第4話

 ----五年前、都内某所。


 町は暴走した機械が跋扈ばっこし、人々は次々と殺されていった。


 あまりの異常事態に町中でサイレンが鳴り響き、ニュース番組ではアナウンサーが絶対に外に出ないようにとひっきりなしに訴えかけていた。


「よく聞いて、冬弥。お父さんとお母さんがいいというまで隠れてるのよ」

「なにがあってもでてきちゃ駄目だからな」

「う、うん!」


 当時十一歳だった冬弥は、両親に自宅のクローゼットに押し込まれた。


 少しして、扉が破壊される音や、ガラスの割れる音、父や母の叫び声が聞こえ、やがてそれも止んだ。


 どれくらい時間が経っただろうか。半日か、一日か、いずれにしても幼い冬弥にとって耐えがたい時間が経過したことは確かだ。


 空腹に耐えかねてクローゼットを開くと、家の中は荒れ果てていた。


 ニュースを垂れ流していたテレビは画面が割れて沈黙し、床におびただしい量の血が広がっている。


「父さん? 母さん? どこ?」


 返事はない。


 家の中には誰もいない。


 耳が痛くなるほどの静けさだけが横たわっている。


 さらに丸一日両親の帰りをまったが、帰ってくる気配はない。


 冬弥は不安に苛まれ、途方に暮れ、それから決意した。


 お気に入りのリュックに詰め込めるだけ食料を詰め込んで、彼は両親を探しに町へと繰り出したのだ。


「みんな、どこにいっちゃったんだろう……」


 町中も家と同様に荒れ果てていた。


 路上にはガラスやコンクリート片が飛び散り、ボンネットから黒い煙を吐き出す車や転倒したバイクが放置されている。


 まるで戦場。


 ただし、争う者はおろかどこへ行っても人気がない。


「あ、やばい……」


 代わりにいるのは、暴走した機械や人ならざる者たち。


 いつの間にか工業地帯に迷い込んだ冬弥は、近づいてくる異形の影から逃れようと換気ダクトに体を滑り込ませた。


 ダクトを通って建物内に入ると、大量のモニタが並んだ奇妙な部屋に行き着いた。


 床の上を蛇のように這っている黒い配線は、部屋の中央に鎮座している台座に集中している。


「なんだろう、これ?」


 冬弥は台座の上のスリットに挿し込まれていた板状の物体を引き抜いた。


 すると、板の表面が青く光りだした。


「こんにちは、小さなアドミニスター」


 青い光が明滅して、少女の声が板から聞こえた。


「君は?」

「わたくしは超高度人工知能エーアイのアスダリアと申します」

「ちょう……?」

「わたくしの使命はあなたの生活のサポートでございます。よろしくお願いします」


 その日から、冬弥はアスダリアとともに暮らし始めた。


 もともと軍事利用を目的としたエーアイだったのか、彼女は銃やナイフの扱い方やサバイバルの知識、それ以外にも一般常識などの知識を冬弥に与えた。


 冬弥が魔物を食べるようになったのもアスダリアの影響だ。彼女には人体に害のあるものを分析する機能があり、魔物を食べられるものだと判断した彼女が冬弥にすすめた。


 最初は抵抗があった冬弥だったが、半年もすれば貴重なたんぱく質として積極的に食べるようになった。


 生きる術、人としての礼儀、そして未来への希望。


 いつしかアスダリアは、冬弥にとってなくてはならない存在になった。


 彼女も管理者である冬弥を慕い、二人はどんどん仲良しになっていった。  


 ある時はいっしょに笑い。


「うふふ。アドミニスターったら、魔物退治に張り切りすぎですよ。ほっぺに血がついてます!」

「へへへ」


 ある時はいっしょに泣いて。


「ぐすっ……まさか、この漫画の続きがもう読めないだなんて……」

「読みたいよぉー! うわーん!」

「安心してくださいアドミニスター! なければ私が続きを描きましょう! はいどうぞ!」

「つまんないよぉ!」


 ある時はいっしょに悔しがって。


「きー! なんなんですかこの魔物! 可食部位がほとんどないじゃないですか! これじゃアドミニスターがお腹を空かせてしまいます!」

「あんなに苦労して倒したのに……」


 そうして、あっという間に五年が過ぎた。


 その日、ある廃ビルの五階で、二人は焚火をしながら雑談をしていた。


「いやぁ、それにしてもアドミニスターはずいぶん逞しくなられましたね」


 アスダリアが明滅しながらいった。


 彼女はいま、黒い紐に結ばれて冬弥の首にぶら下がっている。


「そうかな?」


 五年という年月は冬弥を身も心も成長させた。


 身長は百七十センチ前後まで伸び、顔つきも凛々しくなった。


 服のセンスはいまいちだが、それはアスダリアの影響だ。彼女は造形美が理解できず、ついつい意味を理解できる文字ティーばかりを冬弥に着せたがる。


 今着ている「米が食いたい。」と書かれたティーシャツも、彼女が選んだものだ。


「身長、体重、筋肉量。あらゆる数値がアドミニスターの成長を証明しています。魔物や機械を倒せば倒すほど身体能力が上昇すると判明してから、狩り以外でも積極的に倒してきたかいがありますね」

「全部アスダリアがいてくれたからだよ。俺だけだった逃げることしかできなかった」

「ま! 嬉しいこと……を…………アドミニスター! 危ない!」


 アスダリアの大声に反応して、反射的に振り返る冬弥。


 ぎらりと光る銀色の刃が迫ってきて、とっさに顔を反らせて躱す。


 しかしその時、首から下げていたアスダリアに刃が直撃して、彼女は壁まで吹き飛ばされた。


「アスダリア! くっ!」


 床に手をついて飛び上がり、焚火の反対側に着地する冬弥。


 ナイフを抜いて構えたとき、ようやく襲撃者の姿を視認した。


 服装は黒いパーカーと、同じく黒いワークパンツ。


 顔はわからない。


 パーカーのフードを目深に被っているが、それ以前に顔や手足といった肌がさらされる場所は包帯で隙間なく隠されている。


 全身包帯まみれの異様な風貌。

 

 その中でも一番目を引いたのが、襲撃者の右腕。


 肘から先が変形して、巨大なメスのようになっていた。


「だれだお前!」


 襲撃者は冬弥の疑問に答えることなく、無言で切りかかってくる。


 冬弥はナイフ一本で受け止める。

 

 力では負けていない。だが押し切ることもできない。完全に拮抗していた。


「ふっ!」


 冬弥は襲撃者のうでをいなしてナイフを突き出すも、襲撃者はバク天でそれを回避。


 両者がにらみ合っていると、割れた窓の外からエンジン音が近づいてきた。


 バラバラバラ、と強烈な風切り音を響かせながら、上からヘリコプターが降りてくる。


 巨大なライトの強烈な光が室内を白く染めた。


「見つけたぞ”地獄の丘ヒル・オブ・ヘル”! わたしの狩場で好き勝手しおって!」


 拡声器から女の声が聞こえた直後、襲撃者は舌打ちをしてヘリコプターと逆側の窓に走り出した。


 そのまま窓から飛び出し、闇夜の中に消えていった。


「アスダリア!」


 冬弥はすぐにアスダリアのもとに駆け寄った。

 

 床の上で火花を散らす彼女を両手で握りしめ、必死に呼びかける。


 ところが彼女は、返事はおろか青く光ることもなく、ただの冷たい金属の板と化していた。


「生存者か……?」


 ヘリから降りてきた赤い服の女に声をかけられるも、冬弥はアスダリアに呼びかけ続けた。


「おい貴様。いったいいつからここにいる? ここが岩窟墓群級の墓地だと知っているのか?」

「そんなこと話してる場合じゃないんだ! アスダリアが! アスダリアが!」

「化物の巣窟がそんなこと……か」


 女は周囲を見回した。


 寝袋や食料品。他にも漫画雑誌やパズルなどの娯楽まである。


「まさか、ここで暮らしているのか? おい貴様、何者だ」

「アスダリア! アスダリ----」


 女は冬弥の横っ面を蹴り飛ばした。


 床に落ちたアスダリアを拾い、しげしげと見つめる。


「ふむ、これほど薄型なのはみたことがないが、どうやら軍関連のエーアイチップのようだな」

「返せ!」


 冬弥がナイフを握りしめると、女はアスダリアをぽーいと投げてきた。


 慌てて受け止める冬弥。これ以上壊れていないことを確認してほっと息をつく。


「それ、わたしについてくれば直せるかもしれんぞ」

「え?」

「くるか? わたしの庭へ」

「あんたは、だれ?」

「わたしは薔薇泉鏡花。盗墓屋だ」


 こうして十七夜月冬弥は、盗墓屋養成学校ローカスト・ガーデンに入学したのだった。

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