小さじ7杯 しょうゆ聖女
あの日から一週間。
レイモンドは何度もうなされ、意識を混濁させては、私の名前を呼んでいた。
「大丈夫、ここにいるよ」
「コノハ……」
「なぁに?」
「……コノ、ハ」
「コノ……ハ」
「レイモンド?」
「いくな……」
「どこにも行かないよ?」
「コノハ……」
「レイモンド、口開けて? 飲んで……お願い」
「っ」
【無限】濃縮だし醤油を使った料理は、微量の回復効果があるのはわかっていた。なのに、毒はなかなか消えなかった。
今回、今までの毒が可愛らしいと言えるほどの、かなり強い毒が使われていたらしい。
王妃殿下は、あの日の二日後に牢屋で自殺したと聞かされた。
陛下と王妃殿下とレイモンドの歪な関係も。
王妃殿下の実家は、この国で一二を争う権力を持っていて、元々はレイモンドの婚約者だった。
彼女の父親からの命令と議会からの推薦で、レイモンドと婚約破棄をし、国王陛下と結婚したらしい。
彼女の真意はわからない。
自分の子供を王にしたかったからなのか、レイモンドや陛下を恨んでいたからなのか、レイモンドを愛していたからなのか。
真実は、闇の中に消えてしまった。
料理のとき以外は、レイモンドの横にいた。死なないでと願いながら。
柔らかくて温かい感触。
頭が撫でられている。
誰に?
「っ!」
「起こしてしまったか」
「殿下」
「おい。そこは名前で呼ぶだろ、普通」
「っ……」
「朦朧とはしていたが、お前の声は聞こえていたぞ」
灰色と青の斑な瞳を細めて、ニヤリと笑うレイモンド。
悔しいほどにカッコイイ。
薄紫のヒゲが薄っすら生えてるけどカッコイイ。
「レイモンド」
「ん?」
「ヒゲ、似合わない」
「っ、ふははっ! 知ってる」
「いたっ!」
額にデコピンされた。
痛いと文句を言っていたら、両頬を包まれて、キス。
「なぁ、コノハ」
「っん……なに?」
唇を重ねては少し離し、また重ねる。
そして、ゆっくりと囁かれた。
「あいしてる」
「……」
「返事」
「……私も」
「ん。知ってた」
「バカ……」
私は、この世界を、レイモンドを救えたのだろうか?
今はまだわからない。
きっと、死ぬまでわからないんだと思う。
ただ、今後なにがあっても【無限】濃縮だし醤油でなんとかしてみせる。
猛毒で死にかけていたレイモンドが元気になったんだもの。
「醤油、万能だし!」
そんなことを言い続けていたせいなのか。
私の通り名は『しょうゆ聖女』になっていた。
――――もうちょっと普通の、なかったかなぁ⁉
しょうゆ聖女。 笛路 @fellows
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