第53話
地下の訓練場にグレアとともにやってきた。
オレが今日は地下の訓練場に行くというと、グレアも一緒にいくとそう言ってきたからだ。
遊びじゃないんだよこれは、これは修行なんだ、とグレアにはそう言ったのだけれど、グレアは一緒にいくといった
ちなみに今日はやっぱり日課のクエストをやろうかな、といってみたら、グレアは一緒にクエストをやるといった。
これは遊びじゃないんだといっても、一緒にやるらしい。
これはオレがやるものをなんでも一緒にやるつもりだな。
そういう考えらしい。
だがオレはこんな可愛い生物に、獣人にけがでもさせたらどうするんだとそう思っていた。
そんな過保護すぎる考えで、地下訓練場まで来た理由は、グレアがどれくらいの能力を持っているのかそれを確認するためでもある。
確か獣人というのは、魔法の能力が高いから、人間から恐れられているっていう話だったけれど。
魔法の能力が高いのだから、グレアを一緒のクエストに連れていってもいいのだろうか。
でもなあ、グレアに怪我をさせたくないんだよなあ。
そのきれいな顔に傷でも残ったらどうするんだ。
このけもみみに傷でもついたらどうするんだ。
けもしっぽに傷でもついたらどうするんだ。
と、まるで父親目線のような、そんな心配をしてしまうオレ。
というわけで、地下訓練場にいるトールと訓練をさせて、グレアがどれほどの能力があるのかそれを確認するか。
Cランクの冒険者であるトールに負けるようであれば、グレアは一緒にクエストを連れて行くのは危険だろう。
そのつもりでトールのところまでやってきたわけだ。
「おーい、トール」
「おう。サトウか。久しぶりだな」
トールはそう言うと、隣にいるグレアのことを見下ろしていた。
グレアはそのけもみみを人に見つかると騒がれるので、今はその頭にフードをかぶせている。
ちなみにしっぽはお尻の辺りに隠しているそうだ。
「トール、お願いがあるんだ」
「また特訓か?」
「うん。ただ特訓っていっても、オレを特訓してもらうってことじゃないんだ。今日はこの隣にいる女の子の特訓をしてもらいたいんだ」
「隣の子ね……」
トールはオレの隣にいるグレアを見た。
「まあ別にいいけど……この子、冒険者ランクはいくつだ」
「さあ?」
そういえばグレアに冒険者ランクがいくつか聞いていなかった。
グレアにそのことを聞いても、冒険者ランク? なにそれ。おいしいの?
という言葉しか返ってこなかった。
もしかしたら冒険者登録すらしていなかったのかもしれない。
「まあ、冒険者登録はあとですればいいしな。とりあえず、模擬戦をやるか」
というトール。
グレアはオレの隣にくると、ひそひそと言った。
「サトウさん。私、魔法を使ってもいいのでしょうか?」
「?」
オレは首をかしげて、言った。
「いいと思うけど?」
何か魔法を使ってダメな理由でもあるのだろうか?
魔法は危険だから使っちゃダメ、とか、そういった理由でもあるのだろうか。
でも相手はトールだし、Cランクの冒険者だし、別に魔法で攻撃されたくらいで死んだりはしないと思うけど。
「まあ大丈夫じゃないの? トールはCランクの冒険者だし、全力で戦えばいいと思うよ。本気で戦っていいと思うよ」
というオレ。
「そうなんだ。本気で戦っていいんだ」
納得しているグレア。
グレアは言った。
「サトウさんがそう言うのなら、私、頑張ります。お父さんには絶対に魔法は使うな、絶対に魔法を使っちゃいけないぞ、そんなことをしたら大変なことになるからな、人が死ぬからな。お前の魔法力は異常なんだ、だから魔法なんてものは今後一切使ってはいけない、と言われていたけど、使います」
と、セリフの後ろのほうは小声でいっていたため、なんていっているのかは、よく聞こえなかった。
「え? なんだって?」
トールは剣を持ち、向こうのほうに立っている。
トールは言った。
「よーし。いつでもかかってきていいぞ」
というトール。
「じゃあ行きます。全力でいってもいいんですよね? 全力で魔法を使ってもいいんですよね? Cランクの冒険者ってのは強い冒険者なんですよね?」
というグレア。
「おう。全力でこい」
というトール。
トールはCランクの冒険者がより強い冒険者であるというように、気楽な笑顔を浮かべて、そう言った。
魔法の詠唱を始めるグレア。
え?
もしかしてこれが魔法の詠唱か。
いや、獣人族は魔法が使えるという話だったから、別にグレアが魔法を使えてもおかしなことではない。
と、グレアの周りに風が吹き出し、グレアがかぶっていたフードが風にあおられ、そのけもみみが姿をあらわす。
「獣人!?」
と驚きの声を出すトール。
トールは突然さっきまでの余裕を消して、
「ちょ。ちょっと待てよ。まじで無理だから。相手はあの獣人かよ。そんな話は聞いていないぞ。あの獣人の相手をするなんて聞いてないぞ。待て、待て。それはC級の冒険者のオレには獣人の魔法なんて防ぎきれないだろ。死ぬだろ、オレ。どうする、オレ」
といって逃げ出すトール。
だがグレアは魔法の詠唱に集中していたためか、そのトールの言葉が耳に届いていなかった。
Cランクの冒険者が強い冒険者であると信じているのか、魔法の詠唱に集中している。
グレアは詠唱を終わらせると、
「ウインドカッター!!!」
「ひゃあああああああああああああ」
トールは地面にしゃがみこんだ。
その魔法はトールの真上を通り過ぎ、壁に傷跡を付けている。
なんつうか、壁に傷穴が付いている気がするのだが、いいのだろうか。
まるで魔物が付けた穴みたいなのができているだが……。
「次はなんの魔法を使おうかな。火の魔法を使ってみようかな。C級の冒険者さん、いいですよねー? C級の冒険者さんは強いから大丈夫! C級の冒険者さんにはなんの魔法を使っても大丈夫! 問題なし!」
というグレア。
トールはしゃがみながら、抗議する。
「ダメだダメだ。って聞いてねえ。この女。おい、だれか、止めろ。あのちょっと頭のおかしい女の子を、止めろ。あの女の子は危険すぎる」
だが誰も止めなかった。
自分には危害が加わらない位置から、トールとグレアのことを見ている冒険者たち。
みんなすごい距離をとっている。
そんなにも獣人というのはすごいのか。
そんなにも強いのか。
知らんかった。
ただかわいいだけの生き物かと思っていたのだが。
と、もう一度魔法の詠唱を始めるグレア。
今度は別の魔法の詠唱。
火の魔法の詠唱をしている。
グレアが魔法を使う姿は美しかったが、トールが焦っているので、うわー死ぬー今度こそオレは死んでしまうとか言っているので、
「おーい、グレアー、そろそろやめてあげようぜ? トール、もう降参だってよ」
「あれ? もう終わりですか? わたし、久しぶりに魔法を使えて、楽しかったのに。でもサトウさんが言うのなら、やめておきます」
と、残念そうに言うグレア。
やっぱり魔法は使っちゃダメだったのか、という顔をしているグレア。
グレアは戦闘が終わると、さっきまでの魔法が嘘のようにおとなしくしている。
おとなしくオレの隣に立っている。
魔法を使うなといわれている意味が分かったような気がした。
トールはグレアが魔法を使うのをやめたのを確認すると、こっちに向かってきた。
そしてオレに話しかけてくる。
「おいおいサトウ。獣人なんて仲間にして大丈夫か? 獣人ってのはかなり危険な存在なんだぞ? 人間なんかに扱えるとは思えないのだが……」
というトール。
まあ別に獣人を扱うつもりなんてないのだが……。
むしろ可愛いから仲間にしただけなのだが……。
そんなオレの考えはトールには理解できないだろう。
というわけで、オレはグレアにいった。
「グレア、お前すげえやつだったんだな。そんなに魔法の才能があるやつだとは思わなかったぞ」
「サトウさん、やっぱりわたし魔法は使わないほうがいいですか?」
「いや、別に魔法は使っていいだろ? ただ魔法を使う相手だけはちゃんと選ばないとな。B級以上の冒険者だったり、B級以上のモンスター相手には使っても大丈夫じゃないか? C級はあんまり強くないから、C級相手には使わないほうがいいな」
「なるほど……。わたし、頑張ります。頑張って、サトウさんのお役に立てるように、頑張りますからっ。強い敵相手にだけ、全力で、本気の魔力をぶつけて戦うことにしますっ」
と、グレアは言った。
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