第52話

 ちゅんちゅんちゅんちゅん。

 という鳥の声で、オレは目を覚ました。

 朝か。

 魔法の練習をするために起きないとそう思ったところで、オレは隣で寝ているグレアがすやすやと寝息を立てている姿を見る。

 あれ?

 なんで隣にグレアが寝ているんだっけ?

 そうだった。

 思い……出した。

 酒場でお子様ランチを食べた後、グレアがなぜか突然眠いと言い出し、その場で舟をこぎだしたので、グレアのことを宿屋まで運んできたんだった。

 というわけで、今日はいつもの宿屋の部屋とは違って広めである。

 二人部屋である。

 ベッドは二つある。

 だからグレアと同じベッドで寝ているというのはおかしいはずなのだが、隣のベッドにグレアのことを寝かせていたはずなのだが、どうしてグレアは人のベッドに、オレのベッドに入ってきているのだろうか。

 すやすや。

 すやすやと眠っているグレア。

 可愛い寝顔である。

 可愛い寝顔をしばらく見つめていたあと、オレは気が付いてしまった。

 これはチャンスなのではないだろうかと。

 獣人のしっぽを触る、獣人のけもみみを触るチャンスなのではないだろうかと。

 こんなチャンス二度とないだろう。

 そしてねているところをちょっと触るだけである。

 気づかれない程度に触るだけである。

 というくらいにグレアはオレの前で無防備に眠っている。

 ぐふふふふふ。

 ぐへへへへへへ。

 グレアよ、そのけもみみを触られたくないというのなら、早く起きろ。

 そのけもしっぽを触られたくないというのなら、早く起きろ。

 そうしないと、もふもふしてしまうぞ。

 そのしっぽを触ってしまうぞ。

 とりあえず頭を撫でてみるか。

 まるで猫を撫でるような感覚で、犬をもふもふするような感覚で、グレアのことに触れようとするオレ。

 獣人というのは、オレにとっては動物という感覚である。

 それとも異世界人にとっては、人に近いのだろうか?

 よくわからない。

 なんだかちょっとけもみみに触るのにドキドキしてきたな。

 猫をもふもふするときはドキドキなんてしないはずなのに、犬をもふもふするときは緊張なんてしないはずなのに、やはり獣人とはいえ見た目が女の子だからだろうか。

 ちょっと胸がどきどきしているな。

 とりあえず触るよー、とそう思いながら、頭を撫でてみた。

 グレアは起きない。

 起きないな。

 けもみみを触ってみても起きない。

 頭を撫でてみてもおきやしない。

 もふもふしてみておおきやしない。

 むしろいたずらがひどくなる可能性があるのだから、早く起きていいんだぞグレア、早く起きろーと思いながら、オレはグレアの頭を撫でる。

 なでなでする。

 なでなで。

 なでなで。

 ううん。

 もふもふは気持ちがいい。

 グレアの耳がぴくぴくと動くが、グレアはおきそうにはない。

 まだ起きないのかあ。

 オレはグレアが起きて怒られるという展開を予想しながら、でもなかなかグレアが目を覚まさないことに深く考え込んでいた。

 まだ起きないなら、しっぽを触ってしまうぞ。

 しっぽをもふもふしてしまうぞ。

 オレはグレアがなかなか起きないので、しっぽを触ってみた。

 まるで猫のような、犬のようなしっぽ。

 なんだか動物のように柔らかなしっぽがそこにはある。

 起きないなあ。

 こんなにさわってるのに。

 こんなにもふもふしてるのに。

 とりあえず起きるまで、グレアの頭を撫で、しっぽを触ってみた。

 これが獣人かあ。

 なんだか猫とか犬とか、そういった感覚にとても似ている。

 人間とは違うな。

 まあそもそも女の子にはけもみみが生えてないし、けもしっぽも生えてはいないんだけど。

 とはいえ、猫とか犬とかは、魔法を使ったりはしないけれど。

 獣人というのは魔法を使えるらしいけれど。

 オレはグレアのしっぽをにぎにぎしていたら、

「!!!」

 グレアが突然目を覚ました。

「!!!」

 ついに起きたか。

 オレは殴られる覚悟をした。

 その真っ赤な顔がオレの目の前にある。

「おはよう、グレア」

 オレは猫というのはもふもふするためにあると思っているので、嫌がっていたらやらないが、犬というのはもふもふするためにあると思っているので、嫌がっていたらやらないが、ついついグレアのことももふもふしてしまった。

 かわいがってしまった。

 と、グレアは言った。

「サトウさん、サトウさん……なに獣人のしっぽを触っているですかー。もう、いい加減にしてくださいっ。一体どれだけ触れば気がすむんですかあああっ。もう、さすがにもふもふもふもふしすぎです」

 といって、やっぱりぶん殴ってくるグレア。

 オレはよけずにグレアのパンチを受け止める。

 そのパンチはいたくなかった。

 とはいえ、オレはグレアに殴られて、痛いふりをした。

 オレはグレアに殴られて、後方に自ら吹っ飛んでいくことにした。

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