第2話

※  ※  ※


 都内某所、スーパーマーケット駐車場にて----。


 駐車スペースなどおかまいなしに駐車している車両は、どれもこれもタイヤが萎んでいたりボンネットが開いていたりと完全に廃車となっている。


 そのほとんどはバッテリーやガソリンを抜かれているようで、まひるがいうには「ある意味ここも車の墓場なんだよね」だそうだ。


 冬弥はまひるたちの後ろについていき、軽自動車の側面につっこんでいるバンのボンネットを乗り越えた。


 視線の先に、横倒しにした長方形の建物があらわれた。


「あのスーパーに入るのか?」

「そうだよ。もうほとんど漁られちゃってるだろうけど、バックヤードまでいけば缶詰とかドライフードが少しは残ってるかもしれないしね」


 まひるは背中の大きなリュックサックを背負いなおしていった。


「こんなに大きなリュックいる?」


 冬弥も彼女と同じくらい大きなリュックを背負っている。


 中身は空なので軽いが冬弥の上半身よりも巨大なので、背中が気になってしかたがない。


「もちろん! 今日のわたしたちは荷物持ちストレージだからね!」

「すとれーじ?」

「そっか、まずはそこからだね。ローカスト・ガーデンうちのがっこうだと、盗墓は基本的に三人以上でパーティーを組むの。先頭を歩くのがブレイバー。墓地内を先行するのと、暴走機械や魔物と直接戦闘する役目よ。今日は湖蝶院くんだね」


 まひるは、先頭を歩いている湖蝶院を指さした。

 

 防災用の赤斧を肩に乗せて、周囲をせわしなく見回している。


 後ろから見ると、彼のツンツン頭はまるで金色のハリネズミがしがみついているようでなんだか微笑ましい。


「で、その後ろ。パーティーの中央にいるのがサポーター。デバイスで現在位置や周囲の地図を確認するの。あとは、ライフルとか弓みたいな遠距離武器でブレイバーを支援するわ」


 湖蝶院の後ろを、ティー字型のサブマシンガンをもった吉田が歩いている。

 

 彼は逐一、左手首に巻いたリストバンドのようなものを確認していた。


「デバイスって?」

「わたしたちの腕に巻いてあるこれのこと」


 まひるは自分の左手首に巻かれたデバイスを見せてきた。


 黒いリストバンドの中央には、小さなモニタがついている。


「衛星通信を利用して地図を表示したり、魔力ソナーで周囲に敵がいないか確認できるの。ローカスト・ガーデンの技術開発部が作った優れモノよ!」

「すごいな」

「それと、最後がわたしたちストレージ。盗墓で回収した荷物を持ち歩くのが役目よ。だからあんまり大きな武器を携帯できなくて、装備はナイフとか拳銃くらいになるかな」

「そうなんだ」

「こんな貧弱な武器じゃ心細いよね」

「え? いやでも、俺はもともと----」

「おいお前ら。ピクニックじゃねーんだ。早くいくぞ」


 湖蝶院に促され、冬弥たちはガラスの割れた入口からマーケット内部へと足を踏み入れた。


 建物内は酷いありさまだった。


 床にはガラス片や金属片が散乱しており、そこかしこに赤黒い血のようなものが付着している。


 壁の血のりは明らかに人の手の形をしており、まひるが興味深そうに眺めている。


「思ったより荒れてないね」

「この辺りはもともと人口が少なかったからね。冬弥君がいた岩窟墓群級の墓地はもっとすごかったんでしょ?」

「うん、まぁ。壁とか天井とかだいたい穴が開いてたし、斜めになってるビルとかもあったよ」

「すごいなぁ。そんなところで五年も暮らすなんて」

「おい、草薙ぃ。まさかお前その話を信じてるのかよ?」


 突然、先頭を歩いていた湖蝶院が振り返った。


「え? だって校長先生はそういってたよ?」

「嘘嘘。そんな環境で五年も生きられるわけないって。しかもひとりでなんてなおさら無理」

「だろうね。岩窟墓群級っていったら、漂ってる霊魂の数も半端じゃない。それだけ魔物も強いはずだ。まず、普通の人間には無理だろうね」


 吉田までもが、デバイスを見ながらつまらなそうにいった。


「じゃあ、校長先生が嘘をいってるっていうの?」

「いーや、あの人は嘘なんかつくタイプじゃねぇ。俺が思うに、嘘ついてんのはそいつだと思うんだよ」


 湖蝶院は斧の先端を冬弥に向ける。


 明らかな挑発行為に、冬弥は脇のナイフに手を伸ばした。


「俺は嘘なんかついてない」

「へぇー? だったらここの盗墓はお前一人でやってみせろ」

「ちょっと! そんなのあんまりだよ!」

「いっておくけど武器は渡さないよ。こっちが危ないからね」

「吉田君まで!」

「いいよ、いってくる。とりあえず食料を持ってくればいいんだろ?」

「おう、いってこい。悲鳴が聞こえたら助けにいってやるからよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

「てめっ……」


 湖蝶院はこめかみに青筋を浮かべるも、冬弥は気にする様子もなくマーケットの奥へと歩いて行った。


「あ、ちょっ! まって冬弥君!」


 薄暗がりの中、まひると二人で倒れた棚や廃材の間を進んでいく。


「だ、だ、大丈夫だからね冬弥君! こ、これでもわたし、射撃には自信あるんだから!」


 まひるはぷるぷると震えながら、両手で拳銃を握りしめていた。


 引き金にかけている指は左手の人差し指。どうやら彼女は左利きのようだが、それ以前に、常に引き金に指をかけておくのはいかがなものかと冬弥は思った。


「草薙さんもまってればよかったのに」

「だ、駄目だよ! 冬弥くん、まだデバイスもってないでしょ? 自分のレベルもわからないのに単独盗墓なんてさせられないよ!」

「レベルって?」

「ええっとね、墓地にいる機械や魔物は大量の霊魂をもってるの。霊魂は生きた人間が吸収すると能力を高めてくれるから、倒せば倒すほど……え?」


 まひるは左手のデバイスを冬弥に向けて固まった。


 そこに表示されているのは人型のシルエット。シルエットの足元には「Lv.99」と書かれている。


「嘘、もしかして故障しちゃったの?」


 まひるが眉を八の字にして戸惑っていると、天井から彼女の背後に赤黒い影が落ちた。


「草薙さん! 後ろ!」

「え? きゃあ!?」


 冬弥の声で振り返るまひる。彼女の眼前を、ひゅん、となにかが通り過ぎ、前髪を切る。彼女はそのまま尻もちをついて倒れた。


 天井から落ちてきたもの。


 それは、赤黒い半液状の球体生物----スライムだった。


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