GAME 1 START


「大富豪自体はやったことある?」


 一ノ瀬が机を寄せながら問う。


「一応な……修学旅行のときとか、少し混ざったことはある。出されたカードより強いカードを出していって、2が一番強いんだろ」


「じゃあ基本は大丈夫ね。今回は五戦。一戦ごとに大富豪には2点。富豪には1点。そして大貧民はマイナス1点。この点数で最後にどちらの順位が上かで勝敗を決めましょう」


 2台の机を合わせて作られた小さな戦場。正面に鎮座する一ノ瀬を見据えてドカッと椅子に座る。右手に座る三上がびくりと体を震わせた。


「威圧的なのも作戦のうちなのかしら?」


 一ノ瀬にたしなめられる。


「そうだ」


 だが俺は肯定する。相手は機械じゃない。人間同士の戦いなら、挑発やプレッシャーをかける行為もゲームのうちだ。


「まあ十万かかってるからねえ。熱くもなるよね」


「金は関係ない」


 左手では、二階堂がカードを切っている。

 流れで二階堂と三上も参加者となった。三上にとっては災難だが、俺が入るなら入ると言ってしまった以上、この勝負の決着を見守らなければならないのだろう。


「縛りは? アリ? ナシ?」


「へっ?」


 二階堂の質問が予想外だったのか、かなり高い声を出してしまった一ノ瀬。


「ほら、同じマークのカードが二枚続けて出たら、次の人も同じマークしか出せないってやつ」


「え……あ、ああそうね。めんどくさいからナシにしましょ」


「……そういうルールははっきりしといた方が良くないか」


「ローカルルールの温床だもんね、このゲーム」


 中学のときでも揉めに揉めた記憶がある。十っ飛びだとか七渡しだとか。

 そんな話をしているうちに、二階堂がカードを配り終えた。


「では、参りましょうか」


 一斉に手札を握る。闘いの始まりだ。

 ……しかし、一向にカードは切られない。二階堂がしびれを切らしたように言う。


「で、誰からスタート?」


「大貧民からでしょ?」


「最初だから大貧民いないよ」


「あっ……ごめんなさい」


 一ノ瀬がしゅんと肩を落とす。


「うちの中学だとダイヤの3持ってる人からだったけど」


「じゃ、じゃあそうしましょ。だれ、持ってるのは?」


「わ、わたし、です」


 第一戦は三上からスタート。三上はそのままダイヤの3をぽふっと机上に落とした。


「……次だれ?」


「時計回りでいいんじゃない?」


「じゃあ御前くんだね」


「グダグダじゃねえか……」


 出鼻をくじかれた感じがしながらも、俺はハートの4を切る。ついで二階堂がスペードの9。一ノ瀬は。


「ていっ」


 いきなり最強の2を切った。きゅっと心臓が締まった気がした。


「若葉ちゃん、飛ばしてくね~」


 二階堂は気楽でいいが、俺は気が気でない。いきなりこれじゃあ、ゲーム終了まで精神力がもつかどうか……。


「全員パスでいいかしら?」


 2に対して出せるのはジョーカーだけだ。俺の手札に一枚ある。だがこんな序盤に強いカードを切って良いものかと思うと手が出ない。


「わ、わたしパスです」


 三上はパス。実を言うと、さっき三上が手札を並べている時にチラと見えてしまったのだが、もう一枚のジョーカーは彼女の手の中だ。見えてしまったものはしょうがない。


「俺もパス」


 三上がトランプに強いのかどうかわからないが、ルールについて訊かなかったので経験はあるのだろう。三上の判断に俺も乗る。


「じゃあ流れですね~」


 二階堂がさっさと場のカードを端に寄せてしまう。


「ふふん」


 一ノ瀬が得意げに手札を吟味する。次に切られたのは7の三枚出し。


「うげえ……」


 思わず声が漏れる。俺の手に三枚札はない。ジョーカーを使えばQが出せるが、やはりもったいなく感じる。

 結局全員がパスし、またも一ノ瀬が手番を握る。

 一ノ瀬はそのまま強いカードを連打し、あれよあれよと残り一枚に。俺はほとんどカードを切れないまま。くううと喉奥が鳴る。

 まずいぞ。全く勝ち筋が見えてこない。単純なルールなのに、どう手を切っていけば勝てるのか、全くわからないのだ。やはり経験の差は埋められないのか。


「あらあら、御前くん、ちっともカードが減っていないじゃない。やっぱり基本ルールから教えた方が良かったかしら?」


「黙ってろ」


 安い挑発だ。だがあえて真に受け、闘志を呼び覚ます。負けられない。金や入部がかかっているからではなく、この女には負けたくない。


 しかし状況は一転する。あれだけ景気よくカードを出していた一ノ瀬が、残り一枚になって沈黙したのだ。


「はい、あがりでーす。だいふごー」


「え」


 気がついたら二階堂があがってしまった。なおも一ノ瀬の手は動かず、俺と三上で手番を回すうちに三上のあがり。


「……ごめんなさい」


 何故あやまる。

 さて、あとは一ノ瀬がパスし続けるようにカードを出すだけなのだが……。


「5だ」


「あ、あがり!」


 6を切られた。


 第一回は大富豪二階堂。富豪三上。貧民一ノ瀬。大貧民俺。

 二階堂に2ポイント。三上に1ポイント。大貧民はマイナス1ポイントだが、持ち点は0より低くならないとのことだ。助かった。しかしなあ……。


「一ノ瀬、おまえ挑んできた割に強くないな」


「はあ!? 今のはちょっと手札が悪かっただけよ! 大貧民ごときがわかったような口きかないで!」


「いや、十分強かっただろ!? 警戒して損したわ!」


「いいわ、次から私の実力を見せてあげる」


 ここからは階級に応じてカードの交換を行ってからゲームの開始となる。大貧民の俺は大富豪の二階堂に一番強いカードを2枚、強制的に渡さなければならない。

 初めてこのルールを聞いたときは度肝を抜かされたものだ。何故勝っているプレイヤーをさらに有利にしなければならないのか……。

 二階堂から渡されたカードは当然のように最弱の3が二枚。まあ、弱いカードを押しつけるに決まってるんだが。


 そして二戦目。ビックマウスだった割には一ノ瀬はまたしても序盤にカードを出しまくり、手札が少なくなってから沈黙。二階堂はなにも考えていないようで着実に手札を減らし続け、再び大富豪に。三上も慎重ではあるが確実に手を進め、自順でのあがりが確定すればそれを逃さない堅実なプレイングだ。俺はというと、どうにも手札を切るタイミングを逃しがちだ。ただでさえ弱い手札が少しも減っていかない。


 階級は一戦目と同じものとなった。二階堂は4点。三上は2点を確保。俺と一ノ瀬は0点で横並びだ。


「やっぱり弱いじゃないか」


「ま、まだ二戦目よ。ここからここから」


 さすがの一ノ瀬も余裕がなくなってきた。あるのは口だけだ。


「それにしても二階堂さんは強いわね」


「中学のときは流行ってたからね。一年もすると誰も私を誘わなくなったけど」


「そ、そう……お気の毒です」


 困ったらそう言えばいいと思ってないか?


「ささ、大貧民の御前くん? カードを配るのはあなたの役目ですよー」


「わかってるよ……」


 何故か二階堂まで敵に回る。なんだっけ、テレビで見たぞ、監獄実験だったか。


「若葉ちゃん、御前くんと同点だったらどうするつもり?」


 大富豪の地位が揺らがないことで気が大きくなったのか、二階堂の目にはさっきまでの媚びるような親しさはなく、今朝廊下で見せたような黒い炎を灯している。


「曖昧なのは嫌いよ。延長戦を行うわ」


「でも時間がね。ホームルームまでに終わるといいけど」


「なら放課後に持ち込むまでよ」


「それもどうかなあ。御前くんが来るとは限らないよ」


「俺が逃げるっていうのか」


「そうだよ。焚きつけた火はいつまでも燃えてないからねえ」


 よくわからないことを言う。しかし一ノ瀬は得心したようにうつむいて頭をひねる。


「そうねえ……」


「じゃあさ、こうしよ。二人が同点だったら、一位の人が賞品の行方を決めていいってことで」


「二階堂おまえ、漁夫の利狙ってんじゃねえか!」


「あー懐かしいね漁夫の利。国語で習った」


「……勝負に水を差されるようでイヤね」


 一ノ瀬とは意見が一致した。


「いやいや、そんなつもりはないよ。ただオプションはあった方がいいと思って。ワタシだったら、御前くんは入部させて、賞金も御前くんに。ウィンウィンの関係でおさめようと思うんだけど、どうかな?」

 なるほど、そういう企みか。バチバチとこちらに送ってくるウィンクから「だから分け前ちょうだいね(はあと♡)」という意思が飛んでくる。


「そういうこと……。いいわ。御前くん、同点で決着つかなければ、10万円あげるから入部してもらうわね」


 食いついちゃったよこいつ。


「俺は入部もイヤだし金もいらない。どこがウィンウィンだよ」


 嘘。お金欲しいです。しかしそれはこの身を売るのと同じだ。


「引き分けなんてないということよ。それとも勝つ気がないの?」


 勝つ気がなくなってきたのはそっちじゃねえのかなあ……?


「もうそれでいい。次のゲームいくぞ」


 続く第三戦も二階堂とカードを交換。せっかく入ってきたジョーカーをみすみす渡す苦しみよ。

 でも3回目ともなればわかってきたぞ。

 手札が配られた時点でどのカードを最後に残し、どうやってそれを一気に処理するかを考えるのが大富豪の肝だ。切れば確実に場を流せるジョーカーがあれば一番だが、大貧民の俺にそれを握ることは許されない。だからジョーカーを富豪たちが使った後がチャンスだ。それを虎視眈々と狙う。それが大貧民の闘い方か。


「ほいっ、あがり! 二階堂政権揺らぎません!」


 大富豪は二階堂。これはもう、しょうがない。ジョーカーを切ったと思ったらあがっている。本当に強い。運もいい。伊達にゲーム好きを自称していない。

 俺が虎の子のエースを場に出した時だった。


「あ! ちょっと待って!」


 一ノ瀬がストップをかけ、手札をにらむ。


「う~~これ、これ、これ……ね、ねえハルナさん!」


 あろうことか、あがって暇をもてあました二階堂に手札を見せて助言を求め始めた。


「おい! 相談とかありかよ! 二階堂も参加者なんだぞ!」


「いいじゃないの、ハルナさんはもうあがってるんだから!」


 コノヤロウ……!


「…………」


 二階堂は無言でカードに指を伸ばし、ピッピッピッと指で弾いていく。切る順番を示しているのだろう。


「…………」


 そのまま俺を見て指で唇をなぞる。もうわかった、何も言ってないから助言はしてないって言いたいんだろ。

「うん、うん。よしっ! 2!」


 気合いの入ったかけ声とともに一ノ瀬がカードを放つ。


「パスです」


「パス……」


「うふふ……!」


 手応えあり、という表情だ。

 そのまま8切り、Qのトリプルと経て9の二枚だし。


「あがり! 富豪よ!」


「マジか……」


 一ノ瀬が二番手で富豪に。ついにポイントを手にした。

 三上も直後に手札を処理し、貧民であがり。俺はまた大貧民だ。


「残念ね、御前くん。このまま勝負が決してしまうかも」


「う、うるせえ。まだたかが1点じゃねえか」


「されど1点よ。あなた、あと2ゲームで1点でも取れるのかしら?」


「くっ……!」


「せいぜいあがくことね……大・貧・民」


「くそおおぉぉ……!」


 一ノ瀬の言うことはもっともだ。このゲーム、勝っているプレイヤーは勝ち続けるように。負けているプレイヤーは負け続けるようになっている。後半戦を大貧民で迎える俺には1点の差も大きな溝になる。

 もう二階堂の独裁には目をつぶるとして、一ノ瀬が富豪にのし上がったのはまずい。次から奴は貧民からカードを奪い取り、より有利な手札でゲームを進める。序盤戦こそヒドイ結果だったが、俺と同様、もうあがり方を理解してきたはずだ。

 大富豪を目指すまでもない。大貧民にさえならなければ、俺がもだえているのを見物するだけで勝利は奴のものだ。

 俺が勝つには残りの2戦で少なくとも2点を取らなければならない。


「ピンチ到来だね」


 二階堂が椅子にふんぞり返って言う。


「高みの見物ってヤツか。二階堂」


「まーぁねっ」


 気楽でけっこう。うらやましい。


「でもね」


 二階堂がやれやれ、という感じで目を細め、付け足す。


「高いところに上がるのも大変だけど……そこにずっと居るってのも、けっこう大変なんだよね」


 その言葉の意味は次のゲームで明らかになった。


「あがりぃぃっ! ふぉおおう!」


「なんと……!」


 外見に似つかわしくない雄叫びとともにカードをたたきつけたのは一ノ瀬。その序列は一位。大富豪だ。


「来てるわ! 流れが! 私に! もはや勝負あったわね! ひれ伏しなさい、御前零次!」


 なんでひれ伏さなきゃならんのかはわからんが、俺にとって絶望的な状況になった。それは黒髪をふりかざして狂喜乱舞するこの女を見れば明らか。大富豪は2点を獲得し、一ノ瀬所持点数3点。残る一戦、俺が大富豪になったとしても――。


「もうあなたに勝ち目はない」


 一ノ瀬が宣告する。

 ……ここまでか。


「いや、まだ決まってないよ」


 咎めるような声に下げかけた頭を上げる。声の主は、二階堂。


「すぐあきらめる人はゲームに勝てないよ、御前くん。まだ第四戦も終わってないのに」


 そうだ。俺がこのゲームで富豪になり、1点取れば。さらに次戦で大富豪になれば。一ノ瀬の点数に並ぶことができる。そしてさらに。


「大貧民は1点減点。若葉ちゃんが大貧民に転落する可能性も十分にあるよ……ワタシみたいにね」


 そう言って二階堂は、手持ちのカードをどしゃりと落とした。


「ど、どうしたの二階堂さん。まさかゲームを抜けるの?」


「え? いや『都落ち』だよ? 知らないの?」


「な、なにそれどういうこと?」


 俺も知らない。


「大富豪は、その地位を守れなかったら自動的に大貧民になるんだよ」


 なんだって……そんなルールが!


「えっと……つまり?」


「一ノ瀬さんが大富豪になったから、前の大富豪、二階堂さんが大貧民になる……ってこと」


 三上が久しぶりにパス以外で口を開き、解説してくれた。


「ええ!? じゃあ二階堂さん、今大貧民なの!?」


「う、うん……」


 だからそう言ってんだろ。と俺なら言ってしまうが、穏やかな声を保てた二階堂には称賛を贈りたい。表情はいらだちを隠しきれていないが。


「まあ、いいじゃない。二階堂さんは3回も大富豪だったんだし。トップの座はあなたのものよ」


「それはいいんだけど……自分の心配した方がいいんじゃないの?」


「え? どういうこと?」


 さすがにものわかりが悪すぎる。二階堂のイライラが俺にまで伝わってきたので、会話に割り込む。


「そうか……次に一ノ瀬が大富豪になれなければ、マイナス1点。まだ逆転の目はあるってことか!」


 本当は三上が説明した時点でこの事実には気づいていたのだが、二階堂に助け船を出すつもりで、少々わざとらしく演技してみた。

 だが台詞の内容は真実だ。


「ふん、ずいぶん都合のいい想像ね。私がそんなヘマするとでも?」


 思ってる。全然ありえる。少しは自分を省みて欲しい。


「二階堂」


「ん?」


「ありがとな」


「別に? わざと負けたわけじゃないし」


 諦めかけた俺にまだ道があることを教えてくれたことに対する感謝なのだが、皮肉と勘違いされてしまった。赤面した顔を見るに、負ける気は本当になかったのだろう。


 俺に課された勝利条件は。

 一、この第四ゲームを富豪であがる。

 二、最終戦である第五戦を大富豪であがる。

 三、一ノ瀬を大貧民にする。

 二と三の条件は『都落ち』のルールにより、実質同じものと考えていい。

 狭い門だが、これはゲーム。何が起こるか、最後までわからない。その可能性を信じて。


「さあ、続けようか」


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