第2話 期限は一年

「いいか?これがフォーク、これがナイフだ。これ使って食え」

 がやがやと騒がしい酒場の中、黒ずくめの男はそう言って面倒くさそうにカトラリーを差し出した。樽に板を渡しただけの簡素なテーブルを挟んだ正面には、ぶかぶかのマントに身を包んだ少年が座っている。重い布の下からはぼさぼさの髪や薄汚れた服がのぞいているが、肌の白さや瞳の美しさのせいでどうしても高貴な家の出に見えてしまい、身を覆い隠していなければ周囲のゴロツキどもの格好の餌食になっていたに違いない。

 少年は手に一本ずつ握りしめた食器をまじまじと見つめていたが、周囲をきょろきょろと見回してから見よう見まねでポークソテーにフォークとナイフを突き立てる。そのまま持ち上げてがぶりと肉に噛みつきもぐもぐと口を動かせば、少年は「んー!」と感嘆の声をあげた。

「にゅくっへくんぬうんむんむえ」

「一口サイズに切れ、大口開けんな、噛みながらしゃべんな。ったく育ちが知れるぜ」

「……んっく、ごめん。でも肉なんて初めて食べた」

「だろうな。今はとりあえずこんな店だけどよ、そのうち貴族向けのテーブルマナーも教えるから覚悟しとけ」

「人間になるって大変なんだね」

「ああそうだよ大変なんだよ。だから指を舐めるなパンを握るな袖で口を拭くんじゃあねえ!」

 男は腹立ち交じりに天板を叩き、エールをぐびぐびと一気に飲んだ。喉仏が上下に動いて冷たい酒が中を通っていくのがよくわかる。少年はその様子をじっと観察してから自分のコップに手を伸ばし、同じように中の水を一気に飲み干した。

「ッかぁ~……沁みるねぇ」

「か、かあー。しみるねえ」

「……今のは真似しなくてよろしい。さて、ひとまず自己紹介といこうか」

 男は少し気まずそうに下唇を突き出し、自分の皿の上の肉を切り始めた。少年とは比べ物にならないほどの完璧なテーブルマナーだった。

「俺のことはザカライアと呼んでくれ。お前は?」

「フィン。ほんとはフィンリーだけどね」

「よし、フィン。まずはおさらいだ。俺はお前の願いを叶える。願いが叶ったら報酬を貰う。願いが叶うまで俺たちはバディだ」

「バディ、だね」

「そう。で、願いを叶えるにあたりゴールを決めておこう」

 ザカライアはピッとフォークをフィンに突きつけ、念を押すように目を細める。その迫力にフィンは思わず生唾を飲んだ。

「う、うん」

「さっきお前の頭の中を読んだ。空っぽの頭をな。お前の願いは『人間になってエドワード・フロストを助けること』だったな」

「そう、だよ。僕のご主人様を助けたいんだ。人形のままだったら何もできないし」

「お前のいう『助かる』の期限を決めたい。お前が捨てられるきっかけになった事件、あれを無かったことにすればいいのか?」

「そうだね。あれさえなければエドがいなくなることも無かったんだ」

「よーし、じゃあ事件のことをおさらいしよう。ちょっと待ってな」

 そう言ってザカライアはポケットから古ぼけた小さな本を取り出し、ぱらぱらとめくってとあるページで手を止めた。

「ああ、これこれ……エイベル王国の王制転覆未遂事件だ」

「おうせいてんぷく?」

「どっから説明したらいいんだ……『王様』はわかるか?」

「"おうさま"、知ってるよ。お城に住んでる偉い人だね」

「まあそんなとこだ。その王様は国の政治を……あー、ルールを作ったりして喧嘩の無い良い国にすることだな。それを仕事にしてるんだが、それをやめようって言いだした奴らがいたんだ」

「そしたら”せいじ”をする人がいなくなるよね?」

「そいつらは王様じゃなく自分たちで話し合って政治がしたかったんだ。これを『民主主義』っつーんだが……まあ今は覚えなくていい。ともかくお前の主人はこれに協力したんじゃないかって言われて連れてかれちまったわけだ」

「王様に逆らったから……」

「正解。少しは利口なようだな」

 馬鹿にするような口振りで鼻を鳴らし、ザカライアはパタンと本を閉じた。表紙になにか書かれているがフィンにはその意味がわからず、しかしエドの書類に書いてあったどの記号とも一致しないことだけは判別出来た。

「ともかく、俺たちはこの未遂事件をハナから無かったことにする。それがゴールだ。事件が起きなかった世界の先の未来でエドが惨殺されたって俺はノータッチ、リコールは受け付けない。オーケー?」

「お、オーケー、多分……」

「言ったな?じゃあ早速お仕事開始だ」

 ザカライアはニヤッとあくどい笑みをフィンに向けると、ポケットから紙幣とコインを掴み出しテーブルに無造作に置いた。

「姉ちゃん、お代置いとくぜ。美味かった」

「あいよ、まいどありー。またいらっしゃいね」

「ああまた来るぜ、お前に会いに」

「やだぁ!」

 彼の軽口に給仕はそばかすだらけの頬を染め、ザカライアの背中をバシンと叩く。口では嫌がりながらも表情がどこか嬉しそうで、つくづく人間は複雑だとフィンは少しだけ興味をそそられた。

 ザカライアは店のドアの前で立ち止まり、荒い木肌を爪で数度つつく。見た目にはそんなに違和感がないものの、その雰囲気の変化にフィンは言いようのない緊張を覚えた。物であったフィンには分かったのだ。その木戸が若返り、物としての深みが削られてしまったことが。

 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ザカライアはカチャリとドアを開いてフィンを導く。

「さあ、ここから先は事件が起きる一年前の世界だ。気を引き締めていくぞ」

 一年。それが時計の鐘いくつ分の時間なのか実感はできないが、それほど長い時間では無いのだろう。

 はやく助けたい。

 フィンは大好きだったあたたかいアイスブルーの瞳を思い浮かべ、それを糧に一歩足を踏み出した。


「雪解けか……」

 応接間でカップを傾けながら、白髪の男がぽつりと呟いた。窓の外に広がる庭は斑に白く、新緑の芽がちらほらと顔をのぞかせている。朝晩の厳しい寒さもじきに終わりを告げるだろう。

「そろそろプラムの花が咲く頃だね」

 その言葉に黒い巻き毛の女性がクスッと笑い、スコーンを上品な手つきで割る。

「『冷徹卿』も季節の移ろいに心奪われるものなのね」

「ディア、その呼び方はよしてくれ。私とて風雅の心はある」

「だったら『ディア』もやめてもらわなきゃ。いつまでも子供の頃のあだ名を使って、レディに対して失礼ったらないわ」

「すまないね、君を赤ん坊の頃から知っているものだから」

「またその話?エドワード様ったら、すっかり私のお兄様のつもりなのね」

 彼女はそう口をとがらせたが、己をレディと言う割にはスコーンを頬張った際に口の端についたジャムの存在に気づいていない様子だった。エドはそれにあえて触れず、ただ静かに視線を庭の方へと動かす。いとこのディアとの茶会が退屈というわけではないのだが、やはり十も歳が離れている以上話題作りに困ってしまうこともあり、最近は特に脇見をするようになってしまった。

 しかしその日は、いつもの静かな茶会では済まなかった。

 エドはふと窓の向こうで誰かが言い争っている姿に気がついた。一人はこの屋敷に雇われている専属の庭師。もう一人は小綺麗な身なりに葉っぱや泥をくっつけた少年のようだ。あまりにじろじろ見すぎたのかディアも彼の様子に気がつき、窓に顔をくっつけるようにして二人を見る。

「エドワード様、あれは?かわいい子ね」

「いや……知らない子だ。どこかから忍び込んだかな」

 そう答えながらもエドは少年から目を離すことができなかった。本当に見たことのない少年。しかし他人とも思えない。まるで生き別れになった子供とすれ違った母のような、胸の締め付けられるような感覚。普段であれば侵入者など放っておくエドだったが、今日の彼はディアに断って席を立つことを選んだ。

「——だから、エドに会わせてほしいんだって!」

「おめえもしつこいな。いいからとっとと帰れ!」

 屋敷を出た瞬間から聞こえる口論にエドはついつい苦笑した。外見にそぐわぬ子犬のような高い声。恐らく十歳を少し超えたくらいの少年なのだろう。エドは声を頼りにまっすぐ二人の元へ歩いていき、大きく咳ばらいをした。

「人の庭で何をしているのかね?」

 できるだけ低い声で少年に話しかければ、二人はバッと振り返りエドの姿に目を円くした。

「え、エドワード様!それが、このガキが生垣に穴開けて入ってきやがりまして……」

「エド!」

 冷や汗をかいて弁明をする庭師を遮り、少年はエドワードに飛びついた。さらさらの金髪からギンバイカの葉が滑り落ちる。大きなブルーの瞳に柔らかな白い肌、薔薇色の頬は興奮のせいか上気している。その可愛らしさに一瞬だけ思考が止まったエドだったが、すぐに彼を押しのけて上着についた泥をパンパンと払った。

「……君は誰だい?失礼かもしれないが、私は君と会ったことはないと思うよ」

「え……」

 すげなく返された少年はさっと顔を青くし、半歩後ろへ下がる。改めて見ると彼は上質の絹のドレスシャツにサスペンダー付きのハーフパンツを合わせており、胸には大きな紫水晶のブローチを付けている。その格好だけを見れば貴族のお坊ちゃんのように思われるが、しかしその腰には彼に似つかわしくない立派な片手剣が下がっており、光沢や装飾を見るにどうやら練習用の木刀ではないらしかった。

 少年はきゅっと唇を噛んで何事かを考えている様子だったが、突然顔をあげると背筋を伸ばし敬礼の姿勢をとった。

「ぼ、僕、フィンリー!フィンリー・ゴールデンハートです!」

「黄金の心《ゴールデンハート》?」

 鸚鵡返しにつぶやいたその苗字に、エドはこらえきれずプッと噴き出してしまう。

「まるで子供の考えるような苗字だな」

「う……」

 フィンリーと名乗ったその少年は、恥ずかしさのあまり顔から首筋に至るまでを真っ赤に染め上げる。一方でエドは彼に対する不思議な既視感の正体に気がつき思わず頬を緩めた。フィンリー。その名を付けた人形を、エドはつい先日購入していたのだ。一度それに気がつけば彼の姿があの人形と瓜二つに見えてくる。違うのはサイズと球体関節の有無と、あとはころころ変わる表情くらいか。エドは汗をにじませながら縋るような目を向けてくる彼に対し、言いようのない愛着をすでに感じ始めていた。

「それでフィンリー、君はどうしてここに?」

「あっ、はい!それは、ですね……」

 フィンリーは緊張のせいかもたもたしながらも腰の剣を外し、エドに見せつけるように掲げてみせた。純銀の柄に赤い宝石の嵌ったそれが陽の光を浴びてチカチカと瞬く。その眩しさに目を細めながらもフィンリーはまっすぐにエドを見上げ、高らかに用件を告げた。

「僕を、エドの――貴方付きの護衛に雇ってください!」


 さかのぼること一か月前。フィンとザカライアは街はずれの廃屋の中で作戦を立てていた。

「いいか、フィン。お前の主人が本当に事件に関係ないんだったら、エドを陥れた奴は城の中にいる」

 ザカライアはパンにチーズを乗せただけの質素なランチを齧りながらテーブルに広げた巻物を突いた。エイベル王国の簡易的な地図や王国議会の組織図などが載せられたその巻物は何も知らないフィンにとって唯一の教科書であったが、それをザカライアがどこから持ってきたのかについてはよくわからないままだった。

「じゃあ城の中に忍び込めばいいんだね?」

 口の中のチーズサンドを飲み込んでからフィンがそう聞けば、ザカライアはゆっくりと首を横に振る。

「いや、それだとただのコソ泥と間違われて追い出されるのが関の山だ。城に出入りできるのは貴族、それも伯爵以上の爵位の者とその関係者に限られる。フロスト家は伯爵の家系だから城の王国議会に参加できたってわけだ。ほら、ここに名前が載ってるだろ」

「ほんとだ……エドって、ひょっとしてすごい人?」

「血筋だけ見りゃあそうだったんだろうな」

 ザカライアはやる気のなさそうな声でそう言い、椅子の背もたれに体重をかけてガタンガタンと体を揺らした。

「お前が城に堂々と出入りできるようになる選択肢は二つ――貴族になるか、貴族の小姓になるか。新しく伯爵家を生やすのは骨が折れるから、まあ現実的に考えれば貴族の小姓だな」

「”こしょう”?」

「傍について身の回りの世話をするチビ助のことだ。こいつらは男爵の子供とかでもいけるし、その程度なら新しく作ったって問題はねえ。ただ普通の小姓は七歳くらいから貴族に奉公するモンだから……お前はちょっと歳が行き過ぎてるな」

「八方ふさがりだね」

「そう。だからここは賭けに出る」

「賭け?」

 そう聞き返しながらテーブルに落ちたパンくずを指にくっつけていたフィンだったが、ザカライアはそんな彼の手をぴしりと叩いて注意を引く。その目は珍しく真剣そのもので、フィンも自然と背筋が伸びた。

「フィン。お前、直談判しろ」

「え?」

 何を、と聞く間もなくザカライアはガタガタの食器棚をあさり、一本の錆びたナイフを取り出した。そして何事かを呟いてから手の中でくるりと回し、ポイっとフィンの方へと投げよこす。ナイフは宙でくるくると回りながら長く伸びていく。フィンの膝の上に落ちる頃には、そのナイフは立派な柄と鞘のついた銀の片手剣へと姿を変えていた。

「す、すごい……!」

 フィンは柄に手をかけ、少しだけ刃を引き出してみる。鏡のように磨き上げられたそれは少し触れただけで斬れてしまいそうだ。ザカライアはフンと鼻を鳴らして作戦の続きを話し始める。

「いいか?お前はエドの屋敷になんとか潜り込んで雇ってもらえるよう話をつけろ。剣士希望とか言ってな」

「剣士?小姓じゃなくて?」

「そうだ。多くの小姓は貴族のもとでマナーや剣を学び、ゆくゆくは従騎士や騎士になることを目指す。だが一足飛びに剣士になりたいと思ったお前は奉公先を飛び出して伯爵家であるフロスト家に学びに来た……そういうシナリオにするんだ。エドのそばで勉強したいって言えば城についていけるかもしれねえし、奴に恨みを持つのが誰か見極めることもできるかもしれねえ」

「それって無理があるんじゃ……」

「無理でもやるんだ」

 少し日和ったフィンにザカライアはぐっと身を乗り出し、トントンと彼の胸を突いた。

「そういう無理も通せるようになれ。エドを助けたいなら、な」

 エドを、助ける。その言葉にフィンはごくりと生唾を飲み、ためらいつつも首をゆっくり縦に振った。


「……なるほど、なるほど。剣士にねえ……」

 応接室に戻ったエドがゆっくりと呟くのを、フィンは緊張したまま穴が開くほど見つめた。その部屋にいるのはエドとフィンのほかに女性が二人。一人は豪華なドレスに身を包んだ黒髪の女性、もう一人はふわふわの猫っ毛をモブキャップで押さえつけているメイドの少女。二人はフィンのことをじろじろと観察しながらも何事かをひそひそと話し、時々こらえきれないような笑い声を立てていた。

 エドは考え込みながらゆっくりと部屋を練り歩いていたが、不意に足を止めてポンと手を叩いた。

「フィンリー、といったね。正直君はあまりいい立場でないことは自覚しているかい?」

「え?」

 急な質問にドキリとする。いい立場ではない、とはどういうことだろう。何も答えられない彼にエドはくすっと笑みを浮かべ、その理由を指折り数えて並べ始めた。

「まず君は素性がわからない。前に奉公していたのがどこの家かはしらないけれど、そういう時は普通紹介状を書いてもらうものだ」

「そ、そうなの?」

「次にどうしてうちを選んだのかも不明だ。剣士を目指すなら近衛隊長の家に行って王に直接仕えるチャンスを狙えばいいものを、わざわざ伯爵家に奉公したいとなるとますます理由が不透明に思える」

「それは、エドを……」

「第三に、私は『エド』と呼ばれるほど君と交流を持った覚えはないんだが?」

「う……」

 口元はにっこりとしているのに、仮面からのぞくアイスブルーの瞳は冷たくフィンを刺した。人形だったころの温かいあの瞳はどこに行ったのか、こちらの心が凍りついてしまいそうなくらいの威圧感が身体の芯まで伝わってくる。あの時の兵士が「冷徹卿」と呼んだのはこの瞳のせいなのかとフィンは初めて思った。

「おい、早く何かでっちあげろ」

 胸元のブローチがかすかに揺れ、脳内にもう聞きなれつつある男の声がする。ザカライアだ。彼はこのブローチに姿を変えてフィンについてきていた。

「なんて答えればいいの?」

 フィンは脳内でザカライアに問いかける。

「そこはお前が考えろよ。エドを尊敬してるとかなんとかってさ」

「無理だよ、僕は人形だった時のエドしか知らないんだから……」

「いいんじゃねえの?それで。『本当のあなたを知ってます~』なんて言ってさ」

「なんで知ってるんだって突っ込まれちゃうよ……!」

 脳内で言い争いを繰り広げるフィンとザカライアだったが、エドたちには彼が沈黙しているようにしか見えない。エドはそれを黙秘ととらえたのか、彼はソファに体を預けて腕を組んだ。

「どうしようか……君の身辺調査をするにしても、そんなに人手は裂けないし……」

 トントンと指を上下させながら考え込むエド。そんな彼のもとに進み出て口を開いたのは、ずっとメイドと話をしていたディアだった。

「ねえエドワード様、私に考えがあるのだけれど」

 急に話しかけられたエドはじろりとディアをにらんだが、彼女をいさめるような言葉も態度も示さない。ディアはそんなエドににっこりと微笑んでから閉じた扇でフィンを指した。

「わざわざエドワード様のもとに来たいということは、きっと何かのっぴきならない事情があるのよ。そして一足飛びに貴方付きの剣士になりたいということは、それだけの実力があるに違いないわ」

「え、そんな……」

 フィンは彼女の予測を否定しようとしたが、すぐさま彼女にぎゅっと頬を挟まれて言葉を発せなくなる。そのままもちもちと肌をこね回しながらディアは続けた。

「まずはこの子の剣の腕を見て、それから剣士として取り立てるか考えたらいいんじゃないかしら?こんなにかわいい子があくどいことを考えるはずもないし、ひとまず実力を測ってみたらいいと思うわ」

「うーん……」

 ディアの進言にエドは再び頭を巡らせるが、数秒後にニヤッと口の端を歪めた。

「ディア、その子が気に入ったんだろう?」

「わかる?でもエドワード様もお好きでしょう」

「どうだろうね。けど分かった、明日の朝いちばんに試験の場を設けよう。フィンリー……あー……ゴールデンハート?今夜は客人としてこの家に泊まるといい」

「あ、ふぁ、はい!」

 フィンはディアの手からなんとか逃れ、勢いのままに返事をする。エドは若干軽やかな足取りで部屋を出て、戸口で待機していた執事にいろいろと指示を出しにいった。その場に残されたのは呆然とするフィンと楽しそうなディア、そしてぼんやりと成り行きを見守るメイドの三人だけだった。

「よかったわね」

「えっ?あ、うん」

 ディアの声にはっと我に返ったフィンは、曖昧な態度でうなずいた。それを何と捕らえたのかディアはクスクスと笑い、メイドに目くばせをしてから戸口へと足を向ける。

「私はクローディア。こっちはメイドのデイジーよ。私たち、貴方のことを応援してるから」

「あ、ありがとう……?」

「ふふ……明日は私も見に来るから。頑張ってね?」

 そう言ってディアはしずしずと部屋を出ていき、ぱたんと応接室のドアを閉める。その途端、力を失ったフィンの膝がすとんと床に降りてしまった。

「……剣なんて、振ったこともないのに……」

 その呟きを聞いているはずのザカライアは、彼に一言も答えてはくれなかった。

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少年剣士フィンリー~復活のビスクドール~ 桜庭葉子 @emisakura

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