赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
1
ピキッ
お腹で音がした。
「あ、うごいた。わたしの赤ちゃん」
嬉しくて、思わず、ベッドでぴょんぴょんとび跳ねる。
「アリシア様、おやめなさい」
怖いメイドが、にらみながらわたしの腕をつかんでくる。
爪があたって痛い。私の爪はいつも噛んじゃうから、伸びてないから痛くないのに。
メイドの爪は赤くて長い。
「いたいっ。
いたいのいや、いやだ〜」
大声で泣き叫ぶとようやく手を放してくれた。
「ベットで跳びはねると赤ちゃんが落ちてしまいます。今日は伯爵が領地から来る日なので、きちんと妊娠中の姿を見せる必要があるのです」
「パパがくるの? やったぁ。お土産にクミンの実をいっぱい持って来てくれるかな」
真っ赤でビチョビチョの甘いクミンの実は大好き。毎日食べたいのにこのお家じゃ食べれないの。でも、パパがいつも持ってきてくれる。
「きちんと妊娠姿を伯爵に見せることができたら、ごほうびにしますよ」
「うん、アリーとガイの赤ちゃんって、ちゃんとパパに言うね」
早く生まれないかなぁ。ドレスの下から手をつっこんで、すべすべの卵を触る。
いつもは冷たくて、お腹が痛くなっちゃうけど、今日はあったかい。もうすぐ生まれてくるんだね。ヒビが入ってるかも。
取り出して見ようとしたら、また腕をつかまれた。
「取ってはだめです。赤ちゃんが死んでしまうでしょ。ドレスをまくるのもだめです。はしたない」
「ええーっ。じゃあ、どうやってパパに赤ちゃん見せるの?」
「ドレス姿を見せるだけで十分です。お腹が膨らんでるのが分かりますから。ああ、触らせてはだめですよ。赤ちゃんが壊れるかもしれないですから」
「うー。やだぁー。こわれちゃだめ」
我慢しなきゃ。お腹にくっつけてるせいで重いし、動きにくいし、走れないし。でも私の赤ちゃん、パパも喜んでくれるかな。
赤ちゃんのためって言われても、一日中部屋にいるのはつまんない。
こっそり部屋を抜け出して、ガイに会いに行こうっと。
怒られるかな。
ううん。今日はパパが来るから平気かも。
パパがいると、ガイはアリーのこと、お姫様って言ってくれるの。大切な妻だって。
でも、ガイがお婿さんになってから、優しいメイドはみんないなくなっちゃった。一緒にお人形遊びもしてくれないし、絵本も読んでくれない、意地悪なメイドばっかり。
最近は出てこないけど、一番意地悪なのは、赤髪のメイド。いつもアリーのこといじめるの。
「!」
こっそり部屋に入ったら、あのいやなメイドの声が聞こえてきたので、慌ててクローゼットの影に隠れる。
「あのお嬢様は本気で卵から子供が産まれると思ってるの?」
「ああ、宝物庫に入ってたドラゴンの卵を渡したら、喜んで温めてたぞ」
「でも、カイザール辺境伯は、本当に娘の腹部を見ただけで妊娠してると思ってくれるかしら」
「戦うしか能がない男だからな。おれが、本当にアリシアを愛してると思ってるくらいだ。爵位が手に入るのじゃなかったら、あんな頭のおかしい女と結婚するわけないのに。おれたちの子が生まれたら、あいつの子供だってことにして、この家はおれたちのものだ」
「ふふっ。悪い男ね。でも、頭はアレだけど、顔はかわいいじゃない。くやしいけど。…ねえ、いっそのこと、産後病気になったことにして、あの女始末しちゃえば」
「おまえこそ悪い女だ。まあ、それもいいかな」
赤髪のメイドがガイにキスしてる。口と口のキスは、夫婦じゃないとしちゃダメなのに。アリーも結婚式の一度だけしか、ガイとしたことないのに。
二人の話は難しくってよくわかんない。でも、赤髪のメイドも、卵をおなかにいれてるんだ。
どうして?
結婚しないと赤ちゃんできないんじゃないの?
よくわかんない。
そっと、音をたてないように部屋からでた。
リハルトがいたらいいのに。
アリーにいつも優しくしてくれたリハルト。
結婚するならリハルトがよかった。
よくわかんないけど、ガイはアリーのこと好きじゃないかんじ。
リハルトは魔法を見せてくれるし、アリーのことバカって言わない。
「ううっ。うぇーん」
リハルトを思い出したら悲しくなってきた。
パパと一緒にお山のお城で住んでた頃、しばらく一緒に暮らした男の子。
会いたいよぉ。
ピキッ
廊下で座り込んで泣いていると、また卵が割れる音がした。
「赤ちゃん…」
おなかを押さえて、急いで、自分の部屋に戻る。
そうっと、卵を取り出して見る。
「あ!」
卵が急に熱くなって、金色に光りだした。
まぶしくて目をつぶったその瞬間。
頭の中に、いくつもの映像がパラパラ降り注いできた。
ドラゴンの生まれる時、浄化と癒しの光があたりを照らす。
無事に生まれるために、周りの環境をよくするためだって言い伝えは真実だったのね。
頭の中のもやが解消されると同時に、私はすべてを思い出した。
アリシア・カイザール辺境伯令嬢。悲劇の令嬢。
カイザール家の婿養子ガイウスが浮気相手のメイドとの子供を跡継ぎにしようと企み、アリシアは殺されて、家を乗っ取られる。
生まれてきたメイドの子供、ディートは次期辺境伯として育てられ、ヒロインをめぐってヒーローの王子と恋のライバルになる。しかし、生まれの真実を知ってしまい、ディートは魔王と戦うために一人旅立つ。
ああ、大好きだった小説だ。
この小説の世界に転生したと分かった0歳の時、絶望した。
だって、0歳児はしゃべれない、歩けない、何にもできない。
だのに、母親は死ぬし、父親は魔物退治でいつもいない。
ベットの上で1日中眠ってないといけない。
ずっと側にいる乳母にも疲れた。
頭は30歳、体は0歳。
どうしろっていうの?!
で、まあ、つい神様に祈ってしまったのだ。
物語が面白くなるくらいまで、とばしてくれないかなぁ、と。
それを聞き届けてくれたのかどうか。
ついさっきまで、私、眠ってました。
って、もちろんアリシアは生きてるんだけど、脳がだいぶん眠ってる状態で。
結果、いつまでも子供のような、天使のアリシアちゃんの誕生。いやいや、原作のアリシアってそうだっけ?
いま、ドラゴンの卵の浄化の光のおかげで、頭がすごくクリアになった。
全部覚えてる。
パパが騙されて、ガイと結婚させたことも。
赤髪のいじわるなメイドのメリッサにされた嫌がらせも。
ドラゴンの卵を服の中に入れられて、父に妊婦姿を見せるようにって言われたこともね。
うちの宝物庫に永く眠ってたドラゴンの卵は、私の魔力を帯び続けたせいで、もうすぐ孵るのだ。
私、魔力がめちゃくちゃある。なんせ、かつて、東の魔女と呼ばれた母を持ち、南の凶戦士と呼ばれる辺境伯を父に持つのだから。有り余るほど。
まあ、今までは意識が半分眠ってたせいか、魔力なしと判断されてたけどね。
と、いうわけで、殺されそうになったおとしまえ、つけさせてもらいましょうか。
メイドが呼びに来たから、おとなしくついていく。
部屋に入ると、父の辺境伯が私の膨らんだ腹部を見て、驚きの声を上げた。
「いや、いや、まさか、しかし、いや、いや。早すぎないか?」
「お父さんっ。愛するアリーと私の愛の結晶がもうすぐ生まれるのです。辺境伯の跡継ぎです。お喜びください」
ガイが私の手を取って、満面の笑顔を父に向けた。
手を振り払いたい。
そりゃあ、ガイは侯爵家の三男で、甘いマスクで、社交的で、脳筋の父は簡単に騙されたと思うよ。
でもさ、辺境って言ったら魔物退治ってことだのに、こんなへなへな軽薄男を婿にしてやっていけるの? 魔物の一匹も殺せないよ。
「パパぁ。アリーね。もうすぐ赤ちゃんうまれるの」
ぱっとガイの手を振り払って、父に抱き付く。
「あ、アリーあぶないよ」
偽装妊娠がばれると焦ったガイが引き戻そうとするけど、父から離されないように、踏ん張って、服の下に入れた卵を父に押し付ける。ヒビの入った卵は火傷しそうなほど熱い。
あと少し魔力を加えると生まれるはず。
ピキッ、ピキピキ
ほらね。
私に不足していた炎の魔力を父から吸い取った卵は、孵化しようと割れ始めた。
「な、なんだ!」
顔色を変えた父と夫に、にっこり笑って、
「私、ママになるのね」
服の下から、割れた卵を取り出した。
それは、頭からぴょんと飛び出し、羽を広げ、私を見上げてピーと鳴いた。
うわ、生まれた瞬間から飛んでるよ。
トカゲとコウモリを足したような、小さな黒いドラゴン。
結論から言うと、偽装妊娠で家を乗っ取ろうとしていた夫のことよりも、300年以上姿を見せていない伝説の生き物、ドラゴンの誕生に、屋敷中が大騒ぎになった。
騒ぎに乗じて逃げ出そうとした夫のガイと赤髪メイドのメリッサは、私が指示して別室に監禁。
裁判を待つことになった。
「誤解だよ。愛しのアリー。ほら、僕たちの愛の力でドラゴンが生まれたじゃないか。これで僕たちは大金持ちに」
などとほざいているガイの口を部下に命じて塞ぐ。
肩の上でドラゴンが怒ったように「ピー」と鳴く。
うん、夫の愛の力(魔力)は全く入ってません。
白い結婚が認められたら、すぐに夫でもなくなるけど。
まあ、傷物になっても辺境伯の跡取りで、魔力めっちゃあり、ドラゴンも付いてる私の前途は明るいはず。
こんな男はさっさと追い出して、辺境に帰ろうっと。
確か、小説で出てきた失われた聖杯は、うちの辺境領の洞窟にあるんだっけ。ドラゴンがいるから入手は楽勝。
あと、宝剣は近くの山脈だっけ。
登山はめんどいなぁ。
でも、場所が分かってるから、父に行ってもらえばいいか。ガイのことで貸しがあるし。
それから、それからっ。
初恋のリハルトにも会わなきゃ。
「うふふふふ」
思わず一人で笑ってしまった。控えていたメイドがおびえてる。
「ねえ、手紙を書くからペンとレターセット持ってきて」
「はっ、はい」
ピューッと出ていく新しく雇ったメイドの背中を見ながら、思い出す。
幼いころ、辺境領に療養に来ていたリハルト第一王子。
身分の低い王妃から生まれたせいで、側室の親族から命を脅かされていた。
魔力が強くて、人の気持ちが色で見えてしまうため、人間不信に陥ったところ、アリシアに出会って、その裏表なさに癒される。
とまあ、ありがちな不遇の王子。
でも、いい人なんだよなぁ。文武両道でかっこいいし。
みんながアリシアを子ども扱いする中、レディとして扱ってくれたし。
すごく好き。
大好き。
冬になるたび、辺境領へ遊びに来てくれてたけど、私の結婚を機に、臣籍降下して辺鄙な田舎に引っ込んでしまった。
原作ではアリシアの死後、リハルトが冒険者として活躍している時に、主人公たちに出会って、一緒にパーティを組むんだっけ。
いやいや、そんなことしなくても、今から私と一緒にダンジョン制覇してよ。
そうだ、そうしよう。
待っててね。リハルト様。
え、原作小説?
いや、赤髪メイドのメリッサが妊娠中のディートは、孤児院に入る予定だから、ライバルにもなれないし。
ライバルのいない小説は、もりあがりにかけるしなぁ。
ヒーローの第四王子とヒロインは普通に、何事もなくハッピーエンドでしょ。
冒険パートは私とリハルト様でやっときます。
ここからは、私とリハルト様の恋愛小説だね。
赤ちゃんが生まれたら殺されるようです 白崎りか @yamariko
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