ダブルベッドに死体がひとつ(その10)
杏奈は急ぎのワークのことなどすっかり忘れて、コーヒーショップを飛び出すと、少し雨脚が弱まった駅前でタクシーを拾って飛び乗った。
乗るとすぐに携帯を出して着信を確かめた。
夫から電話はなかった。
それどころか、電話をしても今までと同じように虚しくコール音が鳴るだけだった。
スポーツクラブを過ぎ、駅の横の陸橋を渡ると霧にけぶる山口のマンションが左奥に見えてきた。
そのマンションの前に大きなワゴン車が停まっていた。
タクシーをその後ろにつけて降りると、不意に玄関のガラス扉が開き、前髪を額に垂らした長身の男が、屈強なふたりの男に抱えられるようにして現れた。
「あなた!」
と叫んだ杏奈が駆け寄ると、ふたりの男にはさまれた山口が振り向いた。
その顔は暗く、何の感情も読み取ることはできなかった。
山口はワゴン車に押し込まれ、車はそのまま走り去った。
住人らしい中年のサラリーマンがマンションに入ったので、あとに続いて呆然と立ちすくむ杏奈の肩を抱くようにしてホールに入った。
不審そうな目で見る中年男の視線を気にせずにエレベータに乗り込み、6階で降りた。
603号室の鍵は開いていた。
室内の電気も点いたままだった。
山口は、杏奈がすぐにここへやって来ると知っていたのだろうか?
DKに入ると、居間の引戸が開き、木のように細い女の子が顔をのぞかせ、こちらを見た。
・・・杏奈は、女の子を抱きよせて頬ずりした。
杏奈は、冷蔵庫にある食材を使って素早く夕食を作って女の子に食べさせ、われわれも同じものを食べた。
むさぼるように夕食を食べた女の子が居間に引っ込むと、
「殺された女のひとってあの子のお母さん?」
杏奈はじぶんに言い聞かせるようにつぶやいた。
「・・・・・」
「山口さんに、奥さんもお子さんもいたなんて・・・」
杏奈はそう言って、大粒の涙を流した。
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