2.ゴラクのハナシ
列車の窓辺で頬杖をつきながら私は思った。
「やばい。暇すぎる」
昼食は済ませてしまったので空腹ではない。眠気に襲われてもいないから昼寝をする気にもならない。娯楽で小説を持っていたが最近、換金してしまったのでない。
だから現状、やれるとしたらこうして外の景色を見続けることだけ。ずっと平原続きなので流石に飽きてきた。
「何か、新鮮な体験をさせてくれる奇天烈なものが来ないだろうか」
いきなり、個室の扉からノックをする音が聞こえた。恐る恐る覗き窓から外を見たら赤い髪をした女性が立っていた。
「これが吉と出るか凶と出るか。どちらにしてもちょうど良い」
鍵を解いて、扉を開いた。
「へえ。これはまた別嬪さんじゃない。初めまして、お嬢ちゃん」
「そちらも、美しい赤い髪がよく映えていますね。おねーさん」
赤い髪の女性を招き入れて扉の鍵を閉めた。
「にしても初対面のアタシをよく入れる気になったね。こんなことをしている人は老若男女関係なく、身内以外はまず疑うものだろ?」
ごもっともだ。特に男性よりも筋肉がつきにくい女性ならなおのこと。旅で会える人で親切な人はほとんどいない。自分のことで精一杯だからだ。
「疑って拒絶していたら、面白いことになりませんからね。特に今は、さっきまで暇で退屈していたので」
「へえ。刺激が欲しいってことかい?」
彼女の視線が顔から下へと向かった気がした。
「できればトランプやチェスといった遊戯(ゲーム)にしてもらえると。汗かきたくないので」
興味はあるがそんな気分でもない。
「ん? ああ、すまないね。もちろんそんなする気ないよ。むしろアタシも、これ目当てで挑もうと思っていたとこさ」
指で輪っかを作って見せてきた。金。賭け(ギャンブル)をしようというのだろう。
「良いですね。で、内容はどうします」
「そっちが決めちゃって良いよ。アタシが欲しくて挑むんだ。遊戯の内容までアタシが指図したらフェアじゃないだろ?」
なるほど。やり手だな。こちらの有利にさせてやるから、金を賭けてやらせろと、挑発している。
「では、ポーカーにしましょう。沼にはまると楽しめなくなるので、金貨一枚の一回勝負でいかがですか?」
「また大金を賭けたねえ。でもそれが面白い。乗った!」
そう言って彼女は金貨を一枚、机の上に出した。私も同様に金貨を一枚、机の上に出す。
「では公平になるよう、ディーラーとカードを車掌から手配してもらいましょう」
私は固定受話器を取り車掌に連絡をした。
「数分で来るのでそれまで待ちましょう。レンタル代は私に挑んでくれたお礼ということでこちらが持ちます」
この列車は金を払えば大抵のことはサービスしてくれる。できるだけ快適に、そして大勢に乗ってもらいたいからという制作者の計らいだろう。
「粋なことをするね。普通なら折版だろ」
クスッと私は笑った。
「だって、負けたら大損害。そんなスリルがあったほうが、より面白いでしょ」
「どうやら、とんでもないギャンブラーに目を付けちまったようだね」
赤い髪の女性はそう言って私につられたように笑う。
そこへ扉からノックをする音。ディーラーの自立型魔法人形(ゴーレム)が来た。
「では確認させてもらいます。遊戯の内容はポーカー。賭け金は金貨一枚の一回勝負。以上で問題ありませんか?」
どちらを親にするかを決めた後、ディーラーの確認に二人で問題ないことを伝えた。
「では始めさせてもらいます」
ディーラーは私たちの目の前でシャッフルをして五枚ずつ手札を配り残りを机に置いた。
「ベット」
親の赤髪の女性が金貨を一枚、前に出した。
「コール」
私も続いて金貨を一枚、前に出す。
「ドロー」
続いて彼女はカードを一枚交換した。私は二枚、カードを交換した。
「コールは省いて問題ないね、嬢ちゃん?」
それに私は頷く。
「「ショーダウン」」
二人同時に手札を公開した。
赤髪の彼女はジャックとクイーンのフルハウス。とても強い手札だ。ほぼ勝ちを確信していただろう。
でも今回は相手が悪かったとしか言えない。
私の手札はエースのフォーカードだ。
「あー敗けたぁ!」
目の前の女性は顔を覆いながら天を仰ぐ。その隙に私は賭けた金貨を回収した。
「いやあ、ギリギリでしたね。私もフルハウスだったら敗けていました」
「たらればはやめてくれ。余計に傷が深くなる」
おっとこれは失敬。心の中で謝った。
「しょうがない。敗けは敗けだ。敗者はさっさと退場させてもらうよ。楽しかったよお嬢ちゃん。良い旅を」
赤髪の女性は姿を消した。
「いやー、まさか本当に勝てるとはねー。凄いですね。車掌さん」
私はカードを回収している自立型魔法人形に話しかけた。
「何のことやら、これはあなたが幸運だった。それだけです」
「そうですね。あ、これレンタル料です」
自立型魔法人形に銀貨を一枚、手渡しした。
「あなたはなぜ、こんなことをしたのですか。今回の賭け金分も先払いされていましたよね」
当たり前だが、私がしたことは車掌全員に共有されているのだな。
「んー、ただの好奇心。それと快適な列車旅に必要な資金を回したかったから、かな」
溜め込んで使わないよりはマシだろう。家族とかいないし。
「そうですか。では、私はこれで」
一礼して車掌が去ろうとした。
「車掌さん、また同じことがあったら勝った分は列車にチップとして渡しますね」
遠巻きにこっちが有利になるように伝えた。
再び一人の静かな空間。窓辺で景色を眺める。
「やっぱり遊びを楽しむには、敗けるより勝ったほうが良いね」
勝った余韻に浸りながら昼寝をすることにした。
ナナシのハナシ【短編集】 錫色 厚 @suzuiro_atsushi
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