましたね」
「ええ」
「この暗証番号って月ごとに変えるとかじゃないようですね」
「たぶんずっと前から同じだと思います」
これだと暗唱キーの意味はほとんどない。
エレベータを降りると正面は中廊下で、左右に6つの扉が向き合っていて、杏奈の部屋は左手の奥だった。
杏奈は差し込んだ鍵を左に回した。
「あのう、・・・鍵は左へ回すと開き、右へ回すと締まるのですか」
杏奈はたずねられた意味が分からなかったようだが、
「ええ」
と答え、一旦開けた鍵を右へ回してドアノブを引いた。
たしかにロックはかかっていた。
「左に回すと開いて、右へ回すと締まる。でも鍵を抜くときはセンターにもどす」
呪文のように繰り返すと、杏奈は怪訝な顔をした。
「いや、家を出る時のごく自然な行動です。これだと締め忘れることはありません。いったん鍵を差して回したら、そのまま抜くことはできない。必ずセンターにもどさなければ抜けない。そしてドアノブを引いてロックがかかっているのを確かめる」
「ええ、確かにそうです」
「ですから、どんなに急いでいても鍵を締め忘れて家を出るなどありえないのです」
杏奈は納得したようだ。
「では、やはりロックし忘れたということはなかったのですね?」
「まちがいありません」
「では、合鍵を持った犯人が侵入して、夫の、山口さんの奥さんを殺して、鍵を締めずに逃げた・・・。でも奥さんはどうやって入ったのでしょう?」
杏奈は鋭い頭脳の持ち主と分かったが、この謎は解くのには難しすぎた。
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