第3話

「アリエル様って社交ダンスできたんだね」


「いえ、やったことないです。今は純粋な身体能力と魔法による強化でお嬢様に合わせてるだけですよ」


「それでもここまで合わせられるなんて……さすがあたしの勇者様だな」


 アリエル様と踊ってるとつい恍惚とした気持ちになる。多分あたしは浮かれすぎていたんだろう。アリエルの様子がおかしいことに気付いたのは一曲が丸々終わったころだった。


 一見、今のアリエルにおかしなところなんてない。でもよく見ると呼吸が苦しそうなのを我慢してるのを無理やり魔法のオーラで誤魔化してるのに気づいた。たぶん、一か月間ずっとアリエルを見てきたあたしじゃなければ気づかないくらい、よく誤魔化せてる。でも、これ以上無理させたら――アリエルが壊れちゃう。


 ――なんで気づかなかったのよ、あたし! あのアリエルがこんな女の子みたいな格好して、知らない女の人がたくさんいるところで平気なわけないじゃん。


 そう自分を責めたくなるけど、それはあと。


「アリエル様、ちょっと来て」


 そう一方的に言って、困惑するアリエルをあたしは無理やり会場の外へと連れ出す。周囲があたし達をどう見ていたかなんて、気にする余裕なんてなかった。




 月光の下で二人きりになると。アリエルは即座に地面にバタッと倒れ込んで過呼吸発作を起こし出す。


「ご、ごめんなさい、お、お嬢様。ぼ、ぼく、ちゃんとお嬢様の理想の女の子ができなくて」


 症状が少し落ち着いてから。弱弱しくそんな謝罪をしてくるアリエル。


「そんなことどうでもいいわよ! なんでこんな無茶なことしたの? 」


「そ、それは……お嬢様が、こっちのぼ……わたしのことが好きだって聞いたから、です」


 アリエルの説明にあたしはつい、こめかみに手を当てちゃう。どうせアリエルの先輩執事に付けたエミリあたりが口を滑らせたんだろうな。そのことを話したらアリエルが気にすることは分かりきっていたから、言わないようにしてたのに。


「そんなことのためにこんな無理をして、ボロボロになったっていうの? 気にする必要なんてないのに」


「ち、違うんです。わたしは、お嬢様のことが、その……す、好きになっちゃって、お嬢様に振り向いて欲しかったんです! 」


 思いもよらないアリエルの告白にあたしは暫く呆然としちゃう。


「お嬢様にもわたしのことを好きになって欲しい、お嬢様と相思相愛になりたい。そのために今のわたしができる精いっぱいが、お嬢様が好きになってくれた昔の自分に近づくことだったんです。元通りにはなれないけど、好きな人のために頑張って、少しでも自分を変えたい。その思いって、そんなにいけないこと、ですか……? 」


 あたしの恋したアリエル様だったら絶対やらなそうな、うるうるした目で見つめてくるアリエル。その言葉はあたしに自分自身のことを思い出させる。


 あたしも、昔のあなたに近づきたいって魔法が上手く使えるように頑張ったんだよ。貴族の跡取りだから、っていう以上に、あなたに振り向いて欲しかったんだよ。だから、好きな人のために努力して、自分を変えたくなる気持ちはあたしにだって痛いほど分かるよ。でもね。


 そこであたしはアリエルの手を取る。


「あたしのことを好きって言ってくれて、ぼろぼろになってまであたしのために変わろうとしてくれるのは正直、すっごく嬉しいよ。でも、それでアリエルが苦しそうにしているのを見るのは嫌だな」


「ご、ごめんなさい、今度はそう言うのお嬢様の前では隠せるように、もっと練習し」


「そう言うことを言ってるわけじゃないのよ」


 子供をなだめるようなあたしの口調にアリエルは口をつぐむ。


「確かにあたしの初恋相手が帰ってきてくれたらあたしはめちゃくちゃ嬉しいし、間違いなく、またあなたと恋に落ちる。でもその裏でアリエルが本当の自分を押し殺して、苦しんでいるのだとしたら、あたしは純粋にあなたのことを好きになれないし、そんな形で両想いになっても幸せじゃないよ。――アリエルは今のお屋敷でのアリエルと昔のアリエル、どっちの自分の方が好き? 」


「それは……今の『ぼく』、です。だって、お嬢様がくれたものだから」


「そっか。なら――」


 そこであたしは言葉を区切って、改めてアリエルの方を振り向いて宣言する。


「だったら、アリエルの好きな今のアリエルで、あたしのことを落としに来てよ」


「えっ? 」


「今の僕っ娘で、男装していて、引っ込み思案なアリエルのことを、あたしは可愛いと思っても恋愛感情を抱けない。そんなあたしの気持ちを変えに来てよ。嘘偽りない、今のアリエルで、あたしにあなたのことを好きにさせてよ。期限は一年以内に、それでどう? 」


 アリエルはよっぽど驚いたのか暫くの間、目をぱちくりさせていた。でも、ようやく話が理解できたのか、鬘を外して微笑む。


「チャンスを下さってありがとうございます、お嬢様。――わたし、うんうん、ぼく、絶対にお嬢様に恋愛感情を抱かせて見せますから」


 そんな彼女の笑顔を見ていると、こっちの表情まで綻んでくる。


「楽しみにしてる」


 そう答えながら、あたしは腹の中では全く違うことを考えていた。


 これはアリエルがあたしに好きになってもらおうとする物語じゃない。これはあたしが、もう二度と返ってこない初恋を完全に諦めるまでの物語だ、って。




______________________

 はじめまして。カクヨムにはこれが初投稿作品となります。

 ファンタジー要素殆どなしで終ってしまいましたが、連載版では勇者に隠された秘密などが二人を翻弄するファンタジーとなる予定なので、もし少しでもアリエル達のことを見守りたい、と思ったら連載版もよろしくお願いします。

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【短編版】「百合の間に挟まる女騎士は要らない」と言われて勇者パーティーを追い出されたぼくが辺境伯令嬢に拾われる話 畔柳小凪 @shirayuki2022

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