ダブルベッドに死体がひとつ(その5)

「犯罪ネットを見ると、女性の死亡推定時刻は14時から15時の間のようです。これだとマンションのひとの出入りのいちばん少ない時間帯で、ひとのあとについてマンションに入るのは難しいでしょう。誰かに鍵を渡したり、10キーの暗証番号を教えたのはご主人の可能性が高いです。ご主人は、何らかの事情を知っているか、事件にからんでいる・・・」

「主人はそんなひとではありません!」

「でも、出張から帰ると言った殺人のあった日に姿を現さなかったのでしょう。それに、今の今まで電話もない」

「・・・・・」

臙脂色のベレー帽を被った可憐な女学生のような女はソファーに膝をきちんとそろえて座り、気丈に受け答えをしていたが、その声は今にも消え入りそうだった。


・・・浅村杏奈は、たまに手伝いをする探偵事務所の紹介でやって来た。

探偵事務所も、雲をつかむような話なので、暇なじぶんに仕事を回してきたのだろう。

杏奈が、自宅マンションで裸の女が死んでいるのを見つけてから、5日が過ぎていた。

「警察は、私が結婚して夫がいることなど、はなから信じてくれません。わたしがVRの夫とVRの結婚をしたと決めつけ、電話とメールの履歴を見せても、刑事さんは鼻先で笑うだけです」

「ご主人とはどこで知り合いました?」

「スポーツクラブです。・・・場所ですか?会社と家の中間のターミナル駅の近くです。ランニングとスイミングとスカッシュをやっているのですが、そこで知り合いました」

知り合ったのは2ヵ月ほど前で、ひと月後には結婚したという。

経歴も年齢も住所も知らず、名刺を一枚もらっただけの男と杏奈は結婚したのだ・・・。


杏奈から名刺を借り、会社のHPからハッキングして社員名簿を探し当てた。

しかし、100人ほどの社員名簿の中に山口優斗という名前はなかった。

次に、スポーツクラブのHPから会員名簿に入り込み、検索をかけたがその名前も名簿にはなかった。

さらに、携帯電話番号から持ち主を探し当てようとしたが、SIMカードを差し替えて使うレンタル電話と判った。

・・・それを聞いた杏奈の顔面は蒼白になり、今にもソファーから崩れ落ちそうになった。

しばらく応接室には重苦しい沈黙の時が流れた。

「・・・信じてください。夫はまちがいなくいます。愛し合って結婚した優しい夫はいます」

杏奈は、震える指先でバッグ開け、白い角封筒を取り出してテーブルに置いた。

「これでお願いします。・・・どうか夫を探してください!」

その封筒を横目に見て、傍らに座る可不可と顔を合わせると、・・・可不可は微かに首を振った。

「これは受け取れません」

と封筒を押し返すと、

「夫を見つけることはできないのですか?」

杏奈はほとんど泣き出しそうになった。

「いえ、そうは言ってません。・・・必ず見つけ出します。ご主人を見つけ出してから成功報酬をいただくということにしましょう。・・・これは約束です」

同情心からついそんんことを口走ってしまったが、・・・それを聞いた杏奈の顔は、花が咲いたようにぱっと明るくなった。

可不可は、唐辛子でもかじったような苦い顔をした。


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