ダブルベッドに死体がひとつ(その3)

サイドテーブルの携帯が鳴った。

夫かと思ったがそうではなく、きのう自宅マンションの殺人現場で会った中年の刑事からだった。

下のロビーに来ているという。

ロビーにスペースがないので、刑事がふたり連れで部屋にやって来た。

「どうしても死んでいた女を思い出せませんか?」

椅子がないので、屈強なふたりの刑事は壁のように立ったまま、ベッドに座る杏奈にたずねた。

『知っているのに、どうして知らないふりをする』とでも言いたげだった。

首を振ると、

「ご主人は、昨夜はもどらなかったようですな。今どこにいます?」

若い刑事が鋭い目を光らせてたずねた。

「夫は長い出張で、昨夜遅くもどる予定でしたが・・・」

そう答えると、

「でも、もどらなかった。・・・マンションはあなた名義ですね」

「はい、会社の社宅になっています」

「なるほど。ご主人のお名前は?」

「ああ、・・・山口優斗です」

「あなたとは苗字がちがいますね」

「つい最近結婚したばかりで、まだ籍は入れていませんので」

そう言って、バッグから夫の名刺を取り出してテーブルに置いた。

刑事に促されて彼の携帯電話番号を名刺に書き加えた。

その名刺を取り上げた若い刑事が廊下へ出て行った。

刑事がもどってくると、案の定、

「携帯は通じないし、会社ではそんな社員はいないと言う。どうして嘘をつくのです?」

と責めた。

「嘘ではありません」

「ご主人の社員証とか免許証を見たことはありますか?」

これには首を振るしかなかった。

「どんなお仕事です?」

「設計の仕事としか知りません」

「設計といっても建築設計とか機械設計とかいろいろあります」

年長の刑事の問いかけには首を振るしかなかったが、

「ああ、設計ではなく、技術者かもしれません・・・」

とあわてて付け加えた。

会えばいつも、ふたりの共通の趣味の映画や音楽やデザインやフィットネスの話を夢中になって話していた。

彼のことが大好きだったので、会社や仕事のことなどどうでもよかった。

「携帯カメラでいっしょに写真を撮ったでしょう。新婚なのですから」

刑事はどこまでも彼の存在を確かめようとする。

・・・お互いにカメラはあまり好きではなかった。

というよりも、写真を撮ることなど忘れて、彼の端正な顔に見惚れ、彼との話に夢中になっていたからだ。

こんなことを口にしたら、きっと刑事は笑うだろう。

たしかに、どこの誰とも知らない男といきなり結婚したのだから・・・。

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