第3話

「す、スライム!?」


 スライムの丸い体の天辺から一本の触手が伸びており、先端が刃のようになっている。


 さっきも体の一部を伸ばして変形させ、鎌のようにしてまひるに切りかかったのだ。


「ええと、安全装置を外して、スライドを引いてチャンバーに弾丸を----」

「ふっ!」


 まひるがまごついている間に、冬弥は脇のホルスターに下げていたナイフを抜いてスライムに投げつけた。


 ナイフはまっすぐ突き刺さり、スライムは風船のように弾けた。


 冬弥は悠然と歩いていき、スライムを貫通して床に突き刺さったナイフを引き抜く。


 それから振り返って、いまだ尻もちをついてるまひるに手を差し伸べた。


「大丈夫?」


 あっという間のできごとに戸惑っているのか、まひるは口をぽかんと開けていた。


「草薙さん?」

「使える……」

「………………え? いまなんて?」


 まひるに尋ね返すと、彼女はぱっと笑顔になった。


「あ! ええと、ありがとう、冬弥くん!」

「ああ……いいよ。でも、本当に弱いなここの魔物。それにあんなんじゃ……」

「気を抜いちゃ駄目だよ! スライムは純粋に霊魂だけの魔物だけど、本当に怖いのは機械や生物に憑依した場合だからね! って、ごめん、いまなにかいおうとした?」

「ああ、いや、だからあれじゃあさ----ん?」


 まひるを引き起こすと、入口の方から野太い絶叫が聞こえた。


 二人は顔を見合わせ、走り出す。


 聞こえてくるサブマシンガンの音。吉田の銃声だ。


 二人が入口に戻ると、そこには巨大な両腕をもつ怪物がいた。


「あれは、タイラント・ベア!? なんでこんなところに!?」


 まひるは目を見開いていた。


 タイラント・ベアと呼ばれた魔物は、身長二メートルくらいの巨躯きょくをもっていた。


 全身は皮膚をひん剥かれたような肉色。首から先に頭はなく肉が中央に集まってすぼんでおり、いちおう呼吸しているのか定期的に開いたり閉じたりしている。


 下半身が小さく逆に上半身が異様に発達したその姿はどこか滑稽に映る。それでも、だらん、と下ろした両腕は上半身とほぼ同じ大きさで、先端には砕いた黒曜石のような見るからに凶悪な爪がついていた。


 見た目の凶悪さは、イコール驚異の度合いととらえて差し支えないだろう。


「うわっ! うわっ! な、なんでこんな奴がこんなところにいるんだよ!」

「他の魔物を食って巨大化したんだ!」


 吉田が弾丸を撃ち込む。


 肉色の肌から微かに出血するも、すぐに血が止まった。

 

 吉田が再装填リロードしている間に湖蝶院が斧で切りかかる。


 雄たけびを上げる湖蝶院をタイラント・ベアは腕で薙ぎ払い、彼は紙人形のごとく容易く吹き飛ばされてしまう。


「うぎゃ!」

「わあ!」


 吹き飛ばされた湖蝶院は運悪く吉田にぶつかり覆いかぶさるように倒れた。


 身動きの取れない二人に、タイラント・ベアが歩み寄る。


「ひ、ひいいいいい! く、くるなあああああ!」

「どけ湖蝶院! 邪魔だ!」

「わああああ! わああああ! た、助けて姉ちゃあああああん!」


 湖蝶院が履いていたベージュのハーフパンツの中央が濡れ、灰色に変色した。

 

 タイラント・ベアが腕を振り上げ、その鋭い爪を二人に突き立てようとした、その時。


 冬弥が壁を蹴って跳躍し、タイラント・ベアの背中にしがみついた。


「これはだな」


 冬弥は顔に飛んできた返り血を舐めとると、無防備な肉色の背中にナイフを突き立て、一気に股の間まで切り下ろした。 


 タイラント・ベアは血を吹き出して前のめりに倒れ、その巨体をびくびくと痙攣させる。


「怪我は?」

「あ、ああ、大丈夫……そ、それと」


 湖蝶院を引っ張り起こすと、彼は「悪かったよ」と口を尖らせた。


「気にしなくていいよ。俺も気にしてないし」

「決めた! 俺たちはお前を認めてやる!」


 腕を組んで偉そうにする湖蝶院に、まひるが吹き出した。


「ズボンびしょ濡れでいってもかっこつかないよ湖蝶院くん」

「う、うるせぇ! 見んじゃねーよ糸目! こんな世界だ、小便垂れ流そうが生きてるだけ立派なんだよ!」


 まひるに食ってかかる湖蝶院。


 戦闘能力はそれほどでもないが、メンタルは強靭だ。


「じゃあさ、湖蝶院。友情の印にさ、こっそり食べちゃわないか?」

「おお、いいねえ! なんだよお前話わかるやつだなー!」

「ちょっと冬弥くん! 回収品はちゃんと届け出をだしてからじゃないと……って、わたしたちなにか回収したっけ?」


 頭の上に疑問符を浮かべるまひるをよそに、冬弥は倒れているタイラント・ベアの肉をナイフで削ぎ落していく。

 

「お、おい新入生? お前、なにしてんだ……?」

「なにって食料の調達だけど? はい、どうぞ」


 冬弥は血にまみれた顔で屈託ない笑顔を浮かべながら、肉の切れ端を差し出した。


「た、食べるのか? それ食べるのか? だってそれ、もともと人間とか動物の……」

「うまいよ? 俺が住んでたところじゃ貴重なたんぱく質だったし」


 切れ端をひょいと口にいれる冬弥。


 もっちゃもっちゃと咀嚼する彼を見て、三人は顔を青ざめさせていた。


「しゃオラァ!」


 湖蝶院は両手で自分の頬を叩き、気合を入れる。


「おい十七夜月! 俺にもくれ!」

「はい」


 冬弥が肉を手渡すと、湖蝶院の腕や首筋が一気に粟立った。


「手触りやべぇ……で、でも食うぞ!」

「本気かい、湖蝶院!?」

「男に二言はねぇ! お前も食えよ吉田ぁ! 考えてみりゃ、魔物は霊魂の塊なんだ。食えば強くなれる……食えば強くなれる……うおおおおお!」

「くっ、なんで僕までこんな目に……んっ……ごほっ……」


 二人がえづきながらもタイラント・ベアの肉を食べる様子を、まひるはにこにこしながら眺めていた。


「ふふ、男の子の友情っていいね。なんだかわたしも美味しそうに見えてきちゃった!」

「草薙さんもどう?」

「んーん、わたしはいらない」


 冬弥が肉を差し出すも、まひるは首を左右にふって即答したのだった。


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