第7話 鬼ヶ島

 1年が経過した。

 鬼による被害の噂話はどんどんと増えていた。

 海岸にあるという巨大な船でやってきた鬼たちがこの辺り一帯の鬼を併合し、一大勢力になっているらしい。その勢力はあまりに強力でこの周囲を統治していた人間の武士や大名の戦力ではまったく太刀打ちできずにいた。

 そういった話が聞こえてくる度に桃太郎は責められている気持ちになった。

 もちろんこの世界に彼のことを桃太郎だと認識しているものはいない。仮にいても、桃太郎が鬼退治をするものだ、などと思ってはいない。

 だが桃太郎自身は転生者であって、自分が桃太郎であることを知っていた。


 だが玉手箱を空けてしまったので、桃太郎も老人になっていた。波の老人ではない肉体をしていたとはいえ、鬼退治に向かえるかと言えばそうではなかった。

 とはいえ廃屋での1年間の一人暮らしは結構過酷で、桃太郎の身体はそれなりに鍛えられていた。しかも桃太郎故だろうか。その顔立ちはともかく、身体は50歳ぐらいの屈強な戦士のそれだった。全盛期でそうであっただろうとは言えないまでも、普通の村人とは比べられないほどだった。

「なぁ、シロや」

 桃太郎はあの白い犬を同じ<シロ>と名付けて呼んでいた。

 シロもまた平凡な飼い犬ではなかった。むしろ戦闘力だけでいえば桃太郎以上といえた。桃太郎と出会う前の生活も過酷だったのだろう。狼のようだった。

「お互いに老い先身近いところかもしれないが、鬼退治としゃれ込んでみようか」

「ワン!」


 桃太郎とシロは目一杯狩りをして、村で手に入るだけの武具を買い入れた。とはいえ小さな村のことで、剣が2本と胴鎧1つが精一杯だった。あとは金属板を入手して手甲とすね当てを自作した。


 次にきび団子を作らなければならない。犬はいるが、雉と猿がいないのだ。どこで見つけられるかわからないが、仲間にするにはきび団子が必要になるはずだ。

 とはいってもきび団子の作り方なんて転生者である桃太郎は知らなかった。岡山県出身なら一つぐらい機会があったかもしれないが。

 その代わりにアニメで知って、現地で実在を知った<いきなり団子>はイメージがあった。見よう見まねで<いきなり団子>もどきをたくさん作った。竜宮城でもらった玉手箱は空けた後、実は保存ボックスになることを見出していた。この中に入れておいたものは腐らないのだ。さほど大きな箱ではないが、いきなり団子ならかなりの数が入った。


 鬼が逗留する巨大な船があるという海岸目指して出発した。

 しばらくいくと大木の根元にしゃがみ込んでいる猿に出会った。猿はあちこちに傷を負い、その体は痩せていた。

「可哀想に。どうしたね」

 桃太郎は声をかけた。

 猿は顔を上げてはっとした様子を見せたが、諦めたようにうつむいた。もはや逃げる気力もないようだった。

 桃太郎はいきなり団子を差し出した。

 猿は怪しむようにこちらを伺っていたが、ふいっと手を伸ばしていきなり団子を奪い取るようにするとむさぼり食った。桃太郎はもう一つやった。

 猿は2つのいきなり団子を食べて満腹になったのか、桃太郎の前に来てしゃがみ込んだ。

「私は桃太郎という。こちらはシロ。もし恩義を感じてくれているなら、ついてきてくれたら嬉しい。だが我々はこれから鬼退治に向かうのだ。命の保証はない。無理を言うつもりはない」

 桃太郎は猿の肩をそっと叩くと、そのまま背を向けて歩き出した。


 猿はぽかんとしてその背を見つけた。

 猿の世界であればあれはボスへの恭順を示すポーズだった。頭を押さえつけるなり、何なりしてボスの力を見せつけ、配下にするのが当然だ。

 だがこの人間はとくに何も要求せずに立ち去ろうとしていた。

 白犬と同様に猿も人間の言葉を話せないが、人間の言葉はある程度理解できた。

 猿は鬼に仲間を皆殺しにされていた。その傷は彼だけが逃げるときに負った傷だった。

 一度は死んだような身。猿はそう思って桃太郎について行くことにした。


 猿には出会えたが、雉には出会えないまま桃太郎一行は海岸へ到着した。

 慎重に隠れながら進むと、巨大な船が見えた。

「まるで空母だな」

 桃太郎は転生前の記憶を思い出した。

 某国の原子力空母を思い起こさせる巨大さだった。これが木造船として成り立っているのは魔法だろうか。

 多数の鬼が船上にも陸にも見えた。辺り一帯の鬼を平定して集めているというのは本当のようだ。いや、想像以上の規模だった。

 船は沖合に停泊していて、大きな桟橋が作られていて陸とつながっていた。

 戦利品だろうか。荷車で荷物を船へ運び込む鬼。

 これからいずこかへ遠征に出かけるのか、完全武装した鬼の一団。

 完全に組織化された軍隊だった。しかもそれが人間よりも体躯の優れた鬼が構成しているのだ。これではこの一帯を統治する国家戦力が集まっても攻めきれないのではないだろうか。


 桃太郎はとりあえずいったん下がった。距離をとって作戦を練るためだ。

 シロと猿と桃太郎が十分な距離下がってひと休みしていると、空から影が舞い降りた。

「!」

 桃太郎は慌てて立ち上がって剣を構えた。

 シロと猿も臨戦態勢だ。

 降り立ったのは一羽の雉だった。

 雉はじっと桃太郎を見つめた。

「そなたが桃太郎だな?」

 雉は人間の言葉を話した。

「わらわは雉の女王」

「人間の言葉を話せるのか?」桃太郎は驚いた言った。

「わらわだけ、雉神様のご加護によって」

「雉神様?」

「我らの守護神じゃ。鬼のせいで我らの住処やことごとく破壊されつつある。このままでは卵をかえすことも叶わぬ。この危機に際し、雉神様はわらわに告げたのじゃ。

「桃太郎というものに協力せよ、さすれば巣も無事につくれよう、と」

 桃太郎は納得せざるを得なかった。

 異世界転生してきたほどだ。そういった支援がない方がおかしい。むしろこれまで何も、少なくとも直接的な介入がなかったことの方が驚きだ。

「わかった。助かる」

「業腹だが、そこの猿も必要じゃ。猿よ、そなた、逃げるときに使ったものをこの人間にみせよとのお告げじゃ」

 猿にもその言葉はしっかりと理解できた。猿は隠し持っていた小さな石を投げた。

 その石は飛んでいって、樹にぶつかると爆発した。

「ゲームの爆弾石のようなものか」

 桃太郎は久しぶりに転生前のことを思い出した。身体年齢的に言えば何十年も前のこと、退館時間でさえも約20年前のことだ。

 桃太郎は爆発の跡を調べた。確かにかなり強力だ。

 だが雉の支援と猿の支援でどうなるというのか。

「確かに強力な武器のようだが。相手は巨大空母のような鬼ヶ島だしなぁ」

 いいながら、ふと桃太郎は「戦艦 大和」を思い出した。桃太郎の記憶では、戦艦 大和は大艦巨砲主義の末期。航空戦力の登場に対して非力であった。そのため多数の航空機からの攻撃に耐えられずに撃沈した。

 相手が巨大空母なら同じようなものだ。しかもこの世界には航空戦力などという考え方は存在しない。

「雉殿。他の仲間も呼べるかね? それに猿殿にも、仲間を募ってこの石を集めてもらいたい」


 鬼ヶ島の鬼たちは逃げ惑っていた。

 どこからともなく現れた雉の一団が空から石を落としてきたのだ。しかもその石は落下すると爆発した。爆発が直撃したり直近だった鬼はその場に倒れた。

 石を落とした雉は海岸へ戻る。するとそこには猿たちがいて、雉へ石を渡していた。石を受け取った雉は再び鬼ヶ島へ石を落とす。

 それが止めどなく行われるのだ。

 一部の鬼は弓で雉を射落とそうとするが、いかんせん相手は飛んでいる雉だ。しかも鬼の攻撃を予期しているので、まったく矢は当たらない。

 あっという間に鬼ヶ島はあちこちが破損し、一部は炎上した。

 一部の鬼は建物に立てこもったが、普通の建物は爆発で吹き飛んだ。

 頑丈な岩の建物の一部は爆発には耐えたが……。

 鬼ヶ島は1時間後、沈没した。


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