『書けなくなった男の肖像』
小田舵木
『書けなくなった男の肖像』
俺はこの作品の中に並行する時間を
その試みは失敗した。
意味のないシーンの連なりになり…そこに有機的な繋がりを生み出すことが出来なかった。
仕事を捨て2年が経つ。もう貯金も尽きた。親はとうに亡くなってる。
新しい作品に着手したら良いじゃないか―かく言う俺が居るならば。
もう。俺には創作意欲などない、と応えておく。
そう。この作品に2年間心身を持っていかれていた。この身も心も捧げきっていた。
その結果がどうだ?意味のないスケッチの集積で。途中からは文章の意味、章の組み立ても曖昧で…ただキーボードを叩いていただけじゃないか!!
30代になっちまった俺の2年は重い…一時期は働きながら書こうともしたさ。その試みはうまくいかなかったけどな…途中でメンタルという糸がブッツリ切れちまった。
お陰でしばらく筆を折ったもんだ。その日々は思い出したくもない。
自分の中で湧き起こるシーン。それを文章化出来ない苦しみ。コイツは物書きにしか分からねえ。
それが―本当に嫌になって。俺は仕事を辞めちまった。コレは良いことではなかったはずで。世間的に見れば最悪の一手で。
だがしかし…俺は書かざるを得なかった。
コイツを。
それがどんなに意味のない行為であっても、な。
◆
今日も朝日は
俺は顔を向けて白い飽和した光を浴びて。眩しくて目を閉じる。
そこには―意味のないシーンのうねりがあり。意味のないセンテンスの山がある。
俺はそこにはまり込んでいるのさ。ない答えを探してな。
お前らは書く時―どうしてるんだ?
俺は頭のシーンを
それがもどかしいんだよ。あくまで俺はそのシーンの神ではない訳だ…おかしな事を言ってるかい?まあ、多少は頭がおかしいが。
創作は神を気取る行為である―誰かはかく語り。
俺はそいつに向かって石を投げる。「頭悪いんじゃねえか?」と。
「君は創ることも出来んのかね?」そう返す誰か。
「俺は―俺というブラックボックスを制御できてねえ。出来ねえままにただ動かす…」
「プロットも作れない君が作品を創れるとお思いか?」
「書いてちゃ
「お笑い草だ」とかの誰かは
「…お前は綺麗なシナリオでも書いてろよ…そして詰まんねえ結論に向かって帰結させてろや…物書きじゃねえ、お前は」呪詛。巧く書ける者へのルサンチマン。
「君は昭和の詰らない文学屋のデッドコピーさ」誰かは心底
「そうかもな」図星だ。俺は過去の文豪のデッドコピーで。そこに芸術性など一切なく。
「…
「…求められなきゃ書いちゃいけねえってのかよ?」俺は苦しい返しをする。
「少なくとも君は読者を想定するだろう?それなりの数のな。そうじゃないか?書くことは決して個人的な行為ではない」
「いいや。個人の治療だ」なんて言い訳は苦しく。
「そんなモノは―1人でやってろ。人に見せる体裁にするな。日記でやってろ…チラシの
「モノローグは趣味じゃない」そう俺が言えば。
「いいや。君は実にモノローグ向きだろう?」目の端で俺を見る誰か。見たくないものを見ているかのような目線で俺を見るなよ。
「友達がいねえからかよ?」俺には友人は居ない。仕事を辞めた時に見限られたのだ。
「そうだよ。だから人物描写が甘く、薄く、リアリティがない」
「…そこまで酷くはねえんじゃねえか?」と思いたい。
「いいや。君の描く女は滑稽だ…君の描く理想過ぎて…あんなので自慰行為してるんだろう?」卑猥なラインを突いてくれてどうも。だが。芸術など―
「己の理想を
「自慰を見せつけられる我々の気持ちを考えた事はあるかい?」応じる誰か。
「今まで大概の自慰を見てきたが?」文豪連中の自慰に
「それを我々に押し付けるな、と言っている」
「…書けなくなるね、少なくとも俺は」素直に思う。
「ああ。書くなお前は」
「そうかい。お前はそれが言いたくて…俺の前に現れたんだな?」
「ああ。消えてくれ」
◆
俺は消えない。誰かには悪いけどな。
そんな―己を責め立てるかのような内省をしていれば時は昼で。
「なんでやねん」芸人がボケる相方に突っ込みを入れている。
「なんでやねん」これくらい俺の気持ちを捉えた文言があるだろうか?
「言うてお前はホンマになんでやねん、な人間やけどなあ」とまたもや誰かの登場で。
「るっせえ。エセ関西弁使うなや、みっともない」と俺も軽く関西のイントネーションが入る。学生時代は関西に居たから多少は訛っていた。いまは産まれの九州に居るが。
「お前の書くモン。また
「まだ
「ああ。お前の文章、とことん
「いい加減ネタ切れたんと違うんか?」
「いんやあ?まだ在んで?ダイアログが糞詰まらん」誰かはホレ見た事かと言いたげに言うのだ。
「それ人物
「ちゃうねん。例えばこの会話や。リズムないやろ?適切なところで休符打ってへんからベタッとした印象しかない」
「芸人みたいな
「我慢の足りへん返しやな。もうちょい気の利いた返しせな」
「あのな?人間みな芸人ちゃうねん。
「とは言え
「自然さが足りてねえ」苦しい返しになってしまった。
「あんなあ?小説かて芝居やぞ?ケレン
「俺は
「ああいうのは舞台出身の者がなりがちなアレでな?
「そりゃ、しがない物書きだからな」
「ダイアローグだけでシーン作ってみ。簡単にああなる。君はそういう
「貴重な演劇論をどうも」論点ずらして何がしたいんだか。
「君は学ばへんなあ?」と誰かはニコニコしながら言う。
「学ぶのが嫌いなモンでね?」
「そういうヤツが書くもん…最高に詰まらへんわ」
「独りよがりだからか?」
「せやな。そしてキャラクタみんな同じ思想してるからなあ。哀れなもんやねん…ちょい病んだ人を想起させるわな」
「…」俺は脳みそのニューロンに動作不良を抱えていて。病院の世話になっているのだ。
「そう黙りなさんな、あくまで君が文学的な面において病んでる、と指摘しただけやで?」
「人から文学は産まれる…病んだ魂からは病んだものしか出ん」
「…末期の
「別に
「いんや。君は望んでる…『病んでる僕はこんなの書けちゃいます』って思われたいんや!!臭いのお」
「んな訳ねえだろうが!!」薬を飲んで久しく動いてなかった俺の感情が火を
「そら君、客観視が
「自己の分解こそ文学なれば」
「そんなお
「殴ってやろうか?」俺はごちゃごちゃ言うのが面倒になってきて。
「あ?かかってこんかい」
◆
結局。俺と誰かは殴り合いという―一人芝居を演じた…
そう。コイツは―俺自身なのだ。実に詰らない批評家だが。書く人間は心に一匹はこういうのを飼っている。
「なんて。
「かも知れん」
「そんなもんに価値は無いって伝えに来てやったぞ?」と自慢気に言う俺が憎たらしい。
「自己内省すらしない馬鹿はなんぼでも居る」
「そんな奴らとは違うって思ってる…最高に滑稽だな」
「実際違うだろ?」
「違わないね」と俺は言う。ほほう?
「どういう意味か言って見ろよ」
「批判するオルタナティブな俺を創って予防線を張っているんだよ、お前は」
「そうして。その
「その通り。実に醜い。自己陶酔…ナルシズム」
「ナルシズムがない人間は簡単に他人を害せる」
「…お前の場合はそれが酷いと言ってんのさ」
「…物書きだぞ?俺は」
「お前が描写に値する人間だと思ってるのか?」軽蔑の視線が刺さるぜ。俺よ。
「まったく思わん」
「じゃあ―お前の小説の主人公は何でお前と同じ口調で同じ思想なんだ?お前は自信なさげなエクスキューズを世間に挟みつつ…本当は自分が魅力のある人間だと勘違いしてないか?」まったく。痛い所を突くな。
「自尊心のない人間がどれだけ有害か」と俺は一般論に逃げてみる。緊急
「ああ。有害だが…自尊心ってのは漏らさないのがマナーだぜ?糞と一緒だな」
「お前らしい形容だ。貧弱で。強い言葉を使えば、納得させられるとでも思ってやがる、滑稽だな、俺よ」
「お?遂に反撃か?待ってたぜ?」
「お前は何がしたいんだ…」
「議論だ」
「自己対自己でかよ?そりゃ無益な試みだな」
「こういう場合、俺は議論による結論なぞプロセスの一部だとしか思ってない」
「お前は―お前の結論に誘導したいだけ…まったく。俺自身なだけはある」俺の議論にはそういう傾向があり。
「自己中心
「俺の経験上…人様指して自己中心的って罵れるヤツこそが真の自己中心的
「あたしが気に食わないの!!ってかい?具体例がお前の経験
「あーもう。お前は正しいよ。偉い偉い」
「おっと土俵を出ようってか」俺は問い。
「ああ。もういいだろ?満足したかよ?」かく言えば―
「満足するかよ…この糞が」と俺が俺に馬乗りになってきやがり。
「しやがれ。この糞ガキめ」俺は言い返すが気道が詰まってきて。
「俺はお前が邪魔で仕方ない」俺は俺を憎たらしげに見つめ。
「俺はお前が嫌いだよ」と
「さて?この戦いはどっちが勝つだろうな?」とヤツの首に腕を伸ばしながら俺が問えば。
「こんなモンに勝ち負けが在るかよ…」と俺が応える。
―こうして。俺は俺を殺した。
しかし、俺も無傷だったわけでもなく。
脳に酸素が行かなくなった時間が長すぎた…
◆
「『脳に酸素が行かなくなった時間が長すぎた…』っと。」キーボードを叩きながら言う私。その膝には三毛猫が丸まっており。そろそろ
「みぃさん?今日は―病んでしまった男の話を書いたんだよ?」と私は膝の少し上にあるみぃさんの顔に向かって言う。
「…んなああ」と尻尾を振って面倒そうに返事をくれる。
「『んなああ』じゃなくてさ?退いてよね?」なんて言っても聞かないか。猫だもの―
「そんな下らない小説、ネットに載せちゃうの?」そう…みぃさんは言った。
「…疲れてるのかな」と私はメガネをはずし目を
「無視しないでよね?本当に載せちゃうの?」みぃさんの声、私そっくりだあ。なんて驚いてる場合じゃない。
「はっはっは。その手には乗らないよ」と私はみぃさんに言う―と部屋の戸が開き。
「
「はいはい…さ、みぃさん行くよ」と私は膝の上の猫を持ち上げて。
「なあああああああ」とみぃさんは文句を言い。
「おっと…いけないアップするの忘れてた…タイトル付けてっと」猫を抱えながらPCのブラウザを操作して。
『書けなくなった男の肖像』
「おやすみなさい。みなさん」と私は第4の壁を意識しながら言い。
「んああ」とみぃさんは鳴く。
「どうせ―誰も見ないよ。こんな小説」
◆
『書けなくなった男の肖像』 小田舵木 @odakajiki
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