終話 婚姻と後日譚

 アルトゥール・ガルトナーと、アレクシエラ・ヴァルドマンの婚姻は、婚約からわずか四ヶ月たらずで執り行われた。


 身内だけでも充分な人数が参加を希望し、周りからの数々の要望に、二回目の打ち合わせで

「もう面倒だから、披露宴はしなくていい。式も二人で適当にするから」

とアルトゥールがしぶり始めた。

「私もそれでも…」 

とアーレも言いかけたが、そんなことをガルトナー家の女性陣が許すわけがなかった。

「アルトゥール、そんなことが通じるわけないでしょう? ガルトナー家の一員でありながら、お披露目をすることの意義がわかってないのかしら」

 アルトゥールの祖母、前伯爵夫人エレオノーラが孫に向かって冷たい笑みを向けると、

「そんなに待てないなら、ガルトナー家の総力を挙げて、三ヶ月以内に準備を整えましょう。皆様、できますわよね?」

 アルトゥールの母にして現伯爵夫人マルガレーテが声をかけ、父の妹であるクラリッサの母ヴァネサが、

「もちろんですわ。このウルブリッヒ家をなめていただいては困ります。お話を伺った日に既に衣装の布は抑え、お針子も抑えております。新作のレースももう届く頃だわ。花嫁だけではありません。皆様の礼服、ドレスに至るまで、全て準備させていただきます」

 「ね?」と同意を求められたウルブリッヒ家の男達も、笑顔で応じる。少し口元をひくりとさせた者もいたかもしれないが、だれもが見ない振りをした。

 アルトゥールの姉であり公爵夫人となったコンスタンツェが

「ガルトナー領の農園だけでなく、王城の農園、牧場からも食材提供のお話がありましたのよ。長年、ベネディクト様の護衛をしていたんだもの。ベネディクト様もアルトゥールのために協力したいとおっしゃってくださってるのよ。無碍にはできないわ」

と笑顔で答え、さらに国王も何かお祝いをしたいとほのめかしていることを告げる。

「婚姻の指輪も、アクセサリー用の宝石の手配も問題ございません。どんな石でも、お好きなものをお選びください。教会側の協力も取り付けております。日程の調整はお任せください」

 現伯爵家嫡男であるアルトゥールの兄の嫁マルティナも、余裕綽々で微笑んだ。

 いとこのクラリッサも

「フリーデにお花を頼んだら、大喜びだったわよ」

と言った具合に、有無を言わさぬ笑顔で周りの女性達が半ば強引に計画を進め、同席していた男達も、まあ何とかなるだろうということになった。


 ガルトナー伯爵は奥方から笑顔で報告を受け、金銭には糸目をつけず、口出しもしない太っ腹なスポンサーとなった。

 嵐のように準備は進められ、時々アーレの意向は尋ねられるものの、アルトゥールの趣向は身内の見立てで反映されたがそれがまんざら外れでもなく、本当に二回目の打ち合わせから三ヶ月後に式を執り行うことができた。



 式の打ち合わせから早々に逃れたアルトゥールは、新しく住む家の手配に時間を費やした。

 森に近い街の一角にある家を手に入れて改装し、それとは別に森の中にはアーレの家があったところに今より少し大きな家を立て直し、残りの家は取り壊して更地にした。

 取り壊された他の家はどれもアーレが住んでいた家よりも人の住む家らしく整えられており、特に一番奥にあった比較的大きめの家は平屋ではあったが部屋も数部屋あり、何人かが共同で住んでいた形跡があった。

 うちの一部屋には他の部屋と比べても格段に上等な壁紙が貼られ、厚い絨毯が敷かれていた。

 家の中にはそれなりに質の良い家具や寝具、名のある食器に日用品、駒の不揃いなチェス盤や弦の切れたヴァイオリン、倒されたイーゼル、酒やたばこなどの嗜好品の残骸も残されていた。それらは全てアーレの目に触れる前に処分された。

 畑も整理して自分たちが管理できる範囲で整え、馬小屋も整備し、時々別宅での生活を楽しんだ。



 アーレの希望を受け、年に一度はウィンダルのヴァルドマン家を訪れるようになった。

 竜に話を聞くと、二週間ほどなら気にならないと言うので、二週間を期限にし、行く時は必ずアルトゥールが同行した。

 そうしないうちに竜もつがいをみつけると、森の魔女の不在も気にならなくなったようで、ある程度自由に旅を楽しむことができるようになった。


 王家と婚約が結べなかったことについてはヴァルドマン家にさほど咎めはなく、相手死亡によりやむなしということであっけなく終わっていた。第三王子は自国の有力な貴族と婚姻を結んで臣籍となり、旧アインホルン領を拝領していた。

 祖父ロベルトが生きている間、ヴァルドマン家への訪問は続き、ロベルトがいなくなると安全のためにもウィンダルヘ足を向けることは控えたが、手紙を通しての交流は続いた。



 自宅の庭の小さな花壇であっても、森の畑であっても、王城の農園であっても、アーレの祈りは緩やかに広がり、森を越え、竜の住む洞窟に、広大な麦畑に、果樹の実る山に、人々の庭にその力を届けた。

 ヴァルドシュタットでは、森の魔女が祈る間、例え天候に恵まれない年であっても民が飢えることはなかった。


 やがて竜は卵を抱き、次の世代を育む。

 森では新たな主となった木に力が満ちる。

 アーレも母親になり、息子には魔法の使い方と剣を学ばせ、娘には大地の祈りの「まじない」を伝えた。


 長くは生きられないと言われていた「ヴァルドマンの魔女」でありながら、アーレは五十五才まで生きることができた。

 夫アルトゥールと出会って三十八年目、家族とともにアルトゥールとの永遠の別れを見届け、葬儀を終えた日に「祈りに行く」と言ってでかけたまま、夜になっても戻ってこなかった。

 細く青白い光が森に射し、家族は急ぎ光の元へと駆けつけたが、アーレは森の朽ちた大木にもたれたまま、目覚めることのない眠りについていた。

 その手には、生前大切にしていた木でできた腕輪が握られていた。

 編み込まれた木はとこどころほつれ、かつて書かれていた呪文の文字は読むことはできなかったが、天に向かって細い光を放ち、家族をアーレの元へと導いた後、光はゆっくりと消えていった。

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Agri-Witch 河辺 螢 @hotaru_at_riverside

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