第8話 再会
だが雉たちによる爆撃はスピードが早すぎたかもしれない。
圧倒的な攻撃を前にすぐに戦意を失った多くの鬼たちが早々に敗北を悟り、沈没を避け、海岸に向かって泳いだのだ。そのため、泳ぎ着いた鬼は想定よりも多かった。
「これはいかんな」
桃太郎は鬼と切り結びながら周囲を見回していった。
既に乱戦となっていて雉の爆撃は使えない。それ以外に攻撃力のない雉は遠方に離れて見守っている。
猿たちは果敢に鬼と戦っているが、明らかに鬼の方が強かった。
桃太郎はシロとのコンビネーションで鬼たちを圧倒していたが、その前に一際体格のよい紫色の鬼がやってきた。
「貴様が敵将か!」
鬼は巨大な棍棒を振りかざす。
とても剣では受け止められないと桃太郎は後ろへ飛んで避けたが、地面を打った棍棒の引き起こした振動で着地に失敗してしまった。
ここまでか。桃太郎が諦めを感じたとき。
しかし紫鬼の棍棒は振り下ろされることはなかった。
桃太郎が顔を上げてみれば、紫鬼の棍棒を赤鬼が震えながら受け止めていた。
「くぅ!」赤鬼は歯を食いしばって紫鬼を押し返した。
「桃太郎さんですよね!」
赤鬼は桃太郎をかばうように立った。その足は震えていた。
「あなたには恩があります。ここはなんとかしますから」
だが紫鬼の次の一撃で赤鬼は吹き飛ばされてしまった。
「裏切り者めが」
紫鬼は吐き捨てると、赤鬼に先にとどめを刺そうとした。
その一瞬の隙に海から亀がやってきた。亀の背には<人魚姫>がいた。
人魚姫は何も言わずに桃太郎に駆け寄ると手にした薬瓶を桃太郎の口へあてた。
「飲んで!」
桃太郎はうなずいた。
そして次の瞬間。桃太郎は若い身体を取り戻していた。
「玉手箱は変化の魔法。この薬は変化を解くもの」そういう人魚姫はさっと亀が後方へと連れ去った。
「うぉぉぉ!」
桃太郎は紫鬼に斬りかかった。
今度は力負けしない。桃太郎の全盛期にそうなったであろう身体は鬼のそれと力量で並んでいた。まさしく桃太郎である。
紫鬼は倒れた赤鬼を捨て置き、桃太郎と対峙した。
しばし切り結んだが、戦局は桃太郎に不利だった。
確かに身体能力は紫鬼に匹敵していた。スピード面では上回っていた。
だがこの辺り一帯を平定し暴挙を尽くしていた紫鬼は歴戦の猛者だった。戦いなれしていて、命のやりとりの中でも余裕をもっていた。
それに対して桃太郎は実戦経験がない。命のかかった戦いの緊張感に押しつぶされそうだった。
その経験の差は大きかった。竜宮城で過ごしたことがブランクにつながってしまっていた。
徐々に桃太郎は追い詰められていった。
「助太刀しよう」
不意に桃太郎に並び立つものがいた。
チラリと横目に見れば青鬼だった。
「共に紫鬼を倒そうぞ」
そういって青鬼は手にした槍で紫鬼の肩を貫いた。
青鬼はあの後、どんな人生(鬼生)を送っていたのだろうか。その体にはあちこちに刃物によるものだろう怪我の跡も見える。決して平穏な暮らしではなかったのだろう。青鬼は歴戦の猛者だった。
紫鬼の行動力を的確に削るようにじわじわと攻めていた。
桃太郎も全力で攻撃を繰り出し、ついには青鬼の槍が紫鬼の首を貫いた。
『えぇ』
桃太郎は内心ひいた。
二枚目の青鬼は遂に桃太郎の手柄すら上回った。
ピンチに颯爽と駆けつけ、敵を倒す。どれだけ格好がよいのだろう。
相変わらずの主人公キャラだ。この世界、実は青鬼の世界なの?
紫鬼はよろよろと後ろへよろめいてからどうっと倒れた。
青鬼は紫鬼が息絶えたことを確認するまで構えを解かず、確実に倒したと確認してから赤鬼へと駆け寄った。
「赤鬼君! 怪我は大丈夫か」
「青鬼君! また君は僕を助けてくれるんだね」
赤鬼はうれしさの涙を流していた。
「もちろんだよ。友だちだからね」
青鬼は赤鬼に手を貸した。
「さぁ、君の話を聞かせてくれ」
青鬼が相変わらずの二枚目キャラを発揮している間に、亀が人魚姫を連れて戻ってきた。シロと猿と雉も戻ってきた。
人魚姫は無言で桃太郎に抱きついた。「お怪我はひどくありませんか?」
「大丈夫。たいしたことはないよ」桃太郎も人魚姫を抱きしめかえした。「でもどうしてここに?」
「龍のお告げで」人魚姫は言った。
「このとき、ここで地上の歴史が変わる戦いがあるとのお告げだったのです」亀が言った。「人魚姫も私もきっと桃太郎が関わっていると思いました。それで何かの役に立てるかと駆けつけました」
「この姿も?」桃太郎は自分を見下ろしていった。
「玉手箱を開けたのでしょう」亀が皮肉っぽく言った。「実はあれは年齢を進める魔法じゃなくて、老人のように見せかける変身の魔法が入っていたのですよ。年齢を進める魔法なんてないのでね」
「だからといってこの身体は私の若い頃でなく、それより後のおそらくはそうなっただろう全盛期のものに見える」
亀は溜息をついた。「気づきますか。その話は後にしましょう」
亀はシロたちに譲った。
シロは嬉しそうに桃太郎の脚にすり寄っていた。
猿は得意そうにしている。
雉は仕方がないといった様子で通訳した。「猿はよくやっただろう?とのことです」
「もちろんだ」桃太郎は大きくうなずいた。そして猿と握手した。「よくやってくれた。鬼とも果敢に戦ってくれた」
「それからシロは……」雉は首をかしげた。「僕はシロだよ? それはわかっていると思いますが……。なるほど。僕は桃太郎と一緒に育ったシロだよ、ということだそうです」
「まさか」桃太郎は膝をついてシロと向き合った。「お前、あのシロなのか? まさかお前も転生? 生まれ変わった?」
シロは嬉しそうにワンと言った。雉の通訳は不要だった。
「そうか。爺様も婆様も亡くなってしまったけど、お前は一緒だったんだな」桃太郎は懐かしむようにシロを撫でた。
「それからもちろん雉も、仲間ともどもよくやってくれた。鬼ヶ島を沈められなかったらおしまいだった」
「早すぎてしまったですね」
「それはしようがないよ。結果は上出来さ」
桃太郎は周囲を見回した。
被害は小さくなかった。だが鬼ヶ島は沈め、ほとんどの鬼は退治した。鬼ヶ島を失ってちりぢりになれば、そこいらの山賊と脅威の程度は変わらない。鬼が脅威となることはもはやないだろう。少なくとも数百年は大丈夫だ。
そこへ青鬼と赤鬼もやってきた。
「桃太郎殿にはいつも助けられる」青鬼が言う。
「なにを言ってるんですか。青鬼さんこそいつも素晴らしい」
桃太郎の言葉に赤鬼もうなずいた。「青鬼君はすごいんだ」
「できることをしただけでね」青鬼は軽く言った。
そう言ってそのまま立ち去ろうとする青鬼だったが、今回は赤鬼がその腕を捕まえた。
「君も一緒に村へ戻ろう」
「それでは……」
「君は鬼ヶ島退治のヒーローの一人じゃないか。それに昔、君が僕のためにしてくれたことは村ではもう誰もが知っているんだ。また当時をよく知る人たちも多く生きているしね。君を怖がる人なんていないよ。今度こそ村で平和に過ごそう」
青鬼は自分の手をじっと見つめた。桃太郎に亀を助けた御礼を譲った後、青鬼が決して平穏でない生活をしてきたことは明らかだった。だが平穏な暮らしを夢見なかったわけではない。
「そうさせてもらおう」
青鬼の返事に赤鬼は嬉しそうにした。
沈没した鬼ヶ島から流れ着いた物資を集めて、一行はその場で野営をしていた。
ささやかな勝利パーティーを開き、夜中過ぎにやっと寝静まった。
月明かりの下、桃太郎は亀王子と話をしていた。
「さて。伝えないとね」
亀は言った。
「君のその身体のことをね。簡単に言うと君は<龍の滴>を飲んだんだ」
「それは?」
「君にかかっていた変化の魔法を解くために使ったが、本来の効果はそれじゃないんだ。<龍化>と我々は呼んでいる」
「竜人になるのかな?」桃太郎はそれでも良いと言った覚悟だった。
「いや、そうはならないよ。ただ龍の力のごく一部とはいえその身に入れた者は不老不死に近い存在となる」
「私のわがままだったんです」
不意に人魚姫の声がした。人魚姫は不安そうな顔をしていた。
「不意打ちで、避けることもできないことはわかっていました。でも同じ時を過ごしてもらえると思うと止められませんでした。勝手なことをしたこと、いくらお詫びしても足りません」
桃太郎はうなずいた。「いいさ。ちょっと驚いたけど、それで一緒に過ごせるならずっといい。行こうか」
人魚姫は表情を和らげると、二度と離すまいといった風に桃太郎の腕をとった。
こうして桃太郎は亀に連れられ、人魚姫と共に竜宮城へと戻った。
一晩明け、3人がいないことに気づいた一行はおおよその事情を察した。
赤鬼が青鬼とともにシロを連れて村へ戻る。
猿と雉はそれぞれの群れと共に住処へ戻った。
鬼ヶ島を失い、激減した鬼たちはちりぢりに逃げたものが少数のこっていたが、いずれ山賊として滅びる運命にあった。
それからずっと長い年月が経った。
その少年は日本の中流階級の家に生まれた。
両親はちょっと浮世離れしたのんびりした人たちだった。小学校の宿題で両親の仕事を調べたことがあった。いくら聞いても両親の説明は曖昧で、とても宿題をまとめるのに苦労した。
少年のお気に入りの童話は<桃太郎>だった。父や母の話してくれるその物語は絵本のそれとはずいぶんと違っていた。その物語は絵本のそれよりも桃太郎が強くない。でもどこか共感させるものがあった。
桃太郎が竜宮城から帰ったら鬼が支配する世界になっていた!? ホークピーク @NA_NA_NA
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