18 そして、天狗も笑う。

 鬼。小さな青い鬼が足を投げ出して座り込んでいる。

 二、三歳くらいの幼児に見える。こちらを上目づかいに睨んでいた。

 これが、大嶽丸の本体?この小さな鬼が?

 わたしたちはなすすべもなく立ち尽くしていた。


「オレ、タカコと、ずっといっしょにいたかった。いたかっただけなんだ。

 オレ、タカコに、ずっといいたかったよ。・・・すきだよって、・・・

 タカコ、ありがとう。」


 わたしを見てそういうとふっと消えてしまった。

 わたしの手にしていた剣もいっしょに消えてしまっている。

 

 呆然としていた隣の天狗がいきなり膝から崩れ落ちた。

 今までの格闘で傷を負っていたのか地面に突っ伏して立ち上がれずにいる。


「どうしたの、高橋さん」駆け寄り声をかけるが、苦しそうに唸っているばかりだ。

「うううううん・・・」唸る声と共に徐々にその容貌が変わってきている。


 息を吐くたびに顔が赤黒くなり同時に鼻がごつごつとせり出してきた。

 苦しさに耐えるように握りしめた拳がいつの間にか赤黒くなっている。


 ついさっきまでは人としての姿かたちをしていた。

 山伏装束と翼は天狗だったが顔や身体つきは高橋一だった。


 それが今はもう真実異形のものとしかいえなくなっていた。

 人としての部分が無くなってしまっていた。


 いつの間にか目の前に烏天狗が立っていた。苦しむ天狗を見下ろしている。

 驚くよりもわたしはすがるように声をかけていた。


「あの、これは、鬼と闘ったときに何かの呪いでも受けたんでしょうか。

 わたしももしかして・・・」

 

「いや、これは、禁忌を犯した天狗の成れの果てだ。

 己の怒りに負けて禁じられている術を使ったのだ。簡単に使うべきではない術を。

 

 天狗の本分をとうに放棄していたのだ。こやつはもう人の心なぞ失くしておる。

 あるのはただただ自分の力を誇示したいだけのものになり果てておる。


「天狗倒し」と呼ばれる術は安易に使うことが許されていないものなのだ。

 音だけの怪異として遥か昔から伝わっているが音だけとはいえその衝撃は大きい。

 広範囲にわたって多大な影響を及ぼすのだ。

 ましてや今回の「天狗倒し」は規模を遥かに超えていた。

 それを試してみたかったのだろう。こやつには、ただそれだけだったのだろう。


 だがその反動は己に返ってくる。

 規模が大きければ大きいほど己の本質を阻害するものとなるのだ。」

 

 よろよろと起き上がりふらふらした足取りで歩き出したそのものは、一度ためらいがちに翼を羽ばたかせそして思い切り山の頂を蹴った。


「たか、はし、さーん。」

 わたしの声は山々にこだましていたが天狗にそれが届いたのかいないのか。

 大きく旋回する翼が月明かりに輝いている。

 そうして二度三度と頭上を回った。

 ここにいる自分を誇示しているかのように。


 ちらりとこちらを向いたその顔が微かに笑ったように見えた。

 おばあちゃんには見えていただろうか。


 了


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そして、天狗も笑う。 あんらん。 @my06090327

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