ダブルベッドに死体がひとつ(その8)
いつの間にか寝入ったのか吹きつける冷たい風で目が覚めた。
見上げると、玄関口に頭からバケツで水を浴びたようにびしょ濡れの男が立っていた。
濡れて枝分かれした前髪の間で、ふたつの目がらんらんと輝いている。
あわてて立ち上がると、長身の男が、
「泥棒か?」
と、尖った声でたずねた。
「あっ、いえっ、娘さんとの縁で・・・」
こちらも、説明にならない答えをすると、男は洗面所に入りタオルで濡れた頭髪をこすりながら居間に入っていった。
引戸をそっと閉めて玄関にもどると、
「万引きのこと?」
とたずねた。
「ええ、まあ」
「おいくら?」
濡れたジャケットから財布を取り出そうとする男に、
「ああ、それは済んでます」
と答えると、
「何でここに?」
不審者にやっと気づいたように、男は鋭い視線を投げつけた。
「山口優斗さん?」
身じろぎもせずに、男はこちらを睨んだ。
「奥さんの浅村杏奈さんの依頼であなたを探しています」
杏奈の名前を聞いても、男の表情はまったく変わらない。
しばらく黙っていたが、
「警察ではないようだな」
すこし穏やかな声でたずねた。
「私立探偵です。・・・免許はありませんが」
「・・・それで?」
「あなたの携帯電話が通じないので、駅の向こうのスポーツクラブの会員名簿でここの住所を探し出しました。
両手で頭髪を後ろに撫でつけた男は、『まいったな』というような困惑した顔で、
「それで、どうする?」
とたずねた。
「あなたが、このマンションの603号室にまちがいなく住んでいると杏奈さんに報告します。それでこの仕事は終わりです」
と答えると、男は腕組みをして、しばらく天井を見上げていたが、
「殺人をどう思う?」
とたずねた。
「杏奈さんの部屋で女のひとが殺された件ですか?」
うっすらと顎髭を伸ばした男はそれには答えず、
「あの女を殺したやつを探してくれないか?」
と言った。
「とりあえず杏奈さんとの契約を終わらせます。話はそれからです」
そう言って睨み返すと、男は少しばかりひるんだように見えた。
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