第10話 祭り

 


 ***



 結論から言えば、本物のカルーバルはすでに死去しており、パメラ達にカルーバルと名乗った商人は王都に連絡をとったところ間違いなく別人とのことだった。空間転移という強力なスキルを持ったあの男はそこそこ名の知れ渡った野党で、すぐさま王都に連行され、今度こそ本物の裁判にかけられることになるのだろう。


『盗んだ宝石をまとめて売り捌く、だなんて本当に呆れてものが言えないわね』

「うーん……」


 ぷりぷりと苛立たしく頬を膨らませているフィーナを見上げながら、パメラは皿の上のスバゲッティーをくるくるとフォークで回している。


『けれども、まあ。その宝石自体も、もうすでにどこにもないんですけれど』


 うふふ、お上品に笑っているように見えるが、言葉の意味を知っているパメラとしてみれば、とにかく悪い顔をしているように見える。


 ――いえ、そもそも本当に宝石を持っているのか。まったく不思議ね!


 パメラとなったフィーナがカルーバルのふりをした男を追い詰めた際に、さらりとフィーナが付け足していた言葉だ。これを叫ぶことで、彼女はさらに男の罪を増やした。偽証、という名の。

 宝石を詰めている、とカルーバルが主張していた鞄の中は、ただの空っぽ。実際に彼が持っていたはずのものは、ルネのポケットにつめたブローチ一つだけ、ということになってしまった。つまり、たんまりと宝石を持っているという証言こそも虚言であり、偽の商品を売りつける手筈となっていた……ということになってしまった。


 そのことを追及された際に、カルーバルは顔を真っ青にして鬼気迫る勢いで否定した。けれどもすでに罪を重ねていたものの言葉など、誰が聞くわけもなく、結果としてないものはない、とカルーバルの主張は捨てられることになってしまった、のだが。


『ああ、とっても甘くておいしかったわぁ!!!』

「まじまじデーモン……」

『何かおっしゃって?』


 宝石を盗んだ犯人は、パメラの頭の上で高笑いする彼女である。そう、宝石を“食べた”のだ。パメラの腕に宝石を食べさせたように、自身のスキル【強奪】を使用して。

 テディオが連行されてからしばらくパメラの姿が見えなかったのだが、そのとき美味しくいただいてしまったとか。スキルを使用すれば、宝石の場所がわからないわけがない。なんせ、フィーナを呼んでいる、とかなんとか。


『だって、もともとは私のものなのよ? 大方私が眠っている間に私が入っているネックレスごと盗んだのでしょうね。私の筆跡とは違っていたもの、証文も偽造でしょう。いくら私が興味がない者は忘れてしまうとはいえ、私が誰かに宝石をあげる、だなんてそもそもあり得ない話だわ。盗まれたものを奪い返しただけ……ねえ、それどこが悪いと言うの?』


 そう、うそぶいている。

 こうしてカルーバルに盗まれたネックレスの一つは、フィーナが“宝石の中で”くしゃみをした瞬間に鞄から飛び出してしまい、路地裏に落ちた。在庫の管理もできていなかったことから、カルーバルは落ちたことに気づきもしなかったのだろう。

 知らず知らずのうちにネックレスをパメラが拾って、物語が始まった。一体フィーナがどこからやってきたのかという疑問は紐解けたとして、フィーナに対する恐怖はとどまるところを知らない。他人のことなどどうでもいいと罪悪感の一つもなく笑い、宝石の甘さに舌鼓を打つ姿は本当に間違いなく、悪女と言われるものに他ならない。


 彼女は自分が楽しければいいのだ。他人などどうでもいいし、ほしいものは奪う。死んだ後もこの世を楽しみたくて、幽霊としての生を【強奪】する。自分自身が死んでしまったことすら楽しむことを前にすれば何の問題もない。

 スキルとは血で継がれるもの以外にも、本人の本質を表すものとするならば、フィーナはすべてを奪うものだ。


 パメラはただ静かに息を飲み込み、フィーナを探るように盗み見た。彫刻のようによくできた横顔だ。真っ白な肌はまるで作り物のようで恐ろしささえも感じる。


「…………」

『それはそうと』


 なのに、フィーナの眉がぐいっといぶかしげに動いた。『これ、なんのお祭り騒ぎ?』 指を差して不思議そうに。作り物の美などどこにもなく、彼女は生きて、動いている。いや、死んでいるけれど。


 フィーナが指さした先は孤児院の庭で、どんちゃん騒ぎをする大人や、子供達だ。青い空の下でありったけのテーブルを出して、木と木の間にはカラフルなフラッグを垂らしていて、孤児院の人間以外にも、街の住人達が持ち寄りで食事を持ってきている。今日ばかりはとテディオも張り切り、見栄えのする料理を作っていた。パメラが先程から食しているスパゲッティも彼の手作りである。


「うん、私の誕生日会だよ」

『……ンン?』

「あっ、ルネと神父様の無罪祝いも含めてだから、かなり大規模になったかも……?」

『そうじゃなく。あなたもうスキルを得ているんでしょ? スキルを得るのは十二歳の誕生日。いくら裁判で日にちがずれたからと言って、おかしいのではない?』


 疑問を投げかけた後で、『ああ、十三歳の?』とフィーナは一人で納得している様子だったが、ちゅるちゅる、とすすって、もぐもぐ、ごくんと食べた後に、もちろん首を振った。


「いいや、十二歳で合っているよ。だって私、“自分の誕生日を知らなかったもの”」


 実際の誕生日を知らなかったからテディオと出会った日を暫定としていたのだ。だから今更変わるのもおかしくて、これからも春の日を生まれた日とするのだろう。


「神父様達が冤罪をかけられた日、本当はあの日にする予定だったんだよね。だから、フィーナが言っていた神父様の服が白い粉で汚れていた、というのは宝石を保管する際に使用するための粉ではなくて、ただのふくらし粉じゃないかな。誕生日には、特別に甘いパンを焼いてくださるから」


 きっと今から出てくるんじゃないかな、とパメラは嬉しそうに口元をほころばせている。

 フィーナはテディオがルネに宝石を盗むように指示した人間だと語ったが、それはただの思いこみでパメラは語るまでもなくわかっていた。さらに、今はパメラの首には可愛らしいバラをかたどった小指の先ほどの黒石がネックレスとして提げられていた。


『アイアンローズ、ね……』

「ん?」

『あなたが先程ルネから渡された石の名よ』


 フォークをくわえたままパメラは瞬いたが、フィーナの口調は少々苦々しい。これも、フィーナの推理を否定するものだった。


 ――プレゼントはちゃんと準備してるから! 枯れない花だよ。


 ルネはパメラに誕生日プレゼントを準備していた。枯れない花、というのは盗んだブローチだと主張していたものの、蓋を開けてみればただのありきたりな鉱石だ。珍しい、と言えなくもないが、高値で売り買いされるほどのものではない。鉄が自然とバラの花びら状になったただの鉱石なのだが、黒く磨かれた輝きにも美しさをフィーナは感じていた。うっそりと瞳を細め、口もとからは甘い吐息がこぼれてしまう。


『……つまり、全ては私の思い込みだった、ということね』

「仕方ないよ。だってその日が私の誕生日だということはフィーナは知らなかったんだもの。フィーナにとって知らない情報を使って推理しろというのは無茶な話だよ」

『とはいっても、カルーバルが偽物だということも、正直なところあなたがあの日、裁判で無罪を主張しなければ考えもしなかったことよ。汚いものは見ないようにしているの。あの男は目に入れたくもなかったわ』


 フィーナの思考を外に追いやるほど、ダサすぎたということだろうか。それはそれで、とパメラはなんともいえない気分になりながら、もそもそとスパゲッティの最後を口にする。


『すっかり忘れていたわ。私、そういえば人を見る目がないのよね。だから毒殺されたんだもの』

「ん、……んん!?」


 思わず飲みかけの何かが喉に詰まった。フィーナが幽霊、ということは死んだ原因があるということだが、幽霊というには存在感がありすぎて、深くまで考えていなかった。初耳な事実にパメラは目を回してしまいそうになったが、そんなことは気にせずフィーナは続ける。


『空間移動のスキルというのも、よく思いついたものね。目の前でポケットから出たんだもの。私なんて疑う気持ちもなかったわ。いいえ、ルネもテディオも、そもそも信じる気すらもなかった……と言えばいいのかしら』

「それは……フィーナが、よく扇を手のひらから出すでしょ。びっくりして、最初はスキルなのかなって思ったから……」


 きかっけがなければパメラだって思いつきもしなかった。フィーナは独り言のように呟き、長いまつげをわずかに伏せて考え込んでいる。


『……パメラ。あなたは私とは逆に、とても人を見る目があるのね。家族のような親しい間柄とは言え、二人のことをあなたは最初から疑いもしなかった。私はそれをただ思考が停止しているだけの愚かな行為だと思ったし、つまらない、と言ってしまったわ。でも、違うのね。あなたは人を信じる才能と、強さがあるのでしょうね』


 どんちゃん騒ぎの声はどんどん大きくなるばかりだ。誰かがお酒を持って来てしまったらしい。パメラは主役ではあるけれど、今はフィーナと楽しみたい。そんな思いで、パーティーの会場となる孤児院の庭の外れに立って様子を見ていたけれど、楽しげに騒ぐ声はそこまで届いて、笑い声は止まらない。


『スキルはその人の本質を表すわ。あなたの未来予測は、周囲に目を向け、自分や、他人の幸せを願う優しさを願う気持ちの表れなのでしょうね。ええ、ええ。つまり、つまりよ』


 ここに来て、わずかに難しい顔つきでフィーナは睨むように騒ぐ人々を見た。と、思うとよく見れば頬が赤い。照れたように、恥ずかしそうに、けれどもはっきりと。


『あなたの生き方は決してつまらなくはない。……どうか、謝罪させて』


 フォークを握っている馬鹿みたいな手のひらを、握りしめられた。嘘だ。そんなわけがない。彼女は幽霊で、するりとパメラの手を通り抜けていく。冷たくて、温かい。一瞬で通り抜けた春の風はフィーナの柔らかな巻き毛をふわりと揺らした。きっと、それも錯覚なのだろう。けれども不思議なことに胸の底が熱くなる。誰かの幸せを願って、力ばかりが足りなくて、未来をちょっとしか見ることができない、ちょっとのパメラ。それを一番理解して、侮蔑の言葉すらも納得していたのはパメラ自身だ。


 唇を噛み締めた。そうやって喉の奥からせり上がる感情を、飲み込む。なんとか泣かずにはすんだ。でもきっと、顔は大変なことになっていた。「はい」 どんな返答だ、とパメラ自身も思ったけれど、一つでもこらえが外れてしまったら、絶対に泣いてしまうと思ったから。


『へちゃむくれなお顔ねぇ!』

「ぎゃあ!」


 出会ったときと同じようなことを言われて、ずびしとおでこを弾かれた。痛くはないけれど、びっくりはする。

 だからおでこを押さえて、へへ、と笑った。

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