小さじ6杯 清まし汁と毒。
晩餐会の当日、朝早くに王城の厨房へと出向いた。
シェフさんたちはとても優しく、いろいろと手伝ってくれた。
といっても、簡単なものしか作る気がなかったので、人参を賽の目切りにして、ほうれん草を一口大に切ってもらっただけだけど。
寸胴で人参を煮て、そこに【無限】濃縮だし醤油ドバーッ。辛口の白ワインをジャバッ。お砂糖トサッ。
「これで下準備は完了です」
出す直前に、下茹でしておいたほうれん草と溶き卵をお鍋に入れてちょろっと蒸らせば、清まし汁の出来上がり。
流石万能だし醤油! 料理が簡単!
一旦、王太子宮に戻り、ドレスに着替えた。
薄い灰色が裾に向かって青色にグラデーションしている。
どこかで見たことのある色合い。
「ん。似合ってる」
「……ありがと」
ドレスアップした私を王太子殿下が見に来た。
珍しく真面目な顔で褒めてくれた。
「今日は、何があっても慌てるなよ」
「っ、ほんとに大丈夫? ねぇ、栄養ドリンク、持っててよ」
最後の一本になってしまった栄養ドリンクこと魔法薬。
何かあったときのために絶対に飲むな、と言われていた。
「それは、コノハの為のものだ。絶対に使うな」
「でも」
「約束しろ」
「……命令しないでよ」
「頼む、約束してくれ――――」
両頬を包まれて、キスされた。
始めての触れ合いがこんなのって、酷い。
でも、嬉しかった。
「約束しろ」
「っ、ん。約束……する」
色々な覚悟をし、晩餐会に出席した。
ポケットに秘密を隠して。
晩餐会は穏やかに開始した。
国王陛下に一年近くも挨拶していなかったことを謝ると、笑顔で許してくれた。王太子殿下の大切な人だから、と。
エスコートしてくれていた彼の顔をちらりと見ると、耳を赤くしていた。
「さぁ、席に行こう」
王妃殿下には、一切挨拶をしないらしい。
ギロリとこちらを睨む赤髪の美しい女性は、私達とあまり年齢が変わらないように見えた。
三十人ほどの参加者が席に着き、食事開始だ。
アミューズ、オードブルが済み、私の作ったスープというか清まし汁の番。
珍しい味だが美味しいと陛下が仰ってくださり、ホッとした瞬間だった。
「っ、ぐ…………ゴホッ」
陛下の口から、ゴボリと血が飛び出た。
「キャァァァァ! 聖女が、あの女が陛下に毒を盛ったのだわ!」
陛下が血を吐いた直後に、王妃殿下がそう叫びながら私を指差した。次の瞬間には、衛兵たちが私に詰め寄ってきた。
あまりにも早すぎる叫びと対応。
誰も可怪しいと思わないのだろうか。
「くそっ! 父上っ!」
「王太子を近づけないで! その女と共謀しているわ!」
王妃殿下がありもしないことを叫ぶ。ありもしないことなのに、衛兵たちは王太子殿下を囲もうとしていた。
それでも彼は、衛兵たちを押し退け、見覚えのある茶色の小瓶を陛下の口に充てがっていた。
「父上、飲んで下さい!」
栄養ドリンクだ。
あの日の飲みかけのヤツ?
王太子殿下は、ソレを大切に取っていたのかな。
「っぐ、ゴホッ……これは………………魔法薬か?」
「良かっ――――」
国王陛下の意識が戻り、殿下が安心したように微笑んだ瞬間だった。
バタリと倒れ、口から小量の血を吐いていた。
「陛下に毒を盛った時に、誤って毒に触れたのだわ!」
「……ソレを、牢に」
「牢じゃなく処刑――――ちょっと! 私に触れないで頂戴!」
陛下が『ソレ』と言ったのは、王妃殿下のことだったらしい。王妃殿下は陛下直属の衛兵たちに連れて行かれた。
魔道士が王太子殿下の口に水を流し込み、食べたものを吐かせているのを見てハッとした。
「これ! これ飲ませてっ!」
床に倒れ込む王太子殿下に走り寄って、ポケットから茶色の小瓶を取り出した。
最後の一本の栄養ドリンク。
「……コノハ……やくそ、く」
「レイモンドッ!」
「っ、やっと……よんだな」
力が入らないはずの腕を上げて、そっと頬を撫でてくれた。
「ぜっ……たいに、使うな。毒には、慣れてる、大丈夫だ。私はおまえの、料理で治し……てくれよ…………しょうゆ、万能、なんだろ?」
「っ、ゔん。絶対に、使わない。使わないから! 私が治すからっ! 死んだら、許さないっ!」
魔道士が転移魔法で王太子宮まで運ぶと言った。
複数人を転移させるのは膨大な魔力を使い、魔道士は数日間寝込むことになるのに。
「行きます!」
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