第11話 山積み、山盛り

 


 ***


「フトッロォ、兄ちゃんの分も詰めろよ、詰めろよぉ、詰めろよォ!!!」

「うんあんちゃん、うめぇ、うめぇ、うんめぇ!!!!!」

『それはそうとして、あの子達は一体なんなの? ちょっと食べ過ぎじゃないかしら?』

「……まあ、そうだね」


 フィーナが引くほどに頬をぱんぱんにしているのは、いじわる兄弟のフトッロとロッポである。


『さっきから太っちょの方ばかりが食べているけれど? 兄はほっそりなのに、弟はふっとり。もしかして食物をすべて弟に分け与えているから?』

「そうまあ、そうだよね」


 クローディンスの街では有名な話である。ロッポは弟の方が力持ちで、自分よりも役に立つと豪語している。実際はただの弟想いで、フトッロもそれをわかっているからスキルを手に入れてからというもの、妙に空回りがすぎるのだ。貴族からの罰が下る可能性があったにも関わらず、彼ら兄弟はパメラ達のために声を上げてくれた。同じ街で生まれ育った幼なじみ、最近は虫の居所が悪いだけで、別に彼らだって悪いやつでないことはわかっている。


 とはいっても、八つ当たりされる側はたまったものではない。テディオは功労者でもある兄弟二人の食べっぷりを微笑ましく見ているものの、次に喧嘩を売ってきたら、やるべきことはやってやろう、とパメラは考えている。具体的には拳を使って。


 パメラが役に立たない、ということはパメラ自身が一番に思いこんでいたから、強く抵抗する気力がなかった。でも、これからは違う。


「ふんぎゃっ!?」


 近づいてきたパメラを見て、フトッロは猫のような声を上げた。別に何をするつもりもなかったのだが、思わず反射的に叫んでしまったらしい。そしてさらに反対にはジャンがいる。こちらも特に意味はなく、周囲の様子を確認していただけのようだ。「みぎゃっ!?」今度はロッポが飛び跳ねて叫んだ。


「悪かったよ、悪かった! これからはパメラをからかわない! 馬鹿なことをしない!」

「別に、何も言ってねぇけど……」

「ジャン、お前はたまーに見える目が怖いんだぁ!」


 フトッロが悲鳴を上げたあとに怯えているのはロッポである。とはいえ、彼らにも思うところがあるのか、「……あのカルーバル……って人は偽物だったけど、そのふりをしていたやつを見てたら、馬鹿らしくなったんだよ。金のためにって、自分のためにって自分しか見えてなかった。汚い大人だと思った……」とぽそぽそとロッポは呟き、こくりとフトッロが頷いた。


 フィーナは、ふうん、と兄弟の様子を窺っている。


『この子達、八つ当たりってことは何かうまくいかないことでもあるの? スキルを手に入れてなんとかできると思ったけれども駄目だった。それで自棄になっていた、というところ?』

(するどいね。二人は穴掘りと怪力で採掘に特化したスキルだったから。街を以前と同じように活性化させるために、宝石の金脈を掘り当てようと必死なの)


 とはいえ、そう簡単にいく話ではない。出てくるものはなんの価値もない鉱石がせいぜいで、ルネがパメラの誕生日のために持っていたアイアンローズも、二人の掘り残しの後から手に入れたものだろう。兄弟達のがんばりはクローディンスの街では有名な話だ。とはいえ、誰もかれもがとっくの昔に諦めているので、期待しているものはいないのだが。

 パメラの疑問に心の中で返答していると、どうにも視線を感じた。見ると、ジャンがじっとパメラを見つめている……ような気がする。前髪が長くて、やっぱりよくわからない。


『まあ、随分廃れている様子だものねぇ……。この孤児院も経営が苦しいようだし、今日だってなんとか食べるものを調達しているけれど、それも街の住民達が持ち寄った分も合わせてなんとか虎の子を使っているというところかしら。カルーバルが消えたところで、お金という最大の問題は何も解決してないわね』


 とても耳が痛い。幸せになるためにはお金がいる。いくら自給自足を頑張ろうと限界があるし、もとは採掘のためにできた街だ。商売をするにも、作物を育てるにも立地が悪く、別の街に行くにはあまりにも遠い。そして幼い子供も多い。重なる貧困はさらなる不幸を生み出していく。吐いた溜め息は飲み込むしかない。今すぐに、どうにかしたい。そう願って、行動したいのに、身動きすらもとれない。


『ふうん……』


 不思議なことに、フィーナは鼻をひくつかせた。すん、と匂いをかいでどこか遠くを見やる。以前にも見たことがある仕草だ。それは、この街には宝石がない、とパメラが伝えたときだったか。


『まあ、とりあえず。そこのふとっちょとのっぽ。それ以上食べたら豚になるわ。今すぐ強制的にパーティーの参加は終了よ。首根っこをつかんで、そう説明してやりなさいな』



 ***



「なんだよう、なんだよう、なんなんだよー!」

「いいいい今までの仕返しってことかよ、このやろう、このやろう! 受けて立ってやるよ、弟の分も俺がぼこぼこにされてやらぁー!」

「しないし。しかもやられる前提なのはなぜなの。さすがに反省しすぎでしょ」

「…………」

「そろそろ暗くなってくるよう、帰ろうよう……」


 日も落ちてくる夕方、パメラを先頭に山の中を歩いて行く。ロッポ、フトッロ。そして特になんの発言もしないで、黙々とついてくるジャン。来ないでいいといったのに、ジャンの服を握りしめてびくびくと怯えながらルネもくっついてくる。


『こっちね。うん、こっち』


 実はパメラのその先にはフィーナがいた。すんすん、と匂いをかいではするりと進む。足がなくて浮いているものだからとにかく速い。だんだん息が苦しくなってきた。夜の山はなるべく歩くな、と言われるのはモンスターが出やすいからだ。とはいえ、ここ数年の間、クローディンスの街にモンスターが出ることはなく、街の外を探索している治安隊からも一体の姿もないという。


 ちらり、とパメラはジャンを振り返るように確認した。誰のスキルかは知らないが、ありがたいことだ。

 ジャンはあいも変わらず淡々とした様子で、ルネにひっぱられる歩きづらさをものともせずにざくざくと無表情のままに進んでいる。多分。口元しか見えないけど。


 夜になるとぽつ、ぽつと天気蛍がお尻を照らして道を教えてくれる。彼らは一度作った道は変わることなく照らしてくれるので、山歩きにはありがたい存在だ。


「ねぇ、パメラ、どこまでいくの……ううん、どこに行くの?」

『ああ、ここね』


 パメラにだってわからない。ついてこいと言われただけだから。でもやっと目的地にたどり着いたようだ。


「……岩肌だな」


 ジャンがぽつりと呟いた。

 なんの変哲もなく、この程度ならばどこにでもあふれている。「……で?」『掘りなさい』「一体なんなんだよ、ほんと」『力の限り! そこの兄弟! さあ、持てる力の限りで!』「そろそろ帰ってもいい? お腹へった」 フトッロとロッポ、そしてフィーナが同時に話すものだから、頭がおかしくなってしまいそうだ。


「あああああ、ううううう、フトッロ、ロッポ、掘って! ここ、掘ってー!!!」


 なのでがんがん響く頭を押さえつつ、叫んだ。何を言っているんだ、という顔はわかる。本当にわかる。でも、隣に立つ幽霊が必死に叫んでいるので、パメラも同じく伝えるしかない。

「よくわからんけど、まあ、ここまで来たんだしなぁ……」とフトッロはぐう、となるお腹をさすりつつ、「フンッ!」 勢いよく腰を落として、左手で手刀を作り、右手は腰につけて引いた。いきなりだったので、スコップなんて持ち合わせていない。「デリャッ!」 対してロッポのスキルは土を柔らかくするスキルだ。弟の怪力スキルと合わせて、莫大な威力を発揮する。


「土、ふにゃふにゃ!」

「穴、ほりほり!」

「「スキル! 兄弟穴掘り拳!!!」」

「えっ、そんな掛け声だったの?」


 思わず空気を読めずにパメラがつっこんでしまった。


 爆裂音が炸裂し、もうもうと立ち込める土埃に、ルネとパメラは大きくくしゃみを繰り返した。ジャンは腕を組みながら、様子を窺っていたが、思わず大きく目を見開いた。土煙の中から静かに光り輝いたものは決して空に昇り始めた月の輝きだけではない。ロッポのスキルで柔らかくなった土の中から、宝石の原石達がとろりとこぼれて山積みに変わっていく。

 文字通り、ぴかぴかだった。


「な、ななな、な……!!!」


 掘ったフトッロが、一番驚いていた。そして自分の手の平を見て、「スコップじゃなくて、よかったぁーーーー!!!」「たしかにスコップだったらぼろぼろだったけど……!」 ぶるんぶるんとほっぺのお肉を震わせながらフトッロはほろほろと泣いていた。


「なんでここにこんな原石が……いや、そもそもなんで、ここにあるってわかったんだよ!」

「え、ええっと……うん、勘?」

「もう勘でもなんでもいいけどさぁ!!」

『ふん、この街に来たときからまだまだ宝石が埋まっていることなんて匂いでわかるわよ』


 むふん、とフィーナは猫のような口元で自慢げだが、もちろんそんなことは言えない。

 パメラの肩を掴む勢いで問いかけるロッポに、視線をそらしながら思わずくるくる人差し指を動かして適当すぎる言い訳だった。

 宝石の街であった当時のことを記憶にすらとどめていないルネは、ぺとりと腰を抜かしていて、ジャンは相変わらず無言のままだ。おいおいとフトッロは涙をこぼし続けている。もうどうしたらいいのかわからない。


「すごいよ、お前、パメラ。あんな一人で、ルネとテディオさんの無実を証明して。こんなものまで見つけて……!」

「いやあ、なんというか、うう、えっと」

『あなた、ロッポ? 泣いてる場合じゃないわよ。この街から宝石が採掘できなくなったのは、消えたのではないわ。石達が逃げたのよ。杜撰な数を求める採掘は石達の環境を破壊する。あなた達鉱山を掘るもの達が、もっともっと石を理解して、愛しんで、我が子のように扱わなければいけないのよ』


 ロッポはパメラの肩を掴みつつ、がくがくと揺さぶっている。ロッポにはフィーナの声などもちろん聞こえやしないのだ。

 それでも、パメラは思わずにはいられない。


『この街の山は潤沢な魔力を帯びている。宝石を作るためには最高の立地よ! 私、もったいないことは嫌いなの。眠っている原石をそのまま放置させる? ああ、信じられないわ!』

(なんというか、はは)


 力なく笑って、考える。何もかも、規格外。そして。


『……さあ、馬車馬のように働きなさい! そして宝石を、どこまでもきらびやかに光らせるの! 世界を美しさで覆い尽くすのよ――もちろん、“私のため”にね!』


 ……この、悪女め!


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悪女は死んだ! ……はずだった 雨傘ヒョウゴ @amagasa-hyogo

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