ダブルベッドに死体がひとつ(その4)

「鍵を締め忘れたのは確かですか?」

若い刑事がたずねた。

「・・・実は、よく覚えていません」

と正直に答えるしかなかった。

ドアノブを引いて鍵を締めたのを確認するのは、誰しもがするごく自然な無意識の行動だ。

「きのうの朝もそうしたとは思いますが、寝坊してしまい、朝食も摂らずにあたふたと家を出たので、締めた確認をしたかどうか思い出せません。・・・それに、ありえないことが起こったので、とっさにそのようにお答えしたのかもしれません。でも、鍵を締めて出ていたら、あの女のひとはどうやって部屋に入ったのでしょう?」

若い刑事は、『それはこちらが聞きたいことだ』という顔をしたが、

「鍵は二つですか?」

とぶっきらぼうにたずねた。

「ええ、夫と私です」

「だれかに鍵をあずけたとかコピーを渡したとかは?」

「それはありません」

「ご主人も?」

「それはないと思います。・・・たぶん」

「振られた女が、男か相手の女の部屋で自殺をするケースがままあります。腹いせというか恨みというか・・・」

年長の刑事が言った。

「夫に限ってそんなことはありません!」

知らずに小さな叫び声をあげた。

「それに、あれは自殺ではありません。しかも、裸にして身元を分からなくしています。・・・明らかに殺人です」

ふたりの刑事は、表情ひとつ変えずに黙って聞いていたが、

「ご主人が出張からもどられたら、ここへお電話をいただければありがたい」

若いほうの刑事が名刺を差し出し、ふたりの刑事は部屋を出て行った。


広大な砂漠に、たったひとりで放り出されたような気がした。

頭の中で、夫への疑念が再び燻りだした。

振り払っても振り払っても、その煙はからみついてくる・・・。

でも、『小さなホテルの部屋に閉じこもっていても、何の解決にもならない』ということだけは分かった。

それに、納期のせまったワークがけっこう立て込んでいたので、会社へ出かけて仕事をすることにした。

仕事をすれば気がまぎれると思ったが、・・・その仕事が手につかない。

『飛行機の最終便に乗り遅れたか?都合で出張が伸びたのか?いや、夫はすでに出張から帰って家にいるのかもしれない』

そう思うと、居ても立ってもいられなくなり、日が傾くころにはけっきょく早退して家に帰る破目になった。

・・・だが、家の中に夫の姿はなかった。

DKのテーブルに携帯電話を置き、部屋の片隅で膝を抱えてうずくまり、ひたすら夫の帰りを待った。

だが、夜中になっても、電話は鳴らず、夫が現れることもなかった。

・・・杏奈は、うずくまったまま涙を流した。

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