GAME 1 Finish
一ノ瀬が大富豪、二階堂が大貧民として第四戦を終えたので、残る三上との一騎打ち。ここで三上に先んじれば富豪になり、まず第一の関門を突破できる。
しかし三上はどっかの黒髪と違って弱いプレイヤーではない。ここでしくじれば後はない。
じっ、と手札を見透かす勢いで三上を見つめる。枚数はかなり減っているが、一ノ瀬との攻防で強いカードは残っていないとみた。
「ひぃ……」
俺の熱い視線に気圧されたのか、三上が腰を引く。どうした、気迫で負けていてはカードでも勝てないぞ。
「ケガの手当をしてもらったのには本当に感謝している……だがそれと勝負とは別だ。本気で行かせてもらうぞ、三上!」
「いやぁ……許して……」
「否! この御前零次、容赦せん!」
脅しが効き過ぎたのか、三上のカードさばきは目に見えて悪化した。6前後の弱いカードに対してもパスを繰り返す。そして……。
「あがり。富豪だ」
まず最初の段を上りきった。
「やるねえ!」
二階堂が気のない拍手で称える。だがそんなものでも俺の自信になっていく。
「これで繋がった。行くぞ、最終戦だ」
俺はいよいよ焦りを隠せない一ノ瀬に向き直る。その太眉がパタパタとまるでピンボールのフリッカーのように動く。
俺はそいつの鼻っ面にゆっくりと人差し指をつきつけた。
「ぶちのめしてやるぜ……一ノ瀬!」
「っ! そう何度も幸運が続くもんですか。返り討ちにしてあげる!」
「……台詞だけならトランプ遊びとは思えないねえ」
二階堂が小声で言うが、俺たちは気にもとめない。
「では、大貧民のワタクシめがお二人の決戦を運命づけるカードをお配りいたしましょ」
大富豪だった時からコロリと変わって小悪党みたいになってしまった二階堂がカードを集める。
ん?
三上が残った手札を二階堂に渡した時、チラと違和感がよぎった。
――――とっくにあがれていたじゃないか。
「三上、おまえ……」
待て待て、俺はそんなつもりじゃ……あれは自分に気合いを入れるための口上で、負けるよう脅したわけじゃない。
視線に気づいた三上は、立てた指を口元にあてスッとほほえんだ。
しかし思えば当然のことだ。三上の入部の是非はこの勝負にかかっている。三上自身が俺に委ねたのだ。
三上が俺を応援している。彼女の行動がなによりの証左だ。
「……ありがとうな」
俺は独り言をよそおって呟いた。
「…………」
聞こえないふりをされてしまったが、三上の頬はほんのりと染まる。
三上には二度も助けられてしまった。この借りは、勝って返す!
「ふ~ん、そういうこと」
耳ざといヤツが一人。二階堂だ。
「え、なになに?」
察しが悪くて空気が読めないヤツが一人。一ノ瀬だ。
「いやねえ、由良ちゃんと御前くんが――なんでもない」
「…………?」
助かった。一ノ瀬が聞いたらどんなイチャモンつけられたかわかったもんじゃない。三上の縋る目が効いたな。
貧民三上とカードを交換し、いよいよ最終戦。
俺が目指すは一番乗り。大富豪だけ。
「来なさい! その鼻面、へし折ってやるわ!」
それ俺が言おうと思ったのに……。
三上から受け取ったカードを確認。ジョーカー。いいぞ、これでジョーカー二枚は俺の手にある。他で一番強いのがQなのは不安だが……ジョーカーを切るタイミングが全てだろう。
対する一ノ瀬は。
「……ポーカーフェイスのつもりじゃないよな」
「うん?」
確かに目元はきりりと勇ましいが……口元はくねくねして、緩みきっている。
「よっぽどいい手札なんだなあ、ええ?」
「な、なんでそう言い切れるの? こ、これは、あなたを打ち負かせられると思うとつい……」
「そういうことにしといてやる」
どうあろうと、勝負はカードが決める。二階堂、そして三上が押し上げてくれた勝利への階段だ。二人の気持ちに答えるべく、この最後の一段、必ず登り切ってみせる!
果たして一ノ瀬の手札は、その表情の示す通りであった。
「7のトリプル! ラッキーセブンね!」
しかし俺も負けていない。
「9のトリプル!」
「これを返すとはね。でもまだまだ、Jのトリプル!」
「ジョーカー入りで、Qのトリプルだ!」
「な……くぅぅ……」
まさに一進一退の攻防。二階堂と三上の割り込む隙もない。
しかし、今のでQを使い切ってしまった。
一ノ瀬の残り手札は4枚。俺の手札は7枚といいところまでくらいつけたが、いかんせんカードが弱い。次に一ノ瀬が手番を握れば、もう俺の番は回ってこないだろう。
だが、俺には秘策がある。そのために今、一ノ瀬を抑えたのだ。
弱者が強者の食い物になる……その秩序を覆す!
「6を三枚――にジョーカーを加えて、四枚出し! 革命だ!」
「な――」
「すごい……」
「キターッ! 御前くん、革☆命!」
三者三様の反応で革命旋風が巻き起こる。
同じカードを四枚同時に出すことで発生する革命のルール。以降、カードの強さの序列が逆になるという大番狂わせ。
「一ノ瀬! さっきの顔からして、おまえの手札はさぞ強かっただろう。真正面から戦えば、俺は負けるに違いない。だが、革命のもとではもはやカードを切ることはできまい! これが俺の勝利へのレヴォリューションだ!」
「…………」
ふふん、言葉も出ないか。
しかし一ノ瀬は腕を組むと口を開いた。
「すばらしい勝負運ね。でも、トランプを運だけのゲームと思ってない?」
「思ってない!」
「そこは言い切らないでよ……いい? トランプはジョーカー2枚と四枚一組のカードでつくられてるのよ。あなた、どのカードが何枚出たか、数えていたかしら?」
言われてみれば。せいぜい2とジョーカーが使い切られたかどうかしか見ていない。それを一ノ瀬は、全てのカードでやってたって言うのか。
「まだ6が一枚も出ていないのは見ていたわ。機会はいくらでもあったのにね」
それで誰かが……さらに言えば俺が、手札に暖めると思ったわけか。
「そしてジョーカー。これは貧民以下には手にすることの許されないカード。それが私の手札にない。ということは、二枚とも富豪であるあなたの手にある。「これは」と思ったわ」
「俺の革命を、読んでたって言うのか」
だがそんなのはよくある負け惜しみだ。わかってたって、ここからの革命ナイトフィーバーでカードを出せなければ一ノ瀬の負けだ。
「なに勝ち誇った顔をしてるのよ。あなたに問うわ。革命中、最も強いカードの枚数を数えてた?」
「革命中一番強いのは「3」。……まさか」
今までの皆が出したカードを思い出すに、3はまだ、一枚も出ていない。本来最も弱く、チャンスがあればすぐに処理したいものなのに。
「見せてあげるわ……これが私、一ノ瀬若葉の革命返しよ!」
一ノ瀬は全ての手札を振りかぶる。
俺の革命勇士たちに重ねられたカードは……。
「これであがり! 大富豪の座は守ったわ!」
3の四枚出し!? 馬鹿な! 革命を革命で返すだと!
あまりにも想定を超えた展開に唖然としてしまう。なんとハイリスクなことを。革命が起こらなければ紙切れ同然のカードを最後まで持っておくなんて……。
戦慄でカードを握る手が震える。二階堂と三上も、みっともなく大口を開けて驚愕している。
「ふふふふふふふふふふ、本っ当に惜しかったわねえ! 何でも自分の予想がぴったりそのとおりに当たると、心の底から笑いがこみ上げてくるわよねえ! 最っ高の気分だわ!」
全身から力が抜けていくのがわかる。あと一歩だったが……完敗だ。一ノ瀬が一枚上手だった……。
「……あの、一ノ瀬さん?」
「ハイになってるところ、悪いんだけどさ」
左右の二人が、実にバツが悪そうに一ノ瀬に声をかけた。
「それ……」
「反則あがりだよ」
反、則?
それを聞いたとたん、一ノ瀬の眉が力尽きたように垂れる。
「え? え? 何が反則なの?」
「革命であがったら、反則です……」
「革命中に一番強い3であがったら反則だよ」
「に、二重の反則ですって!?」
それじゃあ――。
「反則であがったらどうなるんだ?」
「そりゃあ、即大貧民だよ。あーあ、まさかこんな形で決着するなんてね。まあ、レアなもの見れたし、ラッキーかな」
「そ……そんな……」
崩れ落ちる一ノ瀬を、硬い背もたれが受け止める。真っ白に燃え尽きた一ノ瀬の姿はどこか哀れで、枯れる直前の花のようだ。
「えと、俺はどうしたら……」
「続行だよ続行。若葉ちゃんの次だから、由良ちゃんね」
放心状態になっている一ノ瀬をよそに大富豪は続けられる。しかし二階堂も三上も完全に興が冷めたようで、カードを見る目が死んでいる。
そして俺はなんの苦もなく大富豪になってしまった。
「……俺は、勝ったんだよな?」
「ん? じゃあ確認しよっか?」
二階堂が答えて、スコア表にしていた藁半紙をまじまじと見る。
「御前くんが今のでプラス2点でしょ。由良ちゃんがプラス1点。で、大貧民若葉ちゃんがマイナス1点っと」
わざとらしく大貧民呼ばわりされても、一ノ瀬はピクリとも反応を返さない。
「うん、出ました! 優勝、二階堂ハルナ! オメデトー!」
精一杯冷やし込んだ視線を二階堂に送るが、ヤツは少しも悪びれない。
「御前くんと若葉ちゃんの成績なら……まあわかりきったことだよ。御前くんは見事、唯一絶対の勝利条件をクリアして、1点差で勝利。おめでとう。勝ちは勝ちだよ」
「うぬう……」
喜ぶべきことのはずなのに、もやもやが消えない。
「悔しい……悔しいぃぃ~~!」
一ノ瀬が机に突っ伏して肩をふるわせている……まさか、泣いてるのか? 裏付けるように嗚咽が聞こえてきた。
「一ノ瀬さん……」
三上が顔を伏せる。場が一気にいたたまれない雰囲気になった。
「まあ、勝負は時の運だしね、仕方ないよ。部員ならわたしのクラスでも誰か良さそうな人を探しとくからさ」
二階堂が肩を寄せてぽんぽんと母親のように黒髪を撫でる。それでも一ノ瀬の顔はあがらず、ただぎゅぅぅと拳を強く握った。
あの一ノ瀬がここまで落ちぶれるとはな。いい気味だ……と言ってやりたいが、俺の心境は複雑だった。
これが勝利か? 勝利ってのはもっと気持ちよくて、胸の内に一片の曇りもなくなるようなものじゃなかったか。感情が蒸発するほどに熱せられるものじゃなかったか。
そうだ。俺は、勝ってなんかいない。
予想外だったが、一ノ瀬はルールを熟知していなかった。俺だってそうだが、納得のいく決着ではない。これはいわばノーゲーム。仕切り直しが必要だ。俺は立ち上がる。
「一ノ瀬」
何。と言うかのように肩の震えが止まる。
「なかなか面白かった」
これは、本心だ。小さなテーブルの上で、こんな熱い闘いができるとは思っていなかった。
「次は、ルールをきちっと共有してからやろう」
「御前くん、それって……?」
三上が驚いたようにこちらを見上げる。
「入部……してもいい。おまえがかわいそうだからじゃない。次は、納得のいく勝負がしたいからだ」
「……ほんとうに?」
腕の中から、絞り出すような声。
「ああ、まあな。だから、なんだ、泣くなよ……」
俺も背中でも撫でてやろうとした瞬間、伸ばした腕に何かが飛びついた。
「うっ!?」
今の今までその顔を隠すために使われていた一ノ瀬の手が、肉に食い込むほどの力で握っている。
「私、欲しいものを勝ち取るためならなんでもするっていう考え方……好きなの」
こいつ、少しも泣いてねえ!
「はな――いだだだだだぁ!」
一ノ瀬の手が腕を締め付ける。なんだこれ、女の力じゃない!
その腕を掴んだまま、机に散らばったカードをどかし、バンと一枚の紙をたたきつける。
「さあ、この創部申請書に名前を書いてもらうわ」
「わかった、わかったから放せって……がああああああ! いだいいいいいい、折れるうぅ!」
「名前を書き終わるまではこのままにしておくわ」
一ノ瀬の手にさらに力が込められ、俺の右腕が机に押しつけられる。骨がきしむ、いや、折ることすらできるんじゃないか。それくらいの握力だ。
「はぇ~、若葉ちゃんって腕っ節強いんだね~」
のんきに感想言ってるが、二階堂、おまえの腕なら確実にへし折られるぞ。端からだと腕を押さえ込んでる程度に見えるのかもしれないが、これは痛みと危害を与えるための暴力だ。
拷問から逃れるため、否応なしに名前を書かされる。強ばった指で用紙を突き破るほどの筆圧で書かれた俺のフルネームに満足すると、ようやく一ノ瀬は腕を解放した。
「うああ……ど、どこからそんな力が出やがるんだ!」
まだ腕がしびれてやがる。指先に力が伝わらない。こいつの細い指からあんな馬鹿力が出るなんて信じられない。
「私ね、握力には自信があるの。お父様が言っていたわ。掴んだチャンスは絶対はなさないようにしなさいってね」
「物理的にそうしろって意味じゃないと思うんだが……」
一ノ瀬の父さんはそれでいいのか?
「それじゃあ、あとは三上さんの名前ね」
俺の意見は無視して、一ノ瀬は三上を手招きする。そういえば、三上は入部するか否かを俺に賭けてくれていたんだった。裏切られたように感じただろうか。
「あの、あの、私……」
「三上、無理して約束を守らなくていいんだぞ。入部するかどうかは、やっぱりおまえが決めることだ」
しかし三上はふるふると首を振った。
「……私の決めたことです。御前くんが入部するなら、私も。その決意は、変えません」
三上はペンをとると、俺の名前の下に細い字で「三上由良」と。
……思っていたよりも、芯の強い娘だ。心配しなくとも良さそうだ。
「ありがとう、三上さん、御前くん! 勝負には負けたけど、あなたたちと部を創れて嬉しいわ! ね、二階堂さん!」
「やったね若葉ちゃん、部員が増えるよ!」
二階堂、なぜ棒読みなんだ。
「なにはともあれ、よかったよかった。それでだな……」
俺はいよいよもって切り出す。いや、まさか忘れてるとは思ってないぞ。勝負に熱中して意識の外に追いやられてしまうのは、仕方のないことだよな。
「なに? あっ活動は今日の放課後からさっそくやるわよ! 場所はもちろんここで。あと、この部のことは誰にも言っちゃだめよ。他の部員は当面募集しないからね」
「あ、ああ。わかった。それもなんだが、ほら、俺は勝ったんだからさ。あれだよ、あれ」
つんつんと指で宙を突き、黒板の方を指す。しかしその時。
「それじゃあ、この十万円は部運営の軍資金にしようか!」
いつの間にそこに居たのか、二階堂が俺の賞金をかっさらう。
「な……おいおいおい二階堂、それは勝者に与えられるもののはずだろう? 今回の戦いの勝者は誰だ? 言ってみ?」
金銭欲を少しも隠してこなかった二階堂だ。人の手に渡るとなると、急に惜しくなってきたか。
「え? でも御前くん入部するんだよね? 勝ったのに。てことは、賞品の受け取りを拒否したってことだよね?」
……んん?
「待て! なんかおかしいだろ、その理屈は――」
そのとき、チャイムが俺の声を遮った。
「あら、ちょうどいい時間ね。それじゃ、一度解散にして、また放課後集まりましょう」
二階堂から札束を受け取った一ノ瀬はさっそうと教室を後にした。
「いやー、これからが楽しみだね。じゃ、先行くよ」
二階堂も鼻歌交じりに教室を出て行った。
「…………」
「……御前くん、私たちも。行こ?」
「あ、ああ」
三上に促され、石化したように動かなかった足をあげる。
「……まあ、これでよかった……のか?」
三上と教室に向かって歩く内に、意識は今日一日の授業に向けられ、俺の中のわだかまりは夢のように薄れていくのだった。
卓上遊戯部 植野陽炎 @uenoyoen
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