さりとて世界は滅びまして俺は墓荒らしたちの荷物持ちになりました

超新星 小石

第1話

「おはよう糞イナゴども。そんじゃ、ホームルームはじめるぞー」


 ボルドーカラーのパンツスーツに、ファーのついたライダースジャケットを羽織った女教師、薔薇泉鏡花ばらいずみ きょうかの気だるげな声が教室に響いた。


 彼女の言葉で顔を上げる者。


 いわれるまでもなく背筋を伸ばして聞いている者。


 いわれてもまだ机に突っ伏している者など、生徒らの反応は千差万別せんさばんべつ十人十色じゅうにんといろだ。


「あー、お前らも知っての通り、五年ほど前、世界経済管理システム”マギ”が暴走した。以来この世界は、介護、医療、製造、あらゆる機械が暴走して人間を殺しまくった。それまで死体なんてものは一生のうちに片手で数えられるらいしか見られない貴重なものだったわけだが、なんともありがたくないことにいまじゃ見たくなくても目に入るようになったわけだ」


 薔薇泉は根本まで迫った煙草を最後に一息吸って床に落とすと、赤いヒールで踏み消した。


「さて、ここでお前たちに質問だ。人は死ぬとどうなるか。だれか答えられる者はいるかー?」

「はい。人は死ぬと霊魂マナになります」


 糸のように細い目の女子生徒が、右手を軽く上げて答えた。


「正解だ草薙ぃ。つーか、お前起きてたのか。目ぇ細いからてっきり寝てたかと思ったぞ……。まぁそれはいい。とにかく人は死ぬと霊魂っつー、いわゆる魔力だけの存在になる」


 薔薇泉はスーツの内ポケットから煙草とオイル・ライターを取り出し、本日二本目の煙草に火をつける。


 窓ガラスの亀裂から吹き込む隙間風が、先端から立ち上る紫煙を踊らせた。


「器を失った魔力は人や動物の死体に集まりやがて魔物として復活する。そういう暴走機械と魔物でいっぱいの糞みたいな場所を、わたしらは”墓地”と呼んだ。なぜか? 危険すぎて死体を埋葬できないから、死に場所そこがそいつらの墓ってことにしたのさ」


 薔薇泉は淡々と話し、煙草を吸った。


 ちりちりと煙草の先端が赤く発光し、灰が床に落ちる。


 彼女も生徒もまるで気にする様子はない。


「墓地はその規模によって名称が決まっている。一軒家規模なら個人墓こじんぼ級、店舗規模なら霊園級といった具合にな。その中でも、ひとつの町が丸々墓地になった場所、岩窟墓群がんくつぼぐん級の墓地で五年間生き抜いたのが今日の転校生だ。よし、入っていいぞ」


 薔薇泉の合図で、教室の引き戸が開いた。


 入ってきたのは黒髪の青年。服装は真新しい学ラン。ボタンをすべて開けており、下には「空腹は敵」と書かれた文字ティーを着ている。


 彼は教壇の向こう側に立つと、短いチョークを手に取り黒板に走らせる。


十七夜月冬弥かのう とうやです。よろしくお願いします」


 黒板に書かれた普通に下手糞な名前の前で、冬弥は軽く会釈した。

 

「あれが新入生? なんか普通だな」

「五年も岩窟墓群級にいたってまじ?」

「変なティーシャツですけど、顔はまぁまぁってところですわね」


 クラスメイトたちがざわつくなか、薔薇泉に「お前の席はあそこだ」といわれ、冬弥は窓際最後尾の席にむかった。


「わたし、草薙まひる。よろしくね」


 椅子に腰かけると、隣の席の、さきほど霊魂について答えた糸目の生徒が微笑みかけてきた。


 髪は肩甲骨の下あたりまで伸びた艶のある黒髪。セーラー服と相まって素朴な印象だ。けれどよくよく見ると肌艶がよくスタイルもいい。


 集団では目立たないが個人としてはかなりの美人。さながら無数の三つ葉に紛れた幸運のクローバー。こういうタイプは、あれ、こいつが美人だって知ってるの俺だけじゃね? という誤解を招きかねない危うさも兼ねている。


「あ、ああ。よろしく」

「緊張してる?」

「すこし。こんなに大勢の人、初めてだから」

「そうなんだ。大丈夫、きっとすぐなれるよ」


 まひるは、糸のように細い目を弓なりに反らせて微笑んだ。


「ありがとう」

「五年も墓地で暮らしてたんでしょ? 大変だったね」

「それが日常だったから、大変とかはあんまり……ん?」


 なぜかクラスの女子たちがちらちらとこちらを伺っている。


(なんだ?)


 みんな冬弥というより、まひるを見ているようだ。


「ね、それはなぁに?」


 冬弥が周囲の視線を気にしていると、まひるは冬弥の首から下がっている四角い板を指さした。


「ああ、これは----」

「おい新入生ルーキー。入学初日にナンパとはいい度胸だな?」


 薔薇泉の射殺さんばかりの視線を受け、冬弥は押し黙った。


 となりではまひるが両手をあわせ、申し訳なさそうに頭を下げていた。


「さて、静かになったところで今日の盗墓について説明する。さきほど言ったとおり、この世界はすでに経済が破綻している。経済だけではなく、あらゆる流通インフラが、だ。それなりに自活する術はあるものの、便利な物資の大半はいまだ墓地の中。そんな墓地に潜って宝物を持ち去ってくるのが我ら”盗墓屋グレイヴ・スティーラー”というわけだ。ま、貴様らはまだ見習いだがな」


 薔薇泉は吸い終わった二本目の煙草を教壇の上でもみ消し、話を続けた。


「見習いとはいえ、。なによりここは盗墓屋養成学校ローカスト・ガーデンいなごのにわ。我々は体験主義をモットーに教育する。よって授業はほぼすべて実戦形式だ」


 三本目の煙草に火をつけようとする薔薇泉。


 ところが彼女が持っているオイル・ライターは、火花を散らすだけだった。


「ちっ……今日の盗墓エリアはスーパーマーケット。三班にわかれてそれぞれのエリアに向かえ。編成は話し合え。わたしは急用ができたのでこれにて失礼する」


 薔薇泉は早口でそういうと、さっさと教室から出て行ってしまった。


「なぁ、いまのってぜったい煙草吸いにいったよな?」


 冬弥が尋ねると、まひるは苦笑しながら頷いた。


「薔薇泉校長はニコチンがないと三倍の速度で動いちゃうんだよ」

「……校長だったんだ、あの人」

「ね、冬弥くん。今日の盗墓、よかったらわたしと組まない?」

「組む? ええと、俺ずっと一人だったから、実はよくわからなくて……」

「いろいろ教えてあげる。そうだなー、最低でも三人一組は絶対だからあと一人でいいんだけど、今日の冬弥君は見学ってことで----」


 まひるが人差し指を頬に添えて周囲を見回すと、二人組の男子が近づいてきた。


「よお、草薙ぃ。俺たちと組もうぜ。その新入生も一緒にさ」


 金髪のつんつん頭の男子がいった。


 釣り目がちで学ランは肘までまくっている。どことなく粗暴な雰囲気だ。


「湖蝶院くん。いいの?」

「新入生と親睦を深めようと思ってさ」


 学ランを着た眼鏡の生徒がいった。


 艶のある黒髪で、よくみると眼鏡の向こうにある瞳は大きくくりくりしており、童顔ながら端正な顔立ちをしている。


「吉田くんまで。ありがとう!」

「いやぁ」

「それほどでも」


 まひるが頭を下げると、二人はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべたのだった。

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