ダブルベッドに死体がひとつ(その7)

車を返して、検索した住所にある山口優斗のマンションへ向かった。

深い谷底を走る電車を見下ろす陸橋を渡り、道路向こう側の左奥に立つ、古い煉瓦風の造りの10階建てのマンションの前に車を停めた。

住所表示の画像にあったのと同じマンションだ。

車を降り、玄関に駆け込み、郵便ボックスを見て回った。

603の番号の横の名札に、たしかに山口の名前があった。

後ろにつかえた車がクラクションをけたたましく鳴らしたので、あわてて車にもどって急発進させた。

辺りをぐるぐる回ったが、空いている駐車場はなかったし、狭い道で路駐もできないので、張り込んで山口の帰りを待つのはあきらめた。

だいいち、山口なる人物がどのような風貌なのかも分かっていない。

・・・休会こそしているが、ふたりが出会ったスポーツクラブの会員で、名前も住所も電話番号も正直に申告していたことが判ればそれで十分だった。

そのスポーツクラブは、駅の反対側の山口のマンションから徒歩20分ぐらいの距離にあるのも確認できた。

今日のところはそれで帰ろうと思ったが、スポーツクラブのすぐ横の有料駐車場が空いているのを見つけて、不意に思いついた。

駐車場に車を突っ込んでから、歩いて駅の向こう側の山口のマンションへ徒歩で向かった。


狭い通路の左右の棚で携帯電話の充電器を探していると、ランドセルを背負った女の子が目の前を歩いていた。

女の子はお菓子やパンの棚を通り過ぎる時に、細い手を伸ばしてチョコレートの箱を取り、さりげなく手提げの布バッグの中に落とした。

レジを横目にそのまま出ようとする女の子を見咎めた店主が、カウンターから飛び出してランドセルに手をかけ、女の子を店の中に引きもどした。

「またやったな」

布バッグを奪おうとする店主と女の子がもみ合いになった。

「これは何だ。お巡りさんを呼ぼうか?」

布バッグから取り上げたチョコレートの箱をかざした店主が、勝ち誇ったように声をあげた。

女の子は、怯えた顔で店主を見上げた。

「それ買います」

思わず声が出た。

「えっ、この子は万引きの常習犯ですよ。いいんですか?」

「じつは、この子がチョコレートをバッグに入れるのを見たんです。でも、止めずに見逃した僕が悪いんです」

あわてて差し出した千円札を受け取った店主は、困った顔をした。


店を出ると、女の子は小さな手を伸ばしてこちらの手を握った。

手を引かれるままに15分ほど歩いて信号を渡ると、古いがしっかりした造りのマンションが目の前に現れた。

・・・何のことはない、つい先ほど郵便ポストの部屋番号と名前を確かめたマンションではないか。

女の子は、ランドセルにぶら下げた鍵を10キーのプレートに差し込み、オートロックの扉を開けてすたすたとマンションに入った。

ためらっていると、開いた扉の向こうに立つ女の子はしきりにこちらを振り向いた。

やむなく中に入り、いっしょにエレベータに乗った。

6階で降りると、女の子は右奥の603号室の扉の鍵を開けた。

これも驚きだったが、女の子は中に入るよう促したのでもっと驚いた。

玄関に入った正面は中廊下で、左に洗面所、突き当りがDKだった。

女の子はランドセルを玄関に投げ出し、冷蔵庫から牛乳パックを取り出してキッチンテーブルに置き、手提げの布バッグから出したチョコレートを食べはじめた。

牛乳パックから直接牛乳を飲み、飲んでは食べを繰り返して、あっという間にチョコレートをひと箱食べてしまった。

食べ終えた女の子は、玄関のランドセルを引きずって右手の居間に入り、ソファーに横になったが、しばらくすると安らかな寝息を立てて眠ってしまった。

・・・DKの窓は急に真っ暗になり、大粒の雨がガラスを叩きはじめた。

外は激しい雨になったようだ。

玄関の上がりはなの廊下の壁にもたれてうずくまり、どうしたものかとしきりに思案したが、何も思い浮かばなかった。


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