閑話 ケルメス視点/守る強さを得るために(後編)

 雪山は、常に俺を試していた。

 結界石を新調したばかりらしく、快適な休憩所のおかげで休む時間はとれた。説明されずとも、この結界石の制作者がオリーブだとわかった。特別な印がなくても、彼女の作ったものは他のものと何かが違う。なんというか、力がみなぎる感じがする。

 

 視界が真っ白になるほどの雪と風が体温を奪う。足がどんどん重くなっていく。防寒コートから寒さがしみてくる。衣類の隙間から雪が入り込んでくる。滑落する可能性があるため被ってきたヘルメットも、心もとない。

 こんな悪天候の中、がんがん進めるのは命知らずの者だけだろう。


 大雪にしか現れない魔獣がいるらしく、数日前から張り込んでいた。

 動物たちが魔力だまりに取り込まれると、巨大化して狂暴化する。冬眠中に目覚めた魔獣は、蓄えていた食べ物がたりなくなると人里におりていく。そのため魔獣が生まれた直後に殺さねばならない。


 今年は例年よりも参加者が多かった。ホリゾン騎士団員も大勢参加したからだ。

 女性騎士であるホリゾン伯爵令嬢も参加していて驚いた。彼女は氷魔術の操作がうまく、氷の壁を作って雪を防いでいた。また士気も高く、騎士団員の中心人物として率いていた。参加者たちの状態確認もしているようで、小屋で休憩していると話しかけられた。


「あなたが今年の最年少挑戦者かしら。あたしはクリスタル。ホリゾン騎士団の副団長を勤めているわ」

「ケルメス・ティリアン。世話になります」

「ティリアンといえば辺境伯爵家かしら。そちらの騎士団の練度も高いと聞いたし、戦闘訓練するしかないわね」


 先にホリゾン伯爵令嬢から手を差し出してきたので、握手をする。

 冬用のグローブが分厚いせいで、手というよりは互いのグローブの感触がした。


「少し前までオリーブちゃんっていう凄腕結界魔術師もいたし、あたしもうかうかしてられないわ。次は必ず勝つ!」

「次は……? オリーブに負けたのか?」

「なあに? 知り合い?」


 共通の知り合いがいるとわかり、ホリゾン伯爵令嬢の話に熱が入る。一対一で歓迎試合を行い、オリーブが勝ったこと。魔力だまりの研究が進んだこと。オリーブは目を離すと壁の花になろうするから、そのたびにホリゾン伯爵令嬢が腕をひっぱって振り回したこと。

 全て想像できてしまって、俺は目を細めた。


「出たぞーーー! ヤツが来たーーー!」


 小屋内に響き渡る大声に、全員が臨戦態勢をとる。

 急いで準備し、大雪が降る外に駆け出した。




★-----------------★



 

 ナイル殿下の卒業パーティに間に合うよう、北部山岳地帯ハクドの交通規制がとかれた直後に王都に帰還した。

 王都にあるタウンハウスに帰ると、両親が出迎えてくれた。二人は北部山岳地帯ハクドの攻略を喜んでくれた。結界魔術師であり守護神として謡われるオリーブの隣に立つべく、努力してきた俺の理解者だからこそ、喜びもひとしおだろう。

 久しぶりに騎士団の正装を着てみると、入団したときにやや大きめに仕立てていた服はぴったりになっていた。身長は高くなったかもしれない。上半身の筋肉も厚くなったかもしれない。下半身の筋肉について触れるのをためらうのは、俺がまだ若いからだろうか。


 卒業パーティの朝、出発前に母上に呼び止められた。


「ケルメス……産んでごめんなさい」


 わざわざそれを言うために声をかけてきたのだと思うとあきれる。ただ母上の気持ちもわからなくはない。

 産んだ子どもが帝国の象徴である、紫に似た色を宿して生まれてきた。大人ならば丸刈りにする選択肢もあるが、生まれたばかりの子どもには強制できなかった。母上は帝国の人間との姦通かんつうを疑われ、一時期的に精神がおかしくなってしまった。俺が前向きに生きている姿を見て、母上はなんとか正気を保っていた。

 母上の言葉に対して、俺の答えは決まっている。


「俺は生まれてよかった。産んでくれてありがとう」


 今回は母上の目を見て言えた。




 ナイル殿下の卒業パーティは天気に恵まれ、式典の後にガーデンパーティが開かれた。

 殿下の計らいで護衛には俺とオリーブ・オーカー侯爵令嬢が選ばれた。

 オリーブは恒例の赤いドレスを身にまといつつ、おはこである結界魔術を殿下を中心に展開している。会場全体も結界魔術で覆っており、恐らく外敵の侵入を防ぐ種類のものだろう。

 彼女は先輩後輩問わず慕われており、彼女を見つけた生徒たちが続々と集まってくる。特に魔術師たちはこの機会を逃してたまるかと鼻息を荒くしてオリーブに詰め寄っていた。


「守護神さまっ、結界石を寄贈してくれてありがとうございます。おかげさまで毎日安心して研究できました!」

「けが人も減ったの! 暴走した攻撃魔術に巻き込まれる人もうーんと減ったの!」

「さらなる秘術を我らに……!」


 数人に同時に話しかけられ、オリーブはあわてていた。卒業生の圧に押され、苦笑いを浮かべながら俺に目で助けを求めてきた。


「すまないが、今日は殿下の護衛なんだ」


 近寄りすぎた生徒に釘をさすと、今度は俺に注目が集まる。


「あ、見つけったっス! 十代で北部の試練をクリアしたって本当っスか!?」

「魔獣の感想を教えてくださいっ」

「剣で切ったとき、どんな感触がしたのかなあ。ハァハァ……魔獣……ラブ」


 オリーブを助けようとしたのに、俺のもとには騎士科の生徒たちが集まってきた。俺が北部の試練を乗り越えた噂を聞きつけてきたのか、武勇伝を聞かせてほしいとせがまれた。最後の様子がおかしそうな人は魔法生物の教師だったような気がする。


 やがて音楽隊の演奏が始まり、集まっていた人々の意識がそれた。


「オリーブ!」


 そのすきを見計らい、俺はオリーブの手をとって逃げた。



 殿下の護衛は他の側近たちがしばらくこなしてくれるだろう。侍従も控えているので、不便はないはずだ。

 音楽に誘われて、ガーデンパーティに設営されたダンス会場にまぎれこむ。

 飲食用のテーブルから少し離れたところにある会場は、踊れるように足元が整備されていた。ダンスホールとは違って手軽に踊れるのも好評で、すでに人々は踊り始めていた。


 邪魔にならないよう会場のすみっこで息を整えていると、隣で長いため息が聞こえた。


「はぁ……耳は二つしかないのに」


 オリーブはだいぶへとへとになっていた。抜け出して正解だったようだ。


「大丈夫か? 休んでいこうか?」

「だ、大丈夫です! ティリアン様、おどりましょう」


 まばゆい太陽のような彼女の笑顔に、つられて自分もほほえんだ。


 踊っている間にたくさんのことを話した。学校を卒業してから今日までの一年間、互いに貴重な経験をしたと確かめ合った。


 ナイル殿下も第一王子として研鑽を積み、立太子も間近だと言われている。婚約者のローズ・シェル嬢とも仲睦まじく、テラコッタ王国の未来は安泰あんたいだ。


 この幸せな時間が続くことをせつに願った。



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悪堕ちする推しにささげる転生人生、無敵つき 楠楊つばき @kurikuri

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